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当日。雲ひとつない青空がまぶしい。
「自転車日和だな」
ハンドルを握る寒咲さんが言った。
「車を出して下さってありがとうございます」
「気にすんなって、オレも興味あった大会だから。にしても彼、インハイの直後によく出るなー」
並んで座る金城くんが「そうですね」と答える。
「バイタリティが高いっていうか、さすがハコガクって感じだな」
今日はサポートをするわけじゃないから、後部座席に荷物はない。ゆったり座って景色を眺めたり、ロードバイクの話を聞いたりしているうちに会場へと到着した。
車を降りて背筋を伸ばした寒咲さんは、
「東堂くんってなまえちゃんの彼氏?」
と尋ねる。
「まさかーちがいますよ」
「あれ、そうなんだ?オレはまたてっきり」
「巻ちゃん友だちです。巻メイト」
マキメイトという言葉に寒咲さんは声をあげて笑う。
「巻メイトか!そりゃいいな」
金城くんが微妙な表情を浮かべていた。巻メイト、変かな。
スタート地点まで歩きながらプランを練る。
「出走したら、裏道を通ってゴールまで先回りするか」
「裏道?」
ほら、と金城くんが携帯でマップを見せてくれる。
「いったん国道に戻ってから登りに入るコースがあるんだ。救護テントもそっち側にあるな」
「へえーそんな道があるんだね」
すると、
「なまえちゃん!」
という声が聞こえた。
「!東堂さん」
どこにファンがいるか分からないのにそんな大声で・・・!
「へえーなまえちゃんね」
寒咲さんがにやにやしている。あわてて駆け寄り「もうエントリーは済ませたんですか?」と普通の声量で尋ねた。
「ああ。なまえちゃん、来てくれたんだな」
「もちろんです」
推しの活躍を目に焼きつけるためなら地の果てまで行く。
ところで、と東堂さんは金城くんたちに目を向けた。
「みょうじに誘われて来てしまったんだが・・・すまない」
「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。インハイ以来だな」
さっぱりとした笑顔で東堂さんと金城くんが握手を交わす。
「みょうじ、オレと寒咲さんは向こうで待っているから」
そう言い残して金城くんは行ってしまった。そんな、私を残して行かないでくれ。
「なまえちゃん」
「はい」
「あいかわらず固いなーなまえちゃんは。敬語などいらんのだぞ」
あと東堂さんて呼び方も、と彼は不満そうな顔をした。
「いやーでも・・・」
「ファンの子たちなら今日はおらんよ。レースに出ることも顧問とフクにしか言ってないからな」
「え?そうなんですか?」
「ああ。ファンの声はありがたいが、今日はキミが応援してくれるだけでじゅうぶんだからな」
そんな言葉をかけてくれるなんて、嬉しさで心臓が飛び上がりそうだ。
「しっかり応援してます」
「ありがとう。それから、」
レースが終わったら言いたいことがある、と東堂さんは口にした。
「言いたいこと?」
その時、集合を告げる合図の音がした。
「ああ。それじゃ、行ってくる」
「はい。ゴールで待ってます!」
「嬉しいことを言ってくれるな。今日の優勝はキミのために獲るぞ、なまえちゃん!」
高らかに勝利を宣言した東堂さんの背中が見えなくなるまで見送った。
やっぱりカメラを持ってこなかったことを後悔しながら、待っているふたりの元へ戻る。
「すみません、お待たせしました」
「おう。んじゃ行くか」
ふたたび車に揺られながら山の上のコースを眺める。
「すごい傾斜だな」
あそこを登坂するんだからクライマーはすごいな、と金城くんは言った。
「私だったらきっと心臓が爆発して死んじゃうよ」
「はは、なまえちゃんはもう少し体力作りしたほうがいいんじゃねーか?」
寒咲さんの冷静な指摘が胸に刺さった。

***

「うし。ここからならよく見えるな」
あのへんまで集団が見えたらゴールに向かうか、そう言って寒咲さんはごそごそと荷物を漁る。
「ほい、コーヒー」
「ありがとうございます。私もお菓子持ってきました」
バッグからいろいろ取り出してみせると「すげーな」と彼は笑う。
「チョコ3種類も持ってきてんのか」
「新発売のやつが並んでいたので」
私の隣で時計を眺めてながら金城くんは「遅いな」と呟いた。
「え?」
「東堂の脚ならそろそろ来てもいいと思うんだが・・・」
近くにいた人たちの会話が聞こえる。
「おい、落車だってよ」
「マジ?どのへん?」
落車という言葉に反応して顔を上げた。
「分かんねーけど友だちがちょうどそのあたりにいて見たって。テント混雑してるかもな」
あの、と金城くんが話しかける。
「詳しく教えて頂けませんか?友人が出ているんです」
「俺らも詳しくは知らないんだけど、集団落車があったらしいよ」
集団落車。
「まさか、」
大丈夫だ、と寒咲さんが言った。金城くんが走って戻る。
「金城、どうだった」
「落車があった場所はここよりもだいぶ手前だったそうです」
「まだ先頭は見えてこねェか・・・難しいな」
救護テントに行ってもいいですか、と私は言った。
「だが、落車でもたついているだけでもうしばらくしたら見えてくる可能性もある」
「みょうじと寒咲さんは先にゴールへ行ってください。オレは救護を覗いてから合流します」
「そうか、悪いな金城。行くかなまえちゃん、」
「すみません・・・でも、不安で。やっぱり私が確認してきてもいいですか」
ふたりは顔を見合わせる。
東堂さんをゴールで待つって約束した。だけど。最悪の予感が頭をよぎる。
「あの、」
「わァーったよ。けど、こっから救護テントまでけっこう距離がある。仮に東堂くんが落車に巻きこまれていなかったらゴールには間に合わねえ。いいのか、ホントにそれで」
はい、とうなずく。
「決まりだ。金城」
「はい。・・・ホントにいいのか、みょうじ」
「うん。ありがとう、行ってください」
わがままを言ってすみません、と頭を下げて走り出す。
いなければそれでいい。約束を破ってしまうことになるけど、きっと後悔はしないと思う。
呼吸で胸が苦しい。やっぱりちゃんと体力つけとけばよかったな。
息を切らして走っているとようやく、救護テントが見えてきた。
担架を抱えて出てきた人に駆け寄って尋ねる。
「すみません、知り合いが落車に巻きこまれたかもしれないんです」
立てこんでいるので、と相手は困ったように答えた。
私と同じような状況の人たちが、不安そうな表情を浮かべてテントを訪ねている。
「ゼッケン番号はご存知ですか?」
「ゼッケン?・・・あ」
去っていく東堂さんの背中についていた番号。
「3番です」
「お待ちください。確認してきます」
気を揉みながら待っていると、やがてテントの奥から声がかかる。
「3番のお知り合いの方、どうぞ」
狭い入り口をくぐると、椅子に座っている東堂さんと目が合った。
「!なまえちゃん」
「東堂さん・・・落車があったって聞いて」
ああ、と彼は答えた。
「オレも巻きこまれてしまってな。コーナーに突っ込んだ」
「コーナーに突っ込んだ・・・!?」
「心配するな。ちょっと擦りむいただけで何も問題はない」
額や手足には傷パッドが貼られている。ところどころ血も滲んでいた。
「痛みますか?」
「少しな。ま、たまにはこういうこともあるさ。まったく山神ともあろう者が、ふがいないものだな!」
いつもと変わらない笑顔に力が抜けていく。
「なまえちゃん、」
しゃがみこんでしまった私を見て東堂さんがあわてる。
よかった。元気だ。大きな事故だったらどうしようと本気で思った。
「無事で良かったです・・・」
思わずこぼれた言葉を聞いて東堂さんは、
「それでわざわざ来てくれたのか」
と呟いた。
最悪、頭を打っていたかもしれない。ヘルメットなんて衝撃でどっかへ吹っ飛んで、地面に叩きつけられていたかもしれない。二度とロードバイクに乗れなくなっていたかもしれないという恐怖が、私の体中を駆け巡ったのだ。
私の目の前にしゃがみこんだ東堂さんは、泣かないでくれ、と言った。
「泣いてないですよ・・・」
「いや、泣いてるぞ?」
そっと私の頬に触れた彼の指には滴が付いている。
え?私、今泣いてるの?
「キミに泣かれるのはきつい」
「私だって、東堂さんにケガされるのはきついです」
視界が滲む。泣いていることを理解した瞬間、ぶわりと涙の膜が張った。東堂さんの指が、次々とあふれる涙を拭ってくれる。
「すまなかったな、なまえちゃん」
可愛い顔が台無しだぞ、と彼は顔を覗き込んだ。
「すみません、みっともないところを・・・」
「そんなことはない。オレのほうこそ、キミを泣かせてしまってすまない」
立てるか?と体を支えられる。おかしい、ケガをしているのは東堂さんなのに私が介護されている。
「どこも折れていないですか?」
「おそらく。一応、検査は受ける予定だ。残念だがレースはリタイアだな」
悔しさを噛みしめるように彼は言った。
「ゴールの前で待つと言ってくれたのに。・・・だが、少しだけ嬉しく感じているのだよ」
キミがあんなに心配してくれるなんて、と東堂さんは力なく笑う。
「心配しますよ・・・落車なんて聞いたら、誰だって」
すると「はあー」という大きなため息が聞こえた。
「・・・なまえちゃんのニブチン」
「ちょっと」
あーくそ、と彼は天を仰ぐ。
「こんなはずではなかったのになあ」
「そんなに気を落とさなくても。レースならまたありますよ」
「そうではないのだよ・・・頼むから今は、オレを見ないでくれ」
おでこのケガならもう見ましたよ、と言えば、
「そうじゃない」
と後ろを向いてしまった。
インハイの時と同じゼッケンナンバーを背負ってのレースだ。リタイアはきっと私が思っている以上には無念だろう。
テントの外から、車の到着を告げる声がかかる。
「すみません、ご迷惑をおかけします。・・・ではな、なまえちゃん。今日は来てくれて本当にありがとう」
「こちらこそ、来られて良かったです」
機会があったらまた応援に来てくれるか、と彼は尋ねる。
「もちろん」
そう答えると、東堂さんは安心したような笑顔を残してテントを後にした。
残念な結果になってしまったけれど、やっぱり彼は凛々しくて潔く、かっこいい。
日ざしの下、来た道を戻りながら金城くんに連絡を入れて経緯を話す。
”分かった。寒咲さんには伝えておく。みょうじは拾いやすい場所で待っていてくれ”
短い電話を切って息を吐く。大きなケガじゃなくて本当に良かった。
「(あ、)」
そういえば、何を言うつもりだったんだろう。
考えてみたものの何も思いつかなくて、いまだざわめく声を聞きながら迎えが来るのを待った。

***

情けない。最悪だ。カッコばかりつけてオレはバカか。
休み明け、顔じゅう体じゅうに傷パッドを貼りつけて登校したら「どうしたの!?」という声があちこちからかかる。
転んで擦りむいた、と言い訳をしてその場をしのいだ。事実だしな。
「東堂」
「・・・フク」
「レース、残念だったな」
ああ、とうなずく。
「まったく情けない話だ」
「落車にまきこまれたのなら仕方がない。新開や荒北が気にしていた。真波や泉田も、お前を見れば心配するだろう」
「せっかくの美形が台無しだ。・・・なあ」
「どうした?」
目の前に座った相手に、オレは「フラれた」と告げた。
「なに?」
「正確に言えば告白もしていない。でも、するつもりでいた」
当然のように最初にゴールラインを越えて、「キミが好きだ」と言うはずだった。それがフタを開けてみればこのザマだ。きっとなまえちゃんの目には、最高にカッコ悪い姿が映ったに違いない。
「なぜフラれたと分かるんだ」
「そりゃそうだろ。わざわざ観に来てくれと頼んだレースで、1位を獲ると約束したくせにリタイアだぞ」
オレにはよく分からないが、とフクは言った。
「その相手は、たった一度のレースで結果を残せなかっただけでお前を嫌いになるような人なのか」
「!・・・それは」
唇をきつく噛んだ。
分かっている。彼女はそんな人ではない。ただオレ自身が悔しいのだ。
滲んだ血の味が冷静にさせる。
「フク」
「なんだ」
「ありがとう。オレは大切なことを見失うところだった」
そうか、と短く答えた彼だったが、
「オレはお前に感謝をされるようなことは何もしていない」
と言った。
「・・・では、そういうことにしておくか」




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