バンザイ!花の金曜日


17時。退勤カードを切った瞬間感じる開放感。今週もよく頑張った。
足取りも軽く茜色の空の下を歩く。デリでごはんを買って帰ろう。自分へのご褒美、たまには小さな贅沢をしたっていいのだ。
夕暮れの街並みは気持ちがよくて、なんだか周りも浮足立っているように見えた。七海ちゃんと出会ったのもこんな日だった。
可愛らしいハンカチを落とした後ろ姿に声をかけると、振り返ったのはとんでもない美女だった。
「あの、これ・・・」
ありがと、としんみり呟いた美人に思わず「大丈夫ですか」と尋ねると相手は目を丸くした。しかし、
「大丈夫じゃないわ・・・帰る気になるまでぶらぶらしようと思ったの、怒られるのいやだから」
と返ってきたため、
「あそこのカフェオレおいしいんです。気分転換になるかも」
と答えた。すると、
「じゃあ一緒に行きましょうよ」
と美女はさっと腕を組んできた。いい匂いがした。魔が差した。
仕事の失敗、上司の愚痴で盛り上がってしまい、連絡先まで交換してすっかり仲良くなった。
そしてつい最近明かされた衝撃的な事実。
魚川七海というのは偽名で、しかも性別は男。そして彼の仕事は「ターゲットの特別な秘密をちょっぴり覗かせてもらうこと」。
さっぱり意味が分からない。だけどなんだっていいのだ。そんなのどうでもよくなるくらい一緒に過ごす時間は楽しい。本当の名前は知らないから、今でも七海ちゃんと呼んでいる。
きれいな水色の髪をラフなポニーテールにして、素顔のままで壁にもたれている彼はモデルのようにきまっている。
「七海ちゃん」
「!なまえ」
声をかければ、彼はぱっと笑顔を浮かべた。
「お仕事お疲れさま。あと、今日は七海ちゃんじゃなくて七海くんよ」
「かっこいい子が立ってるからびっくりしちゃった」
「えへへ。金曜日だから」
花金てやつよ、と七海くんは言った。
「ねえ、ごはん食べに行きましょうよ。おいしいレストラン見つけたのよ」
彼の強引さに時々戸惑う。私の予定があったらどうするつもりだったんだろう。残業だってザラなのに。
「嬉しいけど、今度から連絡くれるとありがたいかな。待たせるのいやだから」
「それじゃサプライズにならないじゃないの」
七海くんの不満げな表情につい笑いがこぼれる。
「そっか、そうだね」
「そうよ。でも、定時から30分待ったら一応連絡はするわ」
行こ、と七海くんは軽やかに歩き出した。
「いー天気ね。風が気持ちい、」
目を閉じた七海くんの横を風が通り過ぎてゆく。
「あいかわらず美人で羨ましいな」
「まあね。でも僕はなまえの顔も好きよ。なんか愛嬌があって可愛いわ」
「ちょっと、どういうこと」
と顔をしかめてみせれば「ほら、それよ」と彼は笑う。
「鼻の頭んとこにちょっとだけシワが寄るの、子犬みたい」
「やっぱりけなしてる!」
「けなしてない、褒めてるのよ」
これだけ美人な七海ちゃんの目から見て子犬レベルならむしろ上々なのかもしれない。
「七海くんは今日仕事?」
「そ、空振りだけどね。いつものことよ、気にしないわ」
「最初に会った時はあんなにしょんぼりしてたのに」
「ジル、・・・上司のお叱りにも慣れちゃった。ぜーんぜん平気」
ほんとはあんまりよくないんだけどさ、と彼は呟く。
「そうなの?」
「いつまでも成果が出ないんだもん、怒るに決まってるわ。だけど僕たちだって頑張ってるんだから・・・よーし、」
決めた、と七海くんはは高らかに宣言する。
「今夜はぜんぶ忘れてぱーっと楽しみましょ!」
「さんせーい!」


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