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「みょうじ・・・」
なにやってんだオメーという声が頭上から聞こえた。
「あ、おはよう田所くん」
「おう。週末に続いてホント変な行動ばっかだな・・・今度はなんだ?」
「巻ちゃんの座っていたイスの写真を東堂さんに送ってあげようと思って」
「イスぅ?」
「こういうの、他校だから絶対分からないでしょ?巻ちゃんフリークには貴重かと思って」
「さすがにアイツでもイスの写真はいらねえだろ。大体どこの学校も席は変わんねーよ」
「でも、箱根学園は学食があるんだって。やっぱりいいとこの学校だから違ったりするんじゃないかな?」
「知らねーけどよォ・・・ほどほどにしとけよ」
前のヤツ困ってんぞと言われ、あわてて立ちあがって謝る。
「よし、いい写真が撮れた」
ホームルームが始まる前に送信する。
”おはようございます。これ、巻ちゃんが座っていた席です。よかったらお納めください。今日も自転車頑張ってくださいね!”
最後の一文、いやみだと思われたらどうしようかと悩んだが残すことにした。
きっと推しの心はそんなに狭くはないはずだ。

***

なまえちゃんから巻ちゃんのイスの写真が送られてきた。イスって。さすがにそこまでマニアの領域には達していないぞ。
とにかくこれで、いよいよ勘違いされていることがはっきりしてきた。
オレが興味があるのは巻ちゃんなのだと彼女は考えている。いやあるけども。こういうマニアックな方面ではない。
本当に興味があるのはなまえちゃんなのになぜ伝わらないのか。
いやでも、最後の文章は嬉しい。自転車頑張ってくださいね、か。そう言われたら頑張るしかないではないか!
「(・・・遠いな、千葉)」
久しぶりに会えただけでなく、お茶をしてランチを一緒に食べた。最高の休日だったし、自転車を漕ぐ足は全然疲れなかった。
彼女がただの総北のマネージャーから気になる相手へと変化したのは、インハイがきっかけだ。
ゴールに近づいた時、彼女の声が耳に届いた。後続の仲間たちのため、喉が枯れてしまうんじゃないかというほど振り絞った声だった。
黄色のジャージがゴールした瞬間の表情が見てみたかった。オレがゴールした時でさえ、彼女はメガネくんの隣でべしょべしょになるほど泣いていた。
「ああ、いい子なのだな」と思った。あんなに必死に仲間を信頼して、応援して、心からおめでとうと言えるのだから。
インハイよりも前から彼女のことは知っていた。けれど、インハイの後もずっと頭から離れない。
「(重症だな)」
 この感覚は知っている。恋だ。それも、これまで経験してきたどの片想いよりも重いやつだ。
神奈川と千葉ではあまりにも距離がありすぎる。おかしい、巻ちゃん相手にそんなの感じたことは一度もなかったぞ?
たぶん彼女はまた巻ちゃん情報を送ってくるだろう。今度は机か?下駄箱か?こんなはずではなかったのに、とへこむ。確かに彼がいなければメッセージのやりとりなどできていない。
連絡先を手に入れるには、とにもかくにも巻ちゃん頼みだったのだ。
新学期が始まってすぐのことだった。
「巻ちゃん出ろ、出てくれ頼む!」とひたすら念じて電話をしたが案の定出ない。するとしばらくしてたった一言、
”なんショ”
と書かれたメールが届いた。
”みょうじさんについて知りたい”
端的に用件を告げれば、電話がかかってきた。
”クハッ、どういうことショ東堂”
「!実はな巻ちゃん、」
オレは自分の気持ちを隠そうともせずあけすけに話した。とにかく必死だったのだ。
巻ちゃんは「みょうじなあ」と怪訝そうな声で返事をする。
「もしかして彼氏とかいたりするのか?」
”少なくとも、オレがイギリス来るまではいなかったと思うショ”
そうか、と安堵する。彼が日本を離れてからそんなに日は経っていない。
”アイツいいやつショ”
「もちろん、オレもそうだと思っている。巻ちゃん、一生の頼みだ。連絡先を教えてくれないか」
”はァ?んなの自分で聞けショ”
「たーのーむー巻ちゃーん!!!」
”うるせえッショ!ッたく、ファンクラブが聞いたら泣くぜ今の”
「今は巻ちゃんしかいないから心配しなくても大丈夫だ!」
”別に心配はしてねえショ。てかオレを巻き込むなって話”
「頼めるのは巻ちゃんしかおらんのだよ」
”どう考えても千葉と箱根のが近ェんだから直接行きゃいいだろ。なんでわざわざイギリスを経由すンだよ”
はっきりと「心の距離の問題だ。いきなり千葉へ行ったらドン引かれるに決まっている」と答えれば、巻ちゃんはため息をついた。
”なんかホラ、小野田とか口実にしてよォ”
「メガネくんをか?できなくはないが・・・インハイの因縁だと思われたりしないか?」
”んな心狭くねえショ・・・なあ、本気かよ東堂”
「あたりまえだ。誓って遊びなんかじゃないぞ」
”泣かせたらオメェのこと殴るショ”
「泣かせんぞ!?」
”巻ちゃんは「しゃあねェなァ」と言った。
”一方的に連絡先を教えるのは悪ィからオメエのこと話しとくショ”
「無論だ!ありがとう巻ちゃん。・・・実はな、」
オレはふたりが付き合っているのではないかと思っていた、と心の底にあった言葉を口にした。
”オレとみょうじが?ねーショ”
「ずいぶん仲が良さそうに見えたからな」
悪くはねえけどよ、と巻ちゃんは口ごもる。
”・・・いや、やっぱねェな。ねーわ”
「そうか」
安心した、と言おうとした時だった。
”でもアイツ、そこそこモテてたショ”
「なに!?」
”けっこう人気あったぜ。告白されてたかどうかまでは知らねーけど”
これはまずい。ゆゆしき事態だ、危機的状況だ。
「巻ちゃん!さっそくみょうじさんの連絡先を教えてくれ」
”りょーかい。んじゃ電話切るショ・・・あ”
「どうした、」
”アイツ、割と無理するところあるから、あー・・・まあ、よろしく頼むわ。じゃな”
そうして今度こそ通話は切れた。
巻ちゃんとみょうじさんはホントに仲が良かったのだなあとあらためて感じる。オレが思っている以上に、きっとふたりはいい友人なのだろう。
すぐに送られてきた連絡先を登録して、メッセージ画面とにらめっこをする。
「(はじめまして、ではないな?しかしオンラインでは初めてだからな・・・やあ、というのも馴れ馴れしい気がするし・・・難しいなこれは)」
悩みに悩んで書いたのは、たった一言、
"東堂尽八だ”
だけだった。 

***

巻ちゃんの番号に電話をかける。ワンコール、ツーコール、出ない、よし。
その日の終わり、着信を知らせる音が聞こえたので通話ボタンを押した。
「もしもし巻ちゃん」
オメェさァ、と呆れた声が聞こえる。
”履歴だけ残してかけ直させようって魂胆が見え見えなんショ”
「あ、ばれてた?」
”ッたく・・・東堂かァ?”
「うん、よく分かったね」
クハッと巻ちゃんは笑う。
”東堂さん、よっぽど巻ちゃんに興味があるみたいなんだよね”
「はァ?どういう、」
そう言いかけて「とりあえず聞くショ」と答えた。私はこれまでのいきさつを説明する。イスや机、下駄箱、ロッカー、お弁当を広げていた屋上の一角を撮影して送ったこと。
「もうネタがないんだよー」
電話の向こうで「ブフッ」と吹き出す。
”不憫すぎンだろ東堂”
「そうなの、だから新鮮な情報ちょうだいよ」
”オレを切り売りしようとすんなショ。じゃなくてみょうじ”
「ん?」
オメェが電話かけてやりゃあいい、と巻ちゃんは予想外の言を口にした。
「えっ、なんで?」
”そうすりゃ丸くおさまるショ”
「でも、東堂さんが聞きたいのは私じゃなくて巻ちゃんの声だよ」
はあー、と重いため息が聞こえる。
”なんッでオレがこんなアホくせえことを・・・料金かかるからもう切るショ”
「えっ、あ、ごめんね!」
”別にいいけどよ。そう思うんなら電話してやれショ。んじゃな”
ツーツーという無情な音が流れる。アホくせえって、そりゃそうだな・・・「東堂さんにタレコミするから近況教えて」ってどういう意味か私だって知りたい。大体そんなの本人同士でやりとりすればいい話だ。
だけど、なんで巻ちゃんは私に電話しろって言ったんだろう?
「うーん・・・」
推しに電話なんて、いったい何を話せばいいんだ。新鮮な情報がひとつもないのに電話したって「はあ?」って言われるんじゃないのか。
電話の画面を出して葛藤する。
どうする、どうする?頭の中で手持ちの話題をカードのように広げてみる。巻ちゃんの話、天気の話、自転車の話、ファンクラブの話、受験の話。なんだ、けっこうあるぞ?だけどわざわざ電話してまで聞くことじゃないな、特に天気の話は。
覚悟を決めて、とりあえずかけてみることにした。
ワンコール、ツーコール、出ない。履歴だけ残るのも困るなあ、などと考えた時、
”っもしもし!”
と焦った声が聞こえた。
「あ、・・・こんばんは」
”なまえちゃんではないか!”
「はい、あの、いきなりかけてすみません」
そう口にすれば「いや、嬉しいぞ!」と返ってくる。おおお。
”嬉しいよ、なまえちゃん。まさか君のほうからかけてくれるとは思わなかったものでな”
思わず携帯を耳から離した。今さらだけど、至近距離で推しの声が聞こえる・・・すごい・・・。
気を取り直して私は答えた。
「えっと、お元気でしたか?」
いや、安否確認をしてどうする。
”ああ、息災だ。なまえちゃんは?”
「はい、大丈夫です」
”そうか。巻ちゃんが、なまえちゃんは無理をしやすいと言っていたからな。いろいろ根を詰めているのじゃないかと思って気にしていたんだ”
優しさにじーんとする。離れていてもずっと友だちでいてくれ、巻ちゃんよ。
「ありがとうございます、東堂さんも無理はしないでくださいね」
”オレは無理などしとらんよ。いつでも、できることを精一杯やっている”
返ってきた言葉が彼らしいなと思うと、なんだか笑顔になった。
”ちょうどよかった。実は、オレからかけようか迷っていたのでね”
ぎく。最新の巻ちゃん情報をくれと言われたらどうしよう。小野田くんからクモ太郎のストラップ10個もらってましたって話で満足してくれるかな。
”実は、今度レースに出ることになったんだ”
「レース?ですか?」
”ああ。シーズンはまだ終わっていないからな。引退間近とはいえ、もうしばらく箱根学園のジャージを着て走ろうと思って。それで、”
もしよかったらなまえちゃんに観に来てほしいんだが、と東堂さんは言った。
「行きます!いいんですか?」
”おお、即答してくれるとは・・・予定が今週末なので無理はせずとも、”
「絶対行きます」
行くに決まっている。推しが出るレース、絶対に見たい。しかも箱学ジャージを背負っての出場だ。
これがあのジャージの見納めになるかもしれないと思うと行く以外の選択肢はない。
”・・・そうか、ありがとう。ぜひ来てくれ”
「はい!楽しみにしてます」
時間と場所はあらためて連絡する、そう言われて返事をしようとした時「尽八ー!」という声が聞こえた。
”げ、姉だ。すまんがなまえちゃんいったん切る!”
「あ、いえ、じゃあこのへんで」
”分かったから、今行く!またななまえちゃん!”
そう言って電話は切れた。パワフルなお姉さんだな・・・。
レース、レースか。ひょっとして最初にゴールしちゃうんだろうか。
早く週末になれー、なんて思わず口にしてしまい、浮かれてるなあと苦笑した。

***

姉よ、なんという非情なタイミングでオレを呼んだのだ・・・替えのシャンプーの場所なんぞ知らんわ。
本当はもっといろいろ話したいと思っていたのに、せっかくのチャンスだったのに。
「ちくしょー・・・!」
ぼすっと布団の上にダイブして携帯を眺める。
浮かれてるな、オレ。観に来てほしいと言ったからには絶対に1位を獲らねばならない。
いや、獲る。たとえ彼女が来なかったとしてもだ。
それがオレに、山神の名で呼ばれる東堂尽八にふさわしい結果だからだ。
ゴールラインを超えたら必ず言おう。
「君のことが好きだ、オレと付き合ってほしい」と。

***

「金城くん、ちょっといいかな?」
顔を上げた彼は「みょうじ、どうした?」と読んでいた本を閉じた。
「ごめん、読書の邪魔した」
「いや。模試の準備をしていただけだから」
よく見れば本じゃなくて参考書だった。一気に現実に引き戻された気がして膝をつきそうになる。
「うっ模試・・・!アタマが・・・!」
ははは、と金城くんは笑う。こっちは笑いごとじゃない。
「それで、なにかあった?」
「あのね、次のレースについて知ってたら教えてくれないかなと思って」
「レース?」
彼は机の中からプリントを取り出してページをめくる。
「学生向けのやつ?」
「どうかな、今週末なんだって」
金城くんの指が日付をなぞっていくが、該当する予定はない。
「もしかすると一般かもしれないな」
「あのね、これ」
携帯の画面を見せると「東堂?」と呟く。
「あ、うん。次のレースに出るから良かったら観に来ないかって誘ってくれて」
「すごいな、インハイが終わったばかりなのに出るのか」
この場所だと多分、そう言いながら金城くんは自分の携帯で検索をかける。
「あった。これかもしれない」
「・・・ヒルクライムレース?」
「ああ。距離もそう長くなさそうだ」
ゴール前で待つんだろう?と金城くんは尋ねる。
「待っていてもいいと思う?」
「でなきゃ呼ばないさ」
そうだ、東堂さんが優勝する瞬間を撮って巻ちゃんに送らなくては。
「いいカメラが必要だな・・・」
「カメラ?」
「うん、東堂さんの活躍を巻ちゃんに送りたいから」
みょうじ、と金城くんは言った。
「きっと東堂はファインダー越しじゃない姿をみょうじに見ていてほしいんだと思う」
「そうなの?」
「ああ、多分」
「記念になると思うんだけどなあ」
「写真なら他の誰か上手い人が撮ってくれるさ」
そっか、よく考えたらカメラマンの人たちがいつもいるもんね。
「そうだ、金城くんも一緒に行かない?田所くんとかみんなも誘って」
声援の数は多いほうがきっと力が出るはずだ。
「そうだな・・・部活がある日だから、よかったらオレだけ参加させてもらってもかまわないか?それと、寒咲さんに車をお願いできるか頼んでみるよ」
「えっいいの?ありがとう」
「ああ。そのかわり期待はしないでくれよ」
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「それじゃよろしくお願いします」
「ああ」


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