月に叢雲


「了さんて彼女いるの?」
百の質問に了は「当たり前だろ」と返す。
「彼女の一人や二人、三人や四人」
「うっわ最悪」
「近づかないほうがいいよモモ」
ひそひそとささやき合うRe:vale に、
「なんだよ、冗談に決まってるだろ」
と了はいやそうに鼻を鳴らした。
「了さんのことだからてっきり金に物を言わせた女の子たちをはべらせてるのかと思って・・・」
「そこに愛はあるの?」
「おまえらホントに礼儀がなってないよな」
「その言葉そっくりそのまま了さんに返すよ」
ていうか本当にいるの?と千は聞き返す。
「うそくさいな」
「ちゃんといるよ。婚約してる」
うっそ、と百は目を見開いた。
「こっ・・・えーっ!?ウソでしょ、ホントに?」
「ホント」
「知らなかった・・・」
「相手の人、大丈夫?騙されてるんじゃない?」
「人聞きの悪いことを言うなよ」
百は「分かった!」と顔を上げた。
「すっごいお金持ちのマダムでしょ」
「僕だってすっごいお金持ちだよ」
「うーんそっか・・・」
「化けの皮はいつか剥がれるよ」
「辛辣だな。言っとくけど彼女は全部知ってる、長い付き合いだからね」
信じられない、と千は口を塞いだ。
「全部知ったうえでこの男と婚約するなんて・・・」
「ま、僕だって悪いところばかりじゃないからね」
「了さん自分で言っちゃうんだからどうしようもないね」
行こうモモ、と千はうながす。
「ちょっと早いけど、不毛な会話をするよりはいいよ」
「不毛な会話を先にふっかけてきたのはモモだろ」
「たしかに。またね、了さん」
ばたん、とドアが閉まる。
「ふん・・・あいかわらずムカつくやつらだな」

***

「ただいま」
フロアの奥から「おかえり」と声が聞こえたと思うと、なまえが顔を出す。
「今日は早かったね」
「早いといけないことでもあるのか?」
ないけど、と彼女は答える。
「仕事がまだ終わってなくて」
リビングのテーブルでせっせと取り組んでいる最中らしい姿を目にして了は「またこんなに持ち帰って」とため息をつく。
「あんまりコーヒーばっかり飲むなよ」
「ノンカフェインだから大丈夫」
「あっそ。まあいいや、はいこれ」
「え?わっ」
乱暴に目の前に差し出されたのは薔薇の花束だった。
「私に?」
「他に誰がいるんだよ」
「ありがとう、嬉しい・・・けど、どうしたの?」
「別に、あったから買った」
嘘だ。本当はわざわざ一週間も前から予約していた。
「なまえ、嬉しい?」
「嬉しいよもちろん、了くんが私のために選んでくれたんだから」
そう、こういう言葉。彼女はいつだって欲しい言葉を間違えることなく与えてくれる。
「ばらしていろんな場所に飾ろうかな・・・」
「なんでさ、大きい束のまま君の部屋に飾れよ」
「それもいいけど、いろんな場所にあったほうがいいかと思って」
そんなもんかね、と了は思う。もう花になんか興味はない。
「ま、好きにしなよ」
「そうする。了くん、ほんとにありがとう」
リボンを丁寧にほどく横顔にいつまでも喜びが残っているのを見て了は不思議な気持ちになる。
彼女の大切にしているものすべてをめちゃくちゃにしてやりたいような、そうして最後に残った自分を見たらなまえは一体どんな顔をするのだろう。
悲しむだろうか、それとも僕だけがいることを喜ぶのか。
「・・・・・・どしたの?」
「別に。なんでもない」
なんてね、と腹の中で呟く。答えなんてどうでも良かった。


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