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夏といえばボーナスだ。テストなんかじゃない。
パーッと欲しい物を買って美味しいものを食べて、残りはしっかり貯金。うう、悲しい・・・。
窓の外に目を向けて考える。
巻ちゃんは今頃なにをしてるのかなあ。いいなあイギリス。行ってみたい。
そういえば「東堂のことよろしく頼む」って言われていたけど、あれってどういう意味なんだろう?
「アイツしょっちゅう連絡よこすからオレがいなくなったら相手してくれ」とも言っていた。
だけど、私は東堂さんの連絡先を知らない。だから相手のしようがないのだ。
遠くに行ってしまった巻ちゃんにテレパシーを送っているとプリントが回ってくる。
「休み入る前に小テストだぞー」という声が聞こえて、ため息が出た。

***

「みょうじさん、携帯光ってますよ」
「え?」
顔を出した部活で鳴子くんに言われて確かめる。メッセージが届いていた。知らない番号からだ。
どうせ見知らぬ資産家の遺産が振り込まれましたとかそんなんだろう。だったらもらいに行くからくれよ。
目を通した瞬間、固まる。
そこには、

”東童尽八だ”

と書かれていた。
「(え?東堂さんからメッセージ?なんで?)」
ようするに「巻ちゃんから君のことをよろしく頼むと言われたので、もらった連絡先にメールを送ってみた」ということらしい。
どういうことなの巻ちゃん・・・そしてなんて返すべきなんだろう。
もしかして、このオレとメールができることを光栄に思え、みたいな感じだったりするんだろうか?
えーそれはやだな。東堂さんは私の推しだ。憧れのキャラだ。そういう内容だったら悲しい。
あれかな、インハイが終わって部活を引退したから暇なのかな。
とりあえず、よろしくお願いします、と手短に返事をする。
すると、
”いきなりだが明日は空いてるか?”
と返ってきた。
どういうこと?空いてるけど、空いてますよって答えたらどうなるの?
その時、
「みょうじさーん、ちょっといいすか?スカシが」
「おい鳴子!」
スイマセンなんでもないす、と焦ったように今泉くんが制した。
「なんでもないわけないやろ。素直に言いや、腹減って死にそうですーって」
「これはたまたま腸が動いただけだ。オレの内臓は活発なんだ」
活発な内臓ってなんだよ。今泉って意外に天然だと思う。
「カッカッカ!スカシは腹にぎょーさんビフィズス菌飼っとんのやなあ」
「ふざけたこと言うな鳴子!」
「ふたりともお菓子あげるから落ちついてー」
とりあえず、返事はあとにしよう。

***

家に帰ってよく考えてはみたものの、結局まあいいかと思い「空いてますよ」と返す。
お風呂に入っている間に返事が来ていた。
”都合がよければ、みょうじさんに会いに行ってもいいか?”
私たちそんなに仲が良かったっけ・・・?そんなことないと思うんだけどなあ。
するともう一通メッセージが届いた。
”巻ちゃんの友人として一度ちゃんと話がしたい”
巻ちゃんトークだ・・・!東堂さん、巻ちゃんがイギリスに行って寂しいから巻ちゃんの話ができる人間を探しているにちがいない。
だけど、推しと会う。それもこの感じだと一対一な気がする。
え?え?いいの?そんなことが許されるの?
落ち着け私。きゃあきゃあ言う可愛いファンじゃないんだぞ。
でも、普通に生きてたらこんな機会そうそうない。間近で推しに会えて話せるチャンスだ。
指先が文章を作って送る。

”よろしくお願いします”

***
 
10時に駅前で待ち合わせ。
「(やばい、緊張してきた・・・)」
一差の気持ちがよく分かる。彼はまだ入学してきてないけど、いつか会ったら仲良くなれる気がする。
制服で来ちゃったけどいいよね?私服で会うとか、なんかデートみたいだし。
そんなことを考えながら時計を見上げていると、
「みょうじさん!」
という声がした。
「(推しだ・・・!)」
けれど彼の姿を目にした瞬間「え」とこぼれる。
東堂さん、私服じゃないか。
「インハイ以来だな!元気にしてたか?」
はい、とうなずく。
「あの、なんで私服・・・制服じゃないんですか?」
「ん?さすがに制服で箱根から走ってくるのは大変だからな」
言われてみれば、東堂さんはスポーティーな格好だった。あいかわらず首元にはゴールドのチェーン。ハイセンスすぎる。
「いきなりで悪いが、どこかカフェにでも入らないか?喉が渇いてしまって」
「あ、そうですよね!じゃああそこ行きましょう」
近くにスタバ的な店があったため入ることにした。
「なんにします?」
「そうだなー、季節限定のものがいいな。みょうじさんは?」
「私はブラックのアイスにします。ショートサイズで」
ここのスイーツドリンクは美味しいけどけっこう甘い。だからカフェラテかブラックが定番だ。
「分かった。あ、俺が出すから」
「いやいや、そんなわけには」
「いいから。キミは席を取っていてくれ」
せっかくの東堂さんの好意に甘えることにした。
ありがとうございますと言い残して席を探す。
東堂さん、やっぱり目立つんだよなあ。注目を集めないよう隅っこに腰を下ろして待つ。
「お待たせ。みょうじさんはコーヒーが飲めるんだな」
「はい、一応」
東堂さんはぶどうのフローズンドリンクだった。
さて、とストローを差して彼は言った。
「今日はわざわざ時間を作ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ誘ってくれてありがとうございます」
巻ちゃんから聞いていたか?と東堂さんは笑う。
「ちょっとだけ。でもあんまり詳しくは教えてもらってなくて」
「東堂がうるせーから相手をするようにって言われているんじゃないのか?」
図星だ。
「まあいい。キミとちゃんとこうして話ができて嬉しいよ」
「こちらこそ」
「で、だ。親睦を深めるために名前で呼び合うというのはどうだろうか」
なんて?なんで?
「え?」
「ん?」
意を決して尋ねる。
「あの、どうして私たちが親睦を深めるのでしょう・・・?」
「それはもちろん、巻ちゃんによろしくとお願いされたからだ」
みょうじさんさえよければの話だが、と彼は言った。
「ちなみにオレのことは気軽に尽八と呼んでくれてかまわないぞ!」
「尽八・・・」
漫画を読んで東堂さまと呼んでいたのが懐かしい。
そうだ、目のに座っている相手は推しなんだ。
「あの、やっぱり東堂さんで・・・」
すると彼は立ち上がる。
「そんな他人行儀でなくとも、」
「でも、なんだかおそれおおくて」
「それは・・・分からんでもないが」
ストンと腰を下ろした。分からんでもないのか。
「まあいい。それで、オレのほうはキミを名前で呼んでも?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。なまえちゃん」
なまえちゃん・・・なまえちゃん・・・。
推しの破壊力ってすごい。一瞬フリーズして意識がどこかへ飛んでいってしまった。危ない。
「あらためてよろしくな」
東堂さんは綺麗に笑った。ああ、推しだと思った。きらきらしていて、とにかくかっこいい。
「東堂さんてすごく、」
「ん?」
「美形、なんですね・・・」
思わずそう呟くと彼はぽかんとした。そして、
「わっはっは!」
とおかしそうに笑う。
「いや、せっかく褒めてくれたのに笑ってすまんね!しかしキミは本当に面白いな。ここまで正直に感想を口にする子はオレのファンにもいないぞ」
その言葉にはっとする。そうだ、どこに東堂ファンがいるか分からない。月曜日に靴の中に画鋲が入っていたら大変だ。
「すみません、私やっぱり帰っていいですか」
「いきなりなぜ!?」
オレが何かしたかね、と東堂さんは焦る。
「そうじゃなくて、ファンの人がいないかちょっと不安で・・・」
「なんだそんなことか。安心してくれ、オレのファンはそんなに陰湿ではない」
ホントかよ、とつい疑ってしまう。
けれどそんなことなどお構いなしに、
「今日はなまえちゃんに聞きたいことがあるんだ」
と東堂さんは言った。
「聞きたいこと?」
「ああ。いろいろ、まずは巻ちゃんについてなんだが」
で、出た〜〜〜!巻ちゃん!だけどあいにく私もそんなに知らないんだよね・・・困ったな。
「さっそくだが、巻ちゃんは普段どんな練習をしていた?授業態度は真面目か?弁当派?それとも買い弁派?」
「は?」
弁当とかニッチだな。
「どうしてそれを知りたいんですか?」
「ん?巻ちゃんとの電話のネタにしたくてな」
「ああそういう・・・あ、でも田所くんのお店のパンが好きでよく食べてましたよ」
「おお、あのスプリンターの彼か!元気にしているかね」
「はい、みんなあいかわらず」
そうか、と東堂さんは笑った。
「では、さっそく行ってみるとするか」
彼が立ち上がったのを見て私も腰を上げる。
「それじゃ私は、」
「?一緒に行くだろ?」
「あ、はい」
一緒に行くのね。

***

頼む、田所くん今日は店番しないでいてくれ。説明がめんどくさいから。
なんて、こんな日に限って会いたくない人と会ってしまうことを知っている。
いやでもいないかもしれないと念じながら意を決して中に入った。
「いらっしゃ・・・あ?」
ですよねー。
「(はー終わった・・・)」
絶望だ。なんでアイツらがここにいるんだ、という目で田所くんがこちらを見ている。
そんなことなど微塵も気にせず、
「いい匂いだなーどれも美味そうだ」
などと言いながら東堂さんはパンを選んでいる。
「オイみょうじ」
「ハイ・・・」
呼ばれたため仕方なく田所くんの所へ行くと「なんで東堂と一緒に来てんだ!?」と尋ねられた。
「いや・・・それが、」
かくかくしかじか、これまでの経緯を説明するとふうん、と彼は呟く。
「巻島のヤツ、とんでもねえ置き土産してったんだな・・・」
「ありがとう理解してくれて」
その時、
「なまえちゃん!」
東堂さんが私を呼んだ。
「はい、なんでしょう」
「巻ちゃんの好きなパンはどれだ?」
「ああ、えっとたしか・・・」
すると「これだよ」と田所くんが教えてくれる。
「おお、すまんね。ありがとう」
「買ってくれんなら文句はねえよ」
ついでだし私も揚げパンを買って行こうかな。砂糖ときな粉がたっぷりまぶしてあって美味しそうだ。
お会計を終えて店を出る。
「ありがとう田所くん」
「おう。またあさって学校でな」
よかった、さっき東堂さんにちゃん付けで呼ばれたことは気づかれていないみたいだ。
「さて、」
今度こそ解散の流れかな?そう思っていると、
「このあと時間はあるか?」
と聞かれた。ヒマなんだよね。
「はい、まあ」
「なまえちゃんさえよければ一緒に食べたいと思うんだが。しかし、キミにも予定はあるだろう?今日も押しかけてしまったようなものだし」
無理しないでいいぞ、と彼は笑った。
ちゃんと気を遣ってくれるいい人なんだな。ちょっとびくびくしてしまっていたのが申し訳ない気持ちになる。
「いえ、ぜひご一緒したいです」
推しとのランチ、最高じゃないか。

***

河川敷のベンチに並んで袋を開く。ほわりと美味しそうな香りが鼻をくすぐった。
「なあ、もしなまえちゃんさえよければオレのサンドイッチと揚げパン、少しとりかえっこしないか?」
とりかえっこって!可愛いな推し。
そんな内心のはしゃぎっぷりはおくびにも出さず、いいですよーと答える。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、実はちょっと気になっていたんだ。・・・やはり美味いな!」
私は気になっていたことを尋ねた。
「箱学って学食あるんですよね?」
「ああ、あるな」
「いいなあ、なんか大学みたいですねえ」
まあそうかもしれんな、と東堂さんはうなずく。
話が途切れた。
まずい、なにか話題を・・・そうだ巻ちゃん!は聞かれても答えられないし・・・
「あの、」
「ん?」
「モテるために努力とかされてるんですか?」
ぽかんとしている。ああ、質問を間違えたな。
「そうだな・・・何事にも努力を惜しんではいないつもりだ。だが特別なことはしていないぞ?」
この美形も、睡眠をしっかりとってきちんとした食事を頂いているからこそ維持できている、と彼は語った。
「そういえば前に姉のフェイスパックを拝借したことがあるが、あまり効果は感じられなかったな」
なるほどー、と相づちをうつ。
「なまえちゃんは?」
「え?」
「モテるだろ?」
「いやいや、まさか!」
ホントかー?と東堂さんは私を覗きこんだ。近、推しが!近い!
「・・・好きなヤツとかいるのか?」
「いませんねー。どうせあと少ししたら卒業だし」
そうか、と彼は呟く。
「東堂さんこそ彼女とかいないんですか?」
推しの恋愛事情、知りたいぞ。
「いない」
きっぱりと東堂さんは答えた。
「すごいなあ、やっぱりファンクラブを大切にしてるんですね」
「まあ、うん・・・そう、だな」
なんとなく濁して聞こえたのは気のせいだろうか。
家に帰ってから携帯を見ると、東堂さんからメッセージがきていた。
“今日は突然にもかかわらず会ってくれてありがとう。とてもいい時間だった”
東堂さんらしい内容だなあ。・・・ちょっとカップルみたいなやりとりだな。
いやいや、とすぐにその考えを振りはらう。彼が興味があるのは巻ちゃんだ。
あの後もずっと巻ちゃんの話で盛り上がってしまった。私はほとんど聞くに徹していたけど、東堂さんの話題はこれでもかというほど豊富だった。
「巻ちゃんはオシャレな名前の紅茶が好きなんだ!ちなみにオレは緑茶が好きだぞ。東堂庵では厳選した茶葉を季節ごとに変えてお出ししているんだ」
「雨が降っても風が強くてもロードは乗れる。巻ちゃんは髪が濡れてまとわりつくッショと言ってレース以外では敬遠しているがな」
「ロードバイク、巻ちゃんらしさが出ていていいよな!オレの愛車はコイツ以外考えられねーが、リドレー以外の乗り心地はどんなものか気にはなるな」
巻ちゃんの話題に絡めてけっこう自分のことも語っていた。
うんうん、どんどん言ってくれって感じだ。推し、普段こんなこと考えて生きているんだな・・・。ありがたい知識が蓄積されてほくほくだ。
それにしても東堂さん、よっぽど巻ちゃんのことが知りたいんだなあ。
よし、こうなったら同級生として身近な情報を発信していこう。


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