珍しくもその日は機械いじりをする気分にはなれなかった。相変わらずジムに挑戦する連中は手ごたえが無く、今日もデンジはあくびを噛み殺して怠惰に過ごしていた。
ナギサの昼は気温が高い。暇なので海まで赴いていたのだが、容赦ない日光にデンジは上着を脱ぎたくなった。ポケモンたちは暑さなどへっちゃらなのか、海ではしゃいで楽しんでいる。その活発さが羨ましくもあり、怠いから嫌だとも思う。
「はあ………」
砂浜に足を投げ出して空を仰ぐ。
「怠けてますねー」
不意に小馬鹿にした声が聞こえた。驚いて背後を見やると、懐かしい彼女が飄々と佇んでいた。「…は?」思わず声がもれると、彼女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「オーバと同じ顔してる」
珍しくも緩やかな笑みを湛えた彼女に、デンジは開いた口が塞がらない。
「いや…お前、何でここに?」
「それもオーバと同じ質問」
「……クビ、になった?」
「ふっ…どんだけ思考回路が一緒なんですか」
さっきリーグに挑戦してきました――そう言ってマコトはデンジの隣に座る。
「リーグ。ついに行ってきたのか」
「ついにって…何ですかそれー」
はは、とマコトがまた笑う。今日はよく表情を変える日だと、デンジは驚いた。こういう彼女はめったに見れない。自分が覚えている限りでの彼女の一番の笑顔といえば、リオルが生まれた時の笑顔ではないだろうか。あの時のマコトの笑顔はとても素敵だった。
「お前を見る限り、どうやらまたあっちに行きそうだな」
「はい。…なんですか、寂しいんですか?」
「バカか」
小突くとマコトはまた微笑んだ。
その時、丁度ポケモンたちがマコトに駆け寄ってきた。
「皆元気そうですねー」
「お前のレントラーも元気そうだぞ。後で顔見せに行ってやれよ」
「そうですねー。彼はホウエンに連れて行ってやれなかったので、今の内に甘やかしておかなければいけませんねー」
そう言ってマコトはデンジのレントラーを撫でる。レントラーは大人しく身を委ねていた。
「……いつ発つんだ?」
目を細めるレントラーを眺めながらデンジは問う。マコトは視線をレントラーに射止めたまま「明後日までには行くつもりですねー」と答えた。
随分早い出発である。何かあるのかと思案していたら、不意にマコトがこちらを見てニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。企んでいる顔である。
「休暇を一ヶ月しか取ってないんですよー。もう五日ほど使ってしまいましたからねー。二十日目くらいにホウエンリーグに挑戦する予定なんで」
「はーん、成程…………ホウエンリーグ?」
「いや〜ホウエンのバッジは一つも持ってないんで大変ですよ〜」
「え?…は?お前、何したいの?」
思わず呆けたデンジであったが、マコトの楽しそうな表情にそれ以上口を開くことはしなかった。彼女なりの考えがあってのことだろうし、自分が口を挟むべきではない。それに生き生きしたマコトを壊したくなかった。
「上手くやってるみたいだな」
「まあ、そうですかね…」
「………、気をつけてな」
「それ、昔、ここを発つ時にも言ってましたねー」
そうだったかと記憶を巡らすが、思い出すことはできなかった。
「心配するのは当然だろ」
「……。そっか……」
「…あいつに嫌気が差したらいつでも戻ってきていいからな」
「あはは」
マコトが今日一番の笑顔を見せる。それはデンジの記憶の中にある、幼い彼女と重なった。
それから家に戻るとマコトは自分のレントラーと再会し、今までの空白を埋めるように抱きしめた。リオルを初めて抱いたあの時の彼女はおどおどしていたのに、今では地方を平気で跨ぐ立派なトレーナーだ。大きくなった彼女の背中を頼もしく思いつつ、若干の寂しさを覚える。だけどそれは確かに、デンジの記憶を塗り替えていった。弱弱しく自分の背に隠れる子供ではなく、物怖じすることなく仲間を引っ張っていける頼れる大人に。
「………いってらっしゃい」
だけど、ポケモンを慈しむその瞳は、
「、いってきます」
あの日のまま変わっていなかった。