君の名は?


「・・・んん、なんだ?」
ぼそぼそと喋る声で目を覚ましたカノンは、それが兄のものであることを知ってため息をつく。
「おい、やかましいぞ愚兄。貴様は仕事でも俺は休みなのだからもう少し静かにしろ」
てっきり暴言のひとつやふたつみっつやよっつが飛んでくることを覚悟していたのだが、返ってきたのはとんでもない言葉だった。
「ここは、どこだ・・・?」
「は?」
「そして私は誰なのだろう」
はあ?とカノンは目を見開く。
「寝ぼけてるのか?」
「寝ぼけてなどいない。そしてあなたは一体・・・?ずいぶん私と似ている顔立ちだな」
それを聞いてカノンはうんざりしたように答える。
「似ているもなにも貴様と俺は双子だろうが」
「双子?そうなのか?」
小首を傾げる動作ににイラッとして、カノンは相手の顔面にぼすりとクッションを投げつけた。
「朝っぱらからいいかげんにしてくれ。今日は貴様の大好きな月末だぞ」
「月末・・・?」
噛み合わないやりとりに首をひねっていたカノンは、次の一言を聞いて驚愕する。
「ここはどこで、私は一体誰なのだろう・・・?」
「な、なにィッ!?」

***

「・・・というわけだ」
集められた黄金聖闘士たちは「そんな馬鹿な」と疑っている。カノンは、
「おい、コイツの名は?」
とミロを指して尋ねた。
「・・・・・・?」
「嘘だろう・・・!?俺はミロだぞ!」
「ミロさんというのか、初めまして」
律儀にもぺこりと頭を下げた相手にミロは目を剥く。
「ほ、本気で言ってるのかこれ・・・」
「すまないが、私は誰で、ここはどこなのか教えてもらえると助かる」
「サガ、なにを言っている。ここは聖域ではないか」
「聖域・・・?」
「眩暈がしてきた・・・」
頭を抱えるミロの横からアフロディーテは言った。
「君は私たちを馬車馬のように扱う重度のワーカホリックだ」
「なに?そ、そうなのか?」
サガの瞳が不安で揺れる。
「教えてくれ、君」
「君ではない、私はカミュだ。あなたは・・・まあ、普段は悪い男ではないのだが。しかし」
月末になるとまるで人格が変わったように追い詰めてくるな、と肩を揺さぶられながらカミュは答えた。
「けっこう言うのだな」
「本当のことだ」
デスマスクが「オメーはほとんど鬼軍曹だよ」と言うと、サガがきっと睨む。
「悪いが貴様にだけは言われたくない気がする」
「おいなんだよ?コイツ本当は演技か?」
頼む、とサガはなまえの腕にすがる。
「わ、びっくりした」
「私を助けてくれ・・・あなたは優しそうだ」
必死な表情の彼を見捨てるわけにもいかず「困ったなあ」と呟く。
「ねえどうしよう」
しかし彼らは冷たい。
「ほっときゃそのうち治るだろ、知らねえけど」
「どうせ酔ってどこかに頭でもぶつけたんだろう、自業自得だ」
「ということは、もう一度ぶつければ元に戻るということか?」
「いや待て。むしろこのままにしておいたほうが良くないか?ずっと謙虚だ」
口々に飛び交う失礼な物言いに、とうとうなまえは我慢できずに「ひどい」と言った。
「みんなサガにたくさん仕事を助けてもらっているのに」
なまえが思わずそう言うと「だからァ?」とデスマスクは鼻で笑う。
「こちとらそれ以上にいびられてんだよ。余裕ある書類提出、5分前行動、冷蔵庫の中身は勝手に食うな、もうたくさんだ!」
「でも!あんまりかわいそうじゃない」
すると「いいのだ」とサガがぽつりと言った。
「きっとそれほど私という男は心根が冷たい人間だったのだろう」
「そんな、サガ。ちがうの、みんなだって本当はそんなこと思ってないんだから」
「優しい君にもきっと悪さをしたのだろう?」
悪さっていうか、となまえは口ごもる。
「大事に取っといたおやつは食べられちゃったけど・・・」
「ああ!私はなんて罪作りなのだ・・・もはや生きている価値もない」
ミロは「後悔するのはそこか?」と呟く。
立ちあがってふらふらとどこかへ行こうとする彼を引きとめようと、なまえは「待って!」とその裾を掴んだ。
「!」
まるで予期していなかったのか、サガの体が後ろに大きくのけ反る。次の瞬間、ガッシャーン!!と盛大にデスクに頭をぶつける音が部屋中に響いた。
「うう・・・!」
「!ごめんねサガ、大丈夫?」
怪我は、と覗きこむなまえの肩をガッ!とサガが押さえた。
「ありがとうなまえ・・・おかげで記憶が戻ったようだ」
なんだと、とデスマスクが叫んだ。
「おい、まずいんじゃないのかこれ」
「誰ださっき鬼軍曹とか言ったやつ」
「重度のワーカホリックだとも言ったな」
ゆらゆらと体を起こすシルエットが彼のオーラで巨大に見えてくるのだからおそろしい。
「今日は月末だと言ったな、カノンよ・・・」
「お、おお・・・」
「貴様ら、これまでの締め切りの恩を忘れここぞとばかりによくも言いたい放題してくれたものだな・・・」
無表情だったサガの顔が怒りで変わっていく。
「覚悟はできているな・・・?」
「いや待てサガ、」
「違うあれは言葉のアヤで、」
「アナザーディメンションッッッ!!!」
その日、聖域を守る黄金聖闘士の半分が消えた。


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