深夜2時。消灯時間もとうに過ぎ、ほとんどの生徒が寝静まった頃。
スマートフォンに届いたメッセージを読んだ鮫島潤は部屋着から制服に着替え、数枚の書類を手に取ると慣れた手つきで本棚の裏のスイッチを押した。
認証番号9桁を入力してください。そう記された機械に3回番号を入力すれば、音もなく何の変哲もない壁が開く。それは誰にもバレてはならない、鮫島だけの知る秘密の扉だった。
__彼が忠誠を誓った男に会うための、唯一の扉。
扉を開き、少しの道のりと階段を歩く。窓はおろか灯すらない真っ暗な道だったが、鮫島は迷いなく歩を進めた。
目当ての部屋にはすぐたどり着いた。ノックを3回、その後2秒の間を開けてもう一度3回。最後に1回ノックをすると、軽快な音を立てて鍵が開いた。
大きな窓に映る満月から漏れる光に目を細める。真正面にそびえ立つ机の傍で外を見つめる男は、鮫島潤にとっての酸素であり、栄養であり、命であった。
「お待たせ致しました、南理事長」
よく通る声で声をかければ、背を向けていた男__南芳樹はゆっくりとこちらを振り返った。穏やかに微笑む目元には数本の皺が寄っているものの、とても年相応には見えない。"男前"という言葉が誰よりも似合う。鮫島は心の中でそう思った。
「待っていたよ鮫島くん。遅い時間に悪いね」
「いえ、例の件も明日まで迫っていますので」
「その通り。遂に明日、私の甥がこの学園に転入してくる」
元気一杯で可愛らしい子だよ、と呟く目には何も写っていない。思ってもいないことをと思いながらも、自然と書類を握る手に力が入った。目敏く気付いた南が愉しそうに口角を上げる。
「することは分かっているね?」
「承知しております」
鮫島は少しシワのよった書類にもう一度目を通した。尾崎葉乃と大きく書かれた字の横には、ボリュームのある癖毛に大きな黒縁メガネをかけた男の写真が貼ってある。
南直々から命じられた仕事__それは尾崎を学園生活の中で保護するという内容だった。怪我はもちろん、この学園では珍しくない強姦被害や虐めを確実に防ぐ。要はボディガードとして傍に居ろということである。
「変な虫が寄り付かないよう変装もさせたけれど、これじゃあ別の意味で危ないかもしれない気がするよ」
「強姦を狙う生徒より虐めを行う生徒のほうが叩きやすいのでいい判断かと」
「それはよかった。可愛い甥っ子に傷はひとつでもつけられないからね」
「理事長」
抑揚のない声で南を読んだ鮫島は、無駄のない動きで彼の足元に膝まづいた。そして壊れ物を触るかのような優しい手つきで左手をとり、薬指に光る金色の指輪に口つけた。
「たとえ尾崎葉乃がこの学園をどれだけ滅茶苦茶にしようとも、貴方が仰るなら俺は彼を命に代えても護ってみせます。ただ__」
南は鮫島の首元を見た。ネックレスとして身につけられたそれは、南がつけている指輪と同じもの。彼と出会った時に渡した、忠誠の証だった。
「番犬を弄ぶのはやめて頂きたい。嫉妬で頭がどうにかなりそうだ」
引き寄せればされるがままについてくる、自分だけの犬。そのいじらしさを見てもなお、南は穏やかなほほ笑みを変えなかった。ゆっくりとした動作で口付け、どんどん深く責めていく。
「っは、理事長...」
「潤」
名を呼べばそれだけで嬉しそうに頬を染める。そんな彼も、明日には優等生の皮をかぶり任務を全うするのだろう。
「帰すのが遅くなってしまうけれどいいね?」
「....はい、芳樹さん」
南は少し遊んでやろうと鮫島の肩を抱いた。きっと明日からは、彼の想像を上回る波乱がこの学園に訪れるだろうからと。無理をさせてしまうかもしれないが、これも全て"完璧な未来"への過程である。そう言い聞かせ、寝室のベッドへ鮫島を押し倒した。
「大変だろうけど、明日から頑張るんだよ。秘書くん」
「..呼び方がコロコロ変わりますね...」
それ以上は言わせんとでも言うように深く口付ける。2人の夜は、朝方まで続いた。
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