あなたとルナティック4
最近、なまえがそっけない。
勤務時間の延長は断らないくせに、シフトが終わるやいなやさっさと帰ってしまうのだ。
「絶対オトコですよ」
うっそやだ、とタイガーズ・アイは息を飲む。
「あんなねんねちゃんに男ォ?間違いじゃないの?」
「いーえ、僕の勘がそう言ってます。絶対オトコ」
でもカレシじゃないんですよね、とホークス・アイはふっとため息交じりに言った。
「は?」
フィッシュ・アイは目を丸くする。
「どういうこと?」
「たちの悪い男に甘えられて、せびられちゃってんじゃないですか?」
「あっ、だからあんなにシフト入れて・・・!」
あの子ったら、とタイガーズ・アイはいきり立つ。
「僕たちの妹分に手を出すなんて!ひどいやつがいるもんね!」
「まあまだ決まったわけじゃないですけど。その可能性大ってところよ」
「んーでもォ・・・なまえだったらカレシできたら教えてくれそうじゃない?」
それはまあ、ねえ、とフィッシュ・アイの言葉にふたりは顔を見合わせる。
「僕たちとは比べ物にならないようなブ男くんだったりして」
「やだわ。んもう、あの子ったらほんっとに見る目ないんですから」
「顔が悪くて性格も悪い男って最悪よ」
その時、
「お疲れ様でーす!」
と元気な声がバーに響いた。
「来たわよ、おばかちゃんがさ」
「目が悪いのよ。ついでに頭も」
「顔は可愛いんだけどね」
ぱたぱたとやってきたなまえは、
「今日はどんなお仕事ですか?」
と尋ねる。
「ちょっとそこにお座り」
「え?ホークス・アイさん、どしたんですか?」
「いーからお座り!」
彼の剣幕に驚きつつ、なまえは大人しく席に着いた。
「で?」
「え?」
「僕たちになんか報告することあるでしょう」
「???あ」
来月のシフト、と紙を取り出そうとする手を「ちっがうわよ!」とタイガーズ・アイはつかんだ。
「うわ!なんですかタイガーさん」
「相手はどんなやつなの」
「え?」
「どんなやつ?僕よりスタイル良くてイケメンなの?」
「ちゃんと定職ついてるんでしょうね、それとも学生?お金は絶対貸しちゃだめ」
「大切にしてくれる人?心配だわ、君ってなんだか鈍くさいんだもの」
心配事は三者三様である。
「え?え?なんですか?」
いきなり詰め寄られてなまえは泣きそうだ。
「ふーん、あくまでシラを切ろうってのね。まいいわ」
すると、ジルコンがやって来てひらりと紙を落とした。
「ん?なにこれ・・・」
拾い上げたタイガーズ・アイはなまえに手渡す。
「え?」
「君にお仕事よ。ジルコンの写真の仕分けのお手伝い」
それを知ったなまえは嬉々として立ち上がる。訳も分からないまま質問攻めにされるよりはありがたい。
「じゃっ行ってきまーす」
その姿が見えなくなった後、3人はそろってため息をついた。
「あの子のんきね」
「まったく。先が思いやられるわ」
ねえ、とタイガーズ・アイは言った。
「僕、相手の男たしかめてきてやろうかしら」
その言葉にふたりは賛成する。
「あら、いーじゃないそれ」
「なんでしたら僕が行ってあげてもいーのよ」
「ううん、ほら、僕ってけっこうモテるからあ」
ぴく、とホークス・アイが反応する。
「それなら僕のほうが適役ですよ。タイガーみたいに頭に血が上ることもないし」
「ふーん、まあ?僕みたいなイケメンよりもアンタみたいな地味な男のがぴったりかもね」
「たしかに、やりすぎホストみたいなスタイルが隣に並んだらあの子がかすんじゃうじかもしれないものね」
「なァんですって!ピンク頭逆立てたニワトリみたいなオトコよりはマシよ!」
「ケバケバトラパンツ!」「シワシワババ好き!」するとフィッシュ・アイがガタンと立ち上がる。
「僕が行くわ」
「「!!」」
ホークス・アイは「男の娘作戦ですか」と尋ねる。それに対し彼は謎めいた頬笑みを返して言った。
「まあ見ててよ・・・僕のやり方をさ」
***
終業のチャイムまであと、5、4、3、2、1。
誰よりも早く席を立って教室を飛び出した。
「(やっと、やっと会える・・・!)」
すべてはこの日のため。めったに開催しない、多忙な推しとの貴重な触れ合いがあるからこそ頑張ってこれた。
元気の源、モチベーション、ときめき製造機。彼の笑顔に会うためなら、写真集くらいいくらでも買う。
そう思いながら正門を目指していると、その手前に人混みがができている。
「あ、なまえ!」
「どしたの?」
「超スタイルのいいモデルみたいにかっこいい子がいるのよ」
今のところ、推しが一番かっこいいんだけど。そう思いつつ、野次馬のひとりになってひょいとつま先立ちをする。
「!!」
普段と違う格好してるけど、あれ絶対フィッシュさんじゃないか。
「(なんで・・・あ)」
今度はこの学校の子にアタリをつけてるんだ。そっかそっかなるほどねー、可愛い子多いもんね。ま、私には関係ない。端っこから帰ろうとした時、
「あ、いた!」
えっ。うそ、まさか私を待ってたんかい。目を合わせるはずもなく、反射的に駆け出す。
「(知り合いだってばれたら袋叩きに遭う・・・!)」
考えただけでぞっとする。
「こら、待ちなさい!待て!」
「待ちませーん!」
せめて人通りの少ない道へ、ていうか推しのイベントが・・・!ふいに喉がしまって「ぐえ」とのけぞる。
「・・・ッちょっと!なんで逃げんのよ!」
「フィッシュさんこそなんで追いかけてくるんですかー!」
「君が逃げるからよ!もう、せっかく迎えに来てあげたってのになにさ、失礼しちゃうわね」
ぷりぷりしている彼の姿に目を向ける。
さらりと羽織った大きめのアウターから伸びるスキニーパンツを履いた足。長い髪をキャップに押し込み、メイクの施されていない綺麗な顔がにらんでいる。
「フィッシュさんって、」
「なによ」
「かっこいいんだ」
そう口にした瞬間、むにっと頬をつねられる。
「なにそれ、あったりまえでしょお?」
「いひゃッ、ちが」
いつもは美人だから、そう言うと彼は満足そうに「そうよ」と笑みを浮かべた。
「それで・・・あのう」
「ん?」
「私に何かご用でしょうか」
いや、とフィッシュさんは口ごもる。
「別に用ってわけでもないんだけど・・・」
「はあ」
では私はこれで、そう言って行こうとすると「ちょい待ち」と再び襟をつかまれる。
「ぐえっ!もう、なんなんですか」
「あのさ・・・ひょっとしてなまえ、彼氏できた?」
「へっ?」
「最近付き合い悪いんだもん。定時になったらぱっと帰っちゃうしさ。つまんないわ」
フィッシュさんの言葉に目を丸くする。
「いや・・・そんなつもりじゃ」
「で、どうなの?彼氏」
「い、いません!」
あわてて首を横に振る。
「ふうん、そう?ていうか、地味子ちゃんだと思ってたけど案外見れる格好すんのね」フィッシュさんは感心したように言った。
そりゃ今日は推しに会うため、朝から髪もセットしたしメイクも念入りにした。服も新調したしフェイスパックやらなにやら、とにかく頑張ったのだ。
「あ、ネイルまでしてる!ほんとに彼氏じゃないの?」
「これは、そのう・・・」
今日は推しのイベントなんです、としぶしぶ白状する。
「推し?」
「はい。だから、今日は急がないといけなくて・・・」
「待って。ちょっと待って」
推しってなに、とフィッシュさんは尋ねた。
「えっと・・・私の場合、すごく好きで応援してる俳優さんのことですけど」
「俳優ねえ・・・」
思案している彼に「すみませんそろそろ時間なので」と声をかける。
すると、にっこりと笑みを浮かべた彼はとんでもないことを言い出した。
「僕も行くわ」
「は・・・!?」
***
私がトークイベントのチケットを手にできたのは限定版の写真集を買ったからであって、決して誰でも参加型のイベントではない。
なのに、
「どーしてフィッシュさんがここに入れるんですかあ・・・!」
しれっと隣に座っている彼に文句をぶつける。
「いやー偶然キャンセルが出て、抽選に当たっちゃうなんてねー」
僕ってツイてるわーと笑うフィッシュさん。
「ぜったい陰謀だ・・・」
「あっほら、始まるわよ」
会場の照明が暗くなり、ライトアップされるステージに私は目を凝らす。
「(あっ)」
き、来た・・・!背が高い、頭が小さい、足が小さい、顔がいい。にこにこと会場を見渡す推しの笑顔にノックダウン寸前だ。
なのにフィッシュさんときたら、
「ま、割と可愛いほうなんじゃない?」
なんてドライな感想を口にしただけ。しかも、
「僕のほうが顔面偏差値高いけど」
なんて堂々と言うもんだから、私はあわてて彼の口元を押さえる。
「なんでそんなこと言うんですか・・・!そりゃたしかにフィッシュさんは美人ですけど」
「なまえ、しー」
はっとして思わず口を閉ざし、今度こそステージに集中する。イベントの間、フィッシュさんはどこかつまらなさそうに椅子の背にもたれていた。
***
「満足した?」
「はい、とっても!」
「良かったわ、とフィッシュさんは笑う。
「でもまさかフィッシュさんと一緒に行くことになるとは思いませんでした」
「ねえ、今度は僕に付き合ってくれる?」
「このあとですか?もちろんいいですよ」
そう答えて振り向いた時、はたと彼の格好を思い出す。そうだ、今日はいつものような女の子の服装じゃない。
「なに?」
「いえ・・・その」
なんだかまるでデートみたいだ。もちろんフィッシュさんにそんな気がないのは分かっている。彼らがターゲットと呼んでいる、いつも相手にしているタイプの人たちと私は全然かけ離れているのだから。
「もしかして、僕にときめいちゃった?」
「うっ・・・まあ」
「ほんと?じゃあさっきの男の子と僕、どっちがいい?」
「どっちって、選べないですよそんなの。選べるような立場でもないし」
なあにそれ、とフィッシュさんは唇を尖らせる。
「僕とあの子、どっちが好みかって聞いてんのよ」
ずいっと身を乗り出すフィッシュさん。
「(ひえッ・・・あらためて近くで見るとすっごい美人・・・!)」
「ちょっと聞いてんの?」
はひ、と声にならない返事をすれば「変な子」と鼻の頭をぎゅっとつままれる。
「やーめた。さっさとごはんでも行きましょ」
「おごりですか?」
「ちゃっかりしてんのね・・・別にいいけど」
すれちがう人たちが振り向いて彼を見つめている。
「フィッシュさん、やっぱりモテるんですね」
自分に自信がないと、きっとこんなにたくさんの視線を受け止めながらまっすぐ前を向くことなんてできないと思う。
「当たり前じゃない。・・・可愛い格好してるとさ」
「?」
「女の子から煙たがられるんだよね。どんな子でも引き立て役になっちゃうから」「確かに、フィッシュさんて向かうところ敵なしの美人ですもんね」
「・・・やっぱり君って変な子だわ」
「そう言うフィッシュさんは失礼です」
「ふふ、そうね。お互いさまね」
ふいにフィッシュさんが私の手をぎゅっと握る。
「!」
「今日の君はトクベツ可愛いんだから、キャッチなんかに捕まんないでよ」
日の落ちたネオン街に私と男装のフィッシュさん。なんだか不思議な感じがして、どきどきが止まらない。
***
「・・・んで?」
「その時たまたま入ったフレンチが超おいしくってえ、また行くつもりなの」
ほーんとラッキーだったわ、とフィッシュ・アイは機嫌がいい。
「ちなみに聞きますけど、誰といつ行くんです?」
「そんなの決まってるじゃないの。可愛い男の子とのデ・エ・ト、よ!」
「ていうか、これがアンタの言ってたやり方ってやつなの?」
「そうよ。だいたいあの子にカレシなんてまだ早いわ」
「ひっどい言いようですわね。あれでもハタチ超えよ?」
「いーの。それに万が一カレシだったとしても、僕を見たら絶対なびいちゃうじゃない。失恋させるのかわいそうだわ」
出たわこの性格、とタイガーズ・アイは肩をすくめる。
「だいたい・・・あ」
「すみませーん遅れました!」
息を切らしているなまえに気付いたフィッシュ・アイは「おっそーい!」と立ち上がる。
「ゼミが長引いてバス1本逃しちゃって・・・」
「だったら連絡入れてよね。待ってたんだから」
「えっ、待っててくれたんですか?」
きょとんとしている相手に彼は「そーよ」と答える。
「なに?僕が待ってちゃ悪いの?」
「いえ、全然!嬉しいです」
すると横からホークス・アイとタイガーズ・アイが口を挟んだ。
「気をつけないとだめよ、このコって気まぐれだから。どこで手のひら返されるか分かんないわよ」
「そうよ、ナチュラルに人を見下してるところあるんだから」
「なにさ、ふたりとも僕のこときらいなの?」
まあまあ、となまえは彼らをなだめる。
「私はみなさんのこと好きですよ」
すると、
「そんなこと、とっくの昔から知ってますわよ」
「きらいだったら許さないわよ」
「アンタ、今度は僕ともデートしなさいよね!」
「はっ、はい・・・!」
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