08.硝子の心

 コーヒーから湯気が立っている。猫舌な彼はウェイトレスが運んで来て暫く、まだそれに口をつけていなかった。私はそんな彼を一瞥して紅茶を飲む。私は猫舌ではない。
「そしたらマコトがね…」
 コーヒーに口をつけられないからか、彼はずっと自分の仕事のパートナーのことを私に話し続けている。まあ別に良い、良いんだけど…もう少し落ち着いてくれないかな。その旨を彼に伝えると、彼は何てことない顔で「僕は落ち着いているよ?」と言った。いやなんというか、絶対そんなわけないだろう。
「…ダイゴは」
「ん?」
 それまで黙って聞いていた私が急に口を挟んだことによって、彼は口を噤んだ。
「マコトちゃんのことをどう思っているんだ?」
「どう?そりゃ…博識だし僕のワガママもきいてくれるし…たまに手酷く言われることもあるけど、すごく良い子だと思うよ」
「良い子、ねえ…」
「何だミクリ、さっきから」
「いや…君って、マコトちゃんのこと好きなの?」
 ガシャン!!ついに口をつけようとしていたカップを、彼は叩きつけるようにソーサーに置いた。衝撃でコーヒーが少しテーブルに零れてしまった。慌てて彼はナプキンを取る。
「な、何を言ってるんだ。そりゃ勿論好きだよ?ビジネスパートナーとしてね!」
 ダイゴ…さっきから同じところばかり拭いてるけど。動揺を全く隠せてないね。本当に嘘が下手だなあ。
「ふーん、まあマコトちゃんだけだもんね。ダイゴが呼び捨てで名前を呼んでいる女性」
「な…良いだろ別に」
「誰も悪いだなんて言ってないさ」
 いやァからかい甲斐があるな本当。目の前にいるダイゴは普段はしないような真っ赤な顔をして私を睨んでいる。あまり余計なことを詮索するなと言ってるみたいだ。
「最初は相性悪すぎて私も心配だったよ。よく君は私に愚痴をこぼしていたしね」
 しかしこのまま終わるのはつまらないので、もう少しだけ意地悪をしてあげることにした。
 ダイゴは昔のことを思い出し、遠い目をした。その目には昔の散々な日々を映しているのだろう。だが良い思い出だと私は思う。ダイゴとマコトちゃんが今みたいな良い相棒同士になるには、あの日々が必要だったんだ。
「マコトちゃんは確かシンオウ地方出身だったっけ?」
「ああ。両親を早くに亡くしたらしくて、それからはナギサシティのジムリーダーの許に身を寄せたんだと言っていた」
「ナギサの?」
「なんでも遠い親戚だそうだ」
 ナギサのジムリーダーというと――電気使いだったか。
「割と大変な人生だったんだね」
「そうだね。まあ今となっては乗り越えているみたいだけど」
 ふと、ダイゴは目許を和らげる。女の子が見たらきっと心拍数上がるんだろうな。あ、でもマコトちゃんは絶対冷めた顔してるな。
「そういえば初めて会った時って、マコトちゃん、ハガネールに襲われてたんだっけ?」
「うん。咄嗟に助けたんだけど、その際にハガネールが逃げちゃって…そしたらマコト、『計測の邪魔しないでください』って怒ってきてさー」
「ふはっ!あの子らしい」
「まあそうなんだけどね…でもすごく危なかったんだよ!?」
「ダイゴさーん、私がヘマするとでも思ってたんですかー」
「いやでもあの時は初対面だったんだし助けるのは…………ん?」
 ダイゴの表情が停止する。私も驚いた。彼の隣にはいつの間に居たのか、マコトちゃんがロコンを抱きかかえて立っていた。
「マコトっ…いつの間に!?」
「やァーっと見つけましたよダイゴさーん。さ、会社に戻りましょう」
 会社に戻りましょうって…抜け出して来たのか。相変わらずだな。
「マコトも一緒にどうだい、お茶」
「アンタさっき私が言ったこと聞いてなかったのか」
「たまには良いじゃないか」
「どの辺りがたまになんですか?私の仕事を増やさないでください」
 マコトちゃんは元々シンオウの遺跡を調べる研究チームに居たらしい。そこでデポンの社長にその情報処理能力を買われ、ホウエンに引っ張られたそうだ。まあきっと、半分はダイゴのお目付役として買われたんだろうけど。現に今彼のこと探してたし。
「さっさと行きますよ」
「えー」
「子供かアンタは」
 無表情でダイゴの腕を引っ張るマコトちゃん。ダイゴは言葉こそは嫌がってるけど、表情と声音はどことなく弾んでいる。マコトちゃんに構ってもらえて嬉しいんだろう。本当に子供みたいだ。
「ミクリさん、お邪魔しました」
「ああいや、気にしないで。ダイゴ、また今度ね」
「うん」
 二人の背中を見送ってから、残りの紅茶を飲み干す。
 本当に、仲が良いんだから。ダイゴの石収集に黙ってついて行けるのはこの世でマコトちゃんだけだよきっと。あ、そういえばこの間ほのおのいしを見つけたってダイゴが言っていた。マコトちゃんのロコンに使ってあげたら良いのに。キュウコンは美しいポケモンだ。まあ、私のミロカロスには劣るだろうけどね。今度、もしマコトちゃんがロコンをキュウコンに進化させたなら、コンテストにでも誘ってみようかな。