あなたとルナティック2
「うわーッ!!!」
ぼすんっ。カタカタカタ、
「本日ノ給料6000エン〜!」
「お願いだから普通に入れてください・・・」
毎度毎度バイトの度にヒモなしバンジーを体験するのはきつい。しかもちゃんとクッションがある保証もないのだ。
「お疲れさまでーす・・・」
「あいかわらずシケたツラねえ」
ホークス・アイさんは辛辣な時もあるけど意外と優しい。
「毎回入り口で落とされるんです」
「僕たちみたいにワープホールが使えればカンタンなのにね」
「素人でも使えるようなインスタントワープホールみたいなのとかないんですか?」
「ドラえもんじゃないんですから」
それよりいいニュースよ、と彼は言った。
「え?」
「今日はフロア掃除はなし。代わりにやってもらうのは、」
「僕のお手伝いよ」
そっ、と後ろから肩に手を添えられ思わず鳥肌が立った。
「わああ!」
「なによ、失礼しちゃうわね」
振り向けばタイガーズ・アイさんが立っていた。いつものトラパンツじゃない。イカしたスーツに身を包んでくるっとターンをしてみせる。
「どう、今日のコーディネート。なかなかイカしてると思わない」
「まあまあってとこね。でも、あのオンナを落とすには十分なんじゃないですか」
「あの女?」
この子よ、そう言って差し出された写真を眺める。大人っぽい雰囲気の美人だ。
「お見合いしろって言われてるけど、本当は素敵な恋をしたいんですって。ピュアよね」
「そうかなあ」
アラ、とホークス・アイさんは面白そうに眉を上げる。
「タイガー、この子意外と見る目あるかもよ」
「なによ、それじゃ僕が見る目ないってことじゃないの」
「若い時は誰だって王子様に憧れるんですよ、ばかばかしい。そんなのよりダンゼン、酸いも甘いも経験した大人の女性のほうがステキ」
「アンタの言う大人の女性ってババアじゃないの」
「年齢ひとケタに手ェ出すロリコンに言われたくないですね」
「四捨五入して百のオバサンばっか相手にしてるアンタのがヒドいわよ!」
みにくい争いだな・・・。
***
「いい?あの子が出てきたら僕のこと褒めまくるのよ」
偶然通りかかった彼女の目の前で言い寄られているモテモテの僕が君に一目惚れ作戦らしい。
「私、当て馬ってことですか?」
「そういうことよ」
「そんなうまくいくかなあ・・・」
「問題は君がちんちくりんだってことよ。ハクがつかないのよね」
彼は私を上から下まで眺める。
「なんか物足りないわねえ」
「はあ・・・」
「この作戦ってイイオンナから言い寄られないと意味ないのよ」
「ナチュラルに失礼ですね」
パチンッとタイガーズ・アイさんは指を弾いた。すると、
「えっ、・・・えっ!?」
一瞬にして私の服装が変わる。シックで大人びたラインのワンピースに高いヒール。
「なんで!?手品ですか!?」
「今さらそんなこと聞くの?」
スーツの襟を直し、彼は壁にもたれる。
「もうすぐ退勤のはずなんだけど、さっさと出てこないかしらね」
私は気になっていたことを聞いてみる。
「夢の鏡を覗いてはずれだった時はどうするんですか?」
「そんなの決まってるでしょ。バイバイよ」
「あんなに肩入れしてるのに?」
「肩入れっていうか・・・そういうのじゃないのよ」
ちょっと考えるそぶりをした彼は、
「若くて可愛い子は好きよ。だけどあくまでビジネスなのよね」
と答えた。
「へー・・・」
ビジネス。そう言う横顔はなんだか寂しそうに見えた。
「恋愛禁止の職場なんですか?」
「だとしたらフィッシュは白目向くわね」
「どうして?」
「遊び人だもの」
「えっそうなんですか?」
「あの子とにかく守備範囲広いし、とっかえひっかえなのよ。男心を弄ぶのが趣味だから」
「ま、魔性すぎる・・・」
あんな綺麗な人が目の前に現れたらきっと誰だって恋に落ちてしまうと思う。
「ま、女の子にはキョーミ持たないから。特にキミみたいなちんちくりんにはね」
「ひっどいこと言うなあ、もう・・・」
***
1時間経過。
「来ないわね・・・」
「来ませんねえ・・・」
明かりのついているビルの窓を見上げる。残業してるのかもしれない。
「あーあ、ホワイト企業に就職したいなあ・・・」
「キミの夢ってホント現実的よね・・・もっとこう、特別な存在になりたいとか思わないの?セレブとかアーティストとか」
「ぜーんぜん。ストレスフリーで安定した職場に勤めて、堅実な人生を送るのが夢なんです」
「それ前から言ってるけど、割と漠然としてるんじゃないの」
「え?」
「どういう職業だとか、あとは結婚したいだとかさ」
言われてみれば、そこまで具体的に考えてはいなかったもしれない。
「結婚かあー・・・そのへんもまあいつかは、できたらいいですねえ」
「夢を持ったってバチなんか当たらないわよ」
タイガーさんの夢は?と尋ねてみる。
「僕はね、世界的なアーティストになること」
あっさり言い切ってしまうのがかっこいい。眩しいライトに照らされ、堂々と立つ彼の姿が思い浮かんだ。
「そうなったら絶対ライブに行きます」
「待ってるわよ。にしてもおっそいわね、僕ちょっとコンビニ行ってくる」
「え!?」
ちょちょちょ、引き留める間もなくさっさと彼はいなくなってしまった。
「えー・・・」
こういう時に限って降りてくるんだよなーなんて考えてため息をつく。
私ホント何やってんだろう・・・まさかこんな仕事だとは思わなかった。多分だけど、辞めたいなんて言おうものなら命とか軽く取られるんじゃないかと思う。なんか魔法?超能力?よく分からないけど不思議な力使うし・・・。
ぼんやり窓を見上げていると、ふっと明かりが消えた。
「っえ、」まさか。ちょっとやめてよと思いながらまわりを見回す。
タイガーさんが返ってくる気配はない。携帯の番号も聞いてないから呼ぶこともできない。
その時、写真の彼女が出てくるのが見えた。
「(うわー終わった・・・詰んだ・・・)」
どうする、どうする。私は意を決して「あの!」と話しかけた。
「?はい」
「あの・・・すみません、エート・・・実はすっごい素敵な人がついさっきここにいたと思うんですけど、見てませんか?」
いえ・・・と相手は怪訝そうな顔をする。そりゃそうだ、たった今出てきたばかりなんだから。「なんかあの、ブロンドで、背が高くて、ほんとにモデルさんみたいな人で・・・」「さあ、ごめんなさい。海外の方ですか?」
「えっ」
いやどうなんだろ、そのへん知らないぞ。
「ハ、ハーフ?とか・・・?」
お願いお願いタイガーさん早く帰ってきて!呪文のごとく必死に唱えていると、ようやく彼の姿が見えた。
「!」
やべっという顔をしてビニール袋をそのへんに放り出す。のんきに買い物してたんだな。
「あっ、あの人なんです」
「え?」
振り向いた彼女は大きく目を見開いた。
「ねっねっ、かっこいいですよね!?」
素敵、と呟いて視線をそらさないでいる相手を、タイガーさんは獲物をハントしようとしている虎のように目を細めて見つめた。
「キミ、素敵だね・・・」
私の出番はこれにて終わりのはずなのでそっと物陰に隠れる。
「あの、私・・・」
「見せてくれる?キミの、美しい夢を・・・」
どんな口説き文句やねんと思った瞬間、
「ワン」
と声が響いた。タイガーさんの衣装があっという間にチェンジする。
「ツー、」
カシャンカシャンと拘束される音。
「スリー!」
悲鳴と共に浮かび上がった何かに、タイガーさんは近づく。
「キミの美しい夢、ちょっとだけを見せてもらうわね・・・」
そう言うやいなや、彼は上半身をその中に差し入れた。途端に上がる悲鳴。
「わっ、わっ」
なんだあれ、大丈夫なやつなの!?
あわあわしている間に体を起こした彼は「ふー・・・」と深いため息をついて呟く。
「残念・・・あの子の言うとおり、たいしたことなかったわ」
ふっと拘束が解け、支えをなくした体が崩れ落ちる。
「もう出てきていいわよ」
「ちっともよくないですよ!大丈夫なんですかこの人!?」
「気を失ってるだけよ、心配いらないわ」
その体を軽々と抱き上げ、タイガーさんは公園のベンチに彼女を横たえる。
「そのうち目が覚めるわよ」
「大丈夫かなあ・・・」
「人通りも多いし平気よ」
買い物してたでしょ、と言うと彼は「だって」と唇を尖らせる。
「張り込みと言ったらあんパンと牛乳がいるじゃないの」
「あれ張り込みだったのかなあ・・・」
タイガーさんは「キミ、なかなかファインプレーだったわよ」と言った。
「あそこで引き留めてくれたから出直さなくて済んだのよ。ホントはもうちょっと泳がせても良かったんだけど・・・ま、どーせハズレだしね」
僕の専属助手にしてあげてもいいわ、とタイガーさんは笑った。
***
「へーえ、初めてにしてはなかなか頑張ったじゃないですか」
上出来よ、とほめてくれるホークス・アイさんの隣でフィッシュ・アイさんは「でも結局ハズレだったんじゃないの」と言った。
「そんなのジルコンに言ってよね、僕はただやることやったんだから」
「史上最速のご帰還でしたよ、ま、ハズレだったけどね」
そんな会話を交わす彼らの脇で私は封筒の中身を確かめる。ちゃんと追加料金が入ってることに安堵した。やることは犯罪まがいだけどそういうところはちゃんとしてるんだな。
「ねえ、そのワンピースどうしたの?」
フィッシュ・アイさんに尋ねられて、自分がまだ着替えていないことに気が付く。
「あ、これはタイガーさんが・・・あの」
「それ、僕からプレゼントよ。デートの時にでも着てちょうだい」
「どーせ予定ないんでしょうけど」か
らかうホークス・アイさんにフィッシュ・アイさんは「あン、かわいそうよホントのこと言っちゃ」とたしなめた。
もうそのへんどうでもいいや、ちゃんとお給料さえもらえれば。
「じゃ、お疲れさまでしたー」
- 19 -