06.閉じ込められたら楽なのだけれど

 カタカタカタとキーをタッチする音が響く。するとその音の間から、割り込むようにピピッという軽い音が聞こえた。タッチの音が止む。
「…ん?」
 デポンコーポレーションからメールだ。調査外の時間にメールが来るとは珍しい。一体何の用事だろうかとメールを開く。内容は最近のダイゴの動向についてと、それに振り回されるマコトに対する労りの言葉が綴られていた。確かにあっちこっちに行くダイゴについて行くのは大変だが、それが仕事だとマコトは割り切っているので大した苦労はない。暇よりもマシだ。
 返事を何としようかと考えた矢先、ふと最後の文章に視線が止まる。
「…キーストーン…」
〈ダイゴからの推薦で君がキーストーンを所有することになったよ。おめでとう!〉
「あの野郎…本当に推薦しやがった」
 つい敬語口調が外れる。普段は決してしない舌打ちをして小気味良くキーを打った。まあ持っているだけで良いかとマコトは改め直す。ルカリオにメガシンカをさせるつもりはない。
「どうしたんだいマコト」
 発掘から帰ってきたダイゴが陽気に訊く。彼の手にはほのおのいしが握られていた。
「…良かったですねーダイゴさん。見事キーストーンは私の物になりましたよー」
「本当かい!?それは良かった!」
 マコトよりも喜んでいるダイゴを横目に報告書を作成する。ダイゴさんは私が所有者になったことをバカみたいに喜んでいます、と綴った。エンターボタンを押すと画面に送信完了の文字が出た。
 「よし、これでメガストーンを探せばルカリオとジュカインをメガシンカさせられるね」ダイゴは、思いもしない言葉を紡いだ。
「…え、探すんですか」
「当然だろう。何の為にキーストーンを持っているつもりだい?」
「いや…だって私、バトルしませんよ」
「バトルするしないに関係なく、僕は君にメガストーンを持っていてほしいんだ」
 妙な言い回しにマコトは眉を顰める。ダイゴは少し掠れたような微笑を浮かべた。
「マコトは僕のパートナーだけど、24時間ずっと僕が君の傍に居れるわけじゃない」
「いやあの、私がダイゴさんの傍に“居てあげてる”んですけど」
「もし僕が居ない間に君に何かあってはと思うとね…少しでも君を護れるようにと僕なりに考えたんだ」
「オイ話きけよ」
 が、ダイゴは聞く耳を持たなかった。ダイゴに護られる為に自分は居るわけではないと考えるマコトは、ダイゴの言動を訝しんだ。何故彼がそんなことを思うのかが分からないのだ。
 ダイゴは笑顔を崩さない。妙な男だとマコトは思考を中断した。このまま考えるのは時間の無駄だ。
「分かりましたから取り敢えず出ましょう」
「そうだね」
 パソコンを閉じ、鞄の中にしまう。そこで視線を上げた時、暗闇の先に白い何かが蹲っていた。
「ダイゴさん、あれ」
「あれは…」
 マコトに言われダイゴも白い物を捉える。ダイゴが足を動かすよりも先にマコトが動いた。白い物の頭部をそっと撫でる。
「きゅぅぅ…」
「ココドラだね」
「はい。…ん、火傷してますね、この子」
 呟くなりマコトはキーの実を鞄から取り出した。ココドラの口許にあてがう。しかしココドラは食べようとはしない。その姿を見、マコトはチーゴの実を小さく千切った。実から出た汁がマコトの指に伝う。
「ほら」
 小さな実をココドラの口許にあてがうと、ココドラは戸惑いながらもかじった。ココドラの食べるペースに合わせ、マコトもチーゴの実を差し出す。
 暫く食べ続けていると、ココドラの脚にあった火傷が徐々に治まっていった。
「…もう大丈夫ですね」
 マコトはそう言うと自分の指に伝った汁を舐めた。その姿がなんとなく扇情的に見えてしまい、ダイゴは思わず目を逸らす。
「んー、ポケモンセンターに連れて行かなくても良いですよねダイゴさん」
「…………ぁ、え?」
「いやだからァ、もう殆ど治りきったみたいなんで、わざわざポケモンセンターに連れて行く必要無いですよねって」
「え、あ、うん。そうだね…」
 慌ててダイゴは答える。焦ったような声音にマコトは怪訝に思ったが追及はしなかった。
 早く行こう、そう言ってダイゴはココドラの頭を一撫でして出口に向かう。彼の余所余所しい行動に、マコトは首を傾げるしかなかった。