イミテーション・ブルー
窓の向こうはまるで、絵のようだった。綺麗に切り取られている淡い薄紅の空。
美味しい匂いが漂う狭いキッチンの中、恋人が忙しくしている姿を眺めている僕。手伝うよと言っても彼女は「狭いから」と笑って、魔術師のように美味しい料理を次々と作ってしまうのだ。
料理なんか普段まるでしない僕がいたって邪魔になるのは目に見えているから、大人しく座っている。
ふと、なまえと出会った時の僕は少しナーバスだったことを思い出した。
ターゲットはどれも期待はずれで、僕はいいかげんジルコンの審美眼を疑っていた。だから、たまには方針を変えてみることにしたのだ。
僕が選んだ相手の夢の鏡を覗く。たまにはこんな寄り道をしたっていいだろう。
とはいえ思い立った日はオフで、メイクもしておらずヒールだって履いていなかった。今の僕ってみんなの目にどう映っているんだろう。
マスカラさえしていない素顔で歩くのは久しぶりだった。映画の主人公になったつもりでなんとなくショーウィンドウに映る新鮮な姿を眺めていると、
「!」
カフェの中にいる女の子と目が合う。
やだな、気づかなかった。足早に立ち去ろうとして立ち止まる。
あの子にしよう、と直感で決めた。出会いがこんなだから笑い飛ばされるだけかもしれないけど、やってみる価値はある。おまけに今日は休日。ちょっとした遊びのつもり。
店内に入ってさっきの子を探す。・・・いた。
「ねえ」
いきなり声をかけられた相手はびっくりした顔で僕を見上げる。
「さっきはごめん。いやな思いさせちゃったよね」
「あの、いいえ。格好いい人がいるなあと思って、私も見てしまいました」
はにかんだ笑顔と共に返ってきた答え。実のところすごく緊張していた僕は、拍子抜けしたと同時になんだか不思議な気持ちになった。
「あの・・・もし迷惑じゃなければ。君と話がしてみたいと思って来たの」
みるみる赤く染まっていく顔がとても可愛かった。
そんな出会った時のことを考えていると、
「お待たせー。食べよ」
となまえが料理を運んでくる。
「あ、手伝うわ」
「ありがとう。カトラリー出してもらって良い?」
お皿もグラスもカトラリーも、どこに何があるかなんてとっくに知っている。そのくらい、彼女の生活に僕は溶けて馴染んでしまっている。
「お腹すいた?」
「もうぺこぺこで死んじゃいそう」
「そんなに?ごめんね」
可愛いな、なんて素敵に笑うんだろう。
「どれも美味しそう。パエリア、きれいな色ね」
生ハムが乗ったサラダにオニオンリング、グラスのカンパリ。魚介がたっぷり乗ったパエリアをお魚だけよけて取り分ける。
「いただきまーす」
「七海くん、ほんとに魚が苦手なんだね」
「そうなの。なんでかしらね」
僕は”本当に”この子の恋人で、これからもずっとこんな毎日が続いていく。・・・そんな都合のいい話、あるわけない。だけど自分から手放すこともできない。
「ね、あーんして」
「しょうがないなあ」
そう言って皿を引き寄せた彼女に、
「違うの。僕がなまえにしたいのよ。はい」
フォークの先にグレープフルーツを刺して差し出すと、なまえは髪を耳にかけ、恥ずかしそうにそれを口にした。
「おいしい?」
「うん、・・・おいしい」
照れたような笑顔に見惚れる。
ああ、やっぱり今日もだめみたいだ。君を忘れる練習は、いつだって上手くいかない。
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