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部室、トレーニングルーム、グラウンド。心当たりがある場所を訪れたがなまえ先輩はいない。
ドリンクはすでに準備してあったし、あとは・・・
「あ、」
洗剤の香りが漂うランドリーへへ向かう。
「すいません、みょうじ先輩いますか?」
数人の部員が俺の声に振り向いたが彼女はいない。
「悠人」
「葦木場さん」
「いないよ、ここには」
「なんだ、そうですか」
無駄足だったなと思っていると、
「ていうか普通に考えていないでしょ」
葦木場さんは呆れたように言った。
「?なんでですか」
「女の子にレーパン洗わせるわけにはいかないだろ」
「ああ、そっか。そっすね」
直履きだということを思い出して身震いする。絶対そんなことさせられない。
その時、
「(あ、いた)」
窓の向こうで真波さんと先輩が一緒にいるのが見えた。そういえばこの間も話したって言ってたなあ・・・なに話してるんだろう。
引き返そうとした時「悠人」と声がした。
「はい?」
「練習、送れないでね」
「はい。よろしくお願いします」
真波さんじゃあるまいし、とは言わないでおいた。

***

「あれ、」
真波さんしかいない。なんで、
「ユート。誰か探してるの?」
「あ、はい。あの、さっきまでここにみょうじさんいませんでした?」
「仕事あるからって行っちゃったよ」
なんだか今日は噛み合わないな・・・。
「ユートさあ、もしかしてなまえさんのこと好きなの?」
「は?」
びっくりした。いきなり何言ってんだこの人。
「別に・・・ていうか、真波さんは名前で呼んでるんですね、あの人のこと」
「うん」
なんだよそれ。普通に不公平じゃんか。
「だめって言われてるんだけど俺が勝手に呼んじゃうんだよねー」
「好きなんですか?真波さんは」
「え?」
「みょうじ先輩のこと」
「オレが?うーん」
「違うんですか?てっきりそうなんだと思ってました」
てっきり「あっはは、まさかー!オレは山以外興味ないよ」とか言うのかと思いきや、
「どうかなあ」
なんだよその反応。
「あ、でもあの人今年で最後なんだよね。会えなくなるのはちょっとやだなあ。もしかしてオレ、なまえさんのことが好きなのかな?」
「さあ・・・」
この人、こういうワケ分かんないとこあるよなあ。
「(しょうがない、今日は諦めるか)」

***

「ぐっ・・・」
大量の手荷物と一緒にお店の前のバス停から乗り、学校前のバス停で降りる。だけど降りてからのことは考えてなかった。
誰か来い誰か来い、そう念じながらじりじり歩いていると、
「お疲れさまです、すごい量すね」
と声がした。
「!悠人くん」
「持ちますよ」
そう言って彼はさらりと荷物を奪う。
「あ、半分でいいよ」
「いいすよ、これくらい全然」
王子様か。君はロードバイクにまたがった王子様か・・・。
「今日は外練ないんで」
あ、と私は気が付く。
「雨降りそうだもんね」
「そうなんですよ。残念。山行きたかったのに」
「なんか真波みたいなこと言ってる」
「え、そうですか?」
「うん。いつも山が山がーって」
東童さんとふたり、軽やかに登っていく姿が懐かしい。新開隼人、福富寿一、荒北靖友、それにしても素晴らしい世代だった・・・。
「先輩は覚えてますか?隼人くんのこと」
「もちろん」
「どうでした?」
「どうって・・・」
「先輩から見て。隼人くんはどんなやつでしたか?」
「えーどうだろ・・・」
先入観があるからなあ・・・。
「いい人だったよ」
いや、故人か。言葉を間違えた。
「抽象的ですね」
「ごめん、そうだよね。かっこいいって思ってる」
「今も?」
「もちろん。元気にしてる?」
「はい」
「そうなんだ。大学でも自転車に乗ってる?」
はい、と悠人くんは答える。
「そっか。あ、悠人くんは1年だけどやっぱりインハイ目標にしてるの?」
「当然すよ」
「頑張ろうね」
そう言うと悠人くんはきょとんとした。
「あの、ごめん変なこと言って。今のなしで!」
「なしって!小学生じゃないんだから」
また珍プレーをしてしまった自分が恥ずかしい。なんだ頑張ろうねって、監督か?親か?
「荷物、ここでいいですか」
「うん。ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。いつでも声かけてください」
そう言って悠人くんは行ってしまった。ありがたや。

***

頑張ろうね、なんて。なんだこの人と本気で思った。
きっと先輩だってまんざらじゃないんだろう。もし今この場に隼人くんがいて好きだって言ったら、どうせオッケーするくせに。
なのに、あの人と付き合おうとするとか、
「(ほんと馬鹿みたいだ)」
***
「なまえさん」
「・・・また名前で呼んでる」
とうとう先輩まで取ったな、と言えば彼は屈託なく笑った。
「クセになっちゃってて」
「だめだってば」
「ごめんなさい、みょうじ先輩」
素直に謝るが悪びれた様子はない。個人的には名前で呼んでくれるのは大歓迎なんだけど、部活の中ではやっぱりやりづらくなってしまうのだ。
変な噂を立てられたり、部内の面倒事のきっかけにしたくはない。・・たとえば悠人くんとか。
「あのね、」
オレって先輩のこと好きだと思いますか?と彼は言った。
「・・・は?」
「先輩がいなくなるのいやなんです。それでなんでかなーって考えて、そしたら悠人が」
あれ、違うな?と彼は首をひねる。
「逆かも。オレが悠人になまえさんのこと好きなの?って聞いたんです確か。それでそんな流れになって」
「へえーそうなんだ・・・」
いや、さっきからこの子なに言ってんの?
「そうそう。でね、考えてみたんです」
「答え出た?」
「それが分からなくて」
あ、そう・・・まさか告白されてしまうのか?と緊張した肩の力が抜けていく。
「荒北さんが君のこと不思議チャンって言ってた意味が分かるわ・・・」
あはは、と真波は笑った。
「先輩がクライマーだったらなあ。そしたら一緒に山に行こうって誘うのに」
そうだねえ、なんて私は適当に答える。
「真波と話してると飽きないなー」
「オレも先輩と話すの好きです。だから卒業しないでください」
「それはちょっと」
「お願い、あと1年だけ」
「同級生になれってこと?いやだよ」

***

片付けを終えた頃、黒田が部室に入ってきた。
「よおみょうじ」
「黒田、おつかれ」
おつかれさん、そう言って彼はイスに座る。
「なあ」
「なに?」
「いつもきつい仕事してくれてありがとな」
「?どうしたの突然」
彼は「別に」と言って、ふいと顔をあさっての方向へ向けてしまった。
耳が赤い。照れている。見ているとなんだかこっちまでじわじわ熱くなる気がする。
「ありがと。そう言ってくれると、なんかやる気出る」
「そうかよ。・・・お、」
再びドアが開いて入って来たのは泉田だった。
「アブ、ユキ。みょうじさんもおつかれさま」
おつかれと答える声が重なる。どうでもいいけど最初「アブ、ユキ」と彼が言ったのを聞いた時あぶゆきって誰だよ、と思ってしまった。
「そうだ、みょうじさん。これ明日からのメニュー」
ありがとう泉田くん、そう言ってプリントを受け取った時だった。
「なんか、よそよそしいんだよな」
「え?」
なにが?と泉田くんは問う。
「その、さんとかくん付けっての。別にいらなくねえか?」
「そう・・・かもしれないけど」
すると突然「みょうじ」と泉田くんは言った。おお・・・。
「なんか新鮮」
「そうだね」
「つか名前呼びでいいだろ、この際」
「えっ」
この際?どの際?
「でも部活中はだめだって、」
「今は部活終わりだろ。同学年だしいんじゃねえの」
ペットボトルの蓋をひねりながら黒田はそう言った。
「おまえ、割と誰でも名字で呼んでるよな」
「それは、まあ」
だって馴染みがないんだからしょうがない。距離感も分からないまま名前やあだ名で呼ぶよりは、このほうがずっと簡単なのだ。
「塔一郎、ユキ。このほうが楽だろ」
「みょうじさんさえ良ければ、オレもそのほうがいいな」期待をこめたまなざしが刺さる。
「と、」
「と?」
「塔一郎、くん」
「なんでだよ。くんいらねえだろ」
いや、これは思った以上に照れるぞ。
「じゃあ私のことも名前で呼んでね」
なまえ、と黒田はさっそく私を呼んだ。
「そういや最近、新開と仲いいよな」
「そんなことはないと思うんだけど」
「そうか?アイツお前にべったりじゃねーか」
「・・・そう見える?」
見える見える、と彼は頷く。
「別にひいきとかしてるわけじゃないよ」
「分かってるよ、ンなことくらい」
すると塔一郎が、
「君は新開さんに可愛がってもらってたからなあ」
と懐かしそうに言った。
「別に塔一郎ほどじゃないよ。パワーバーをおやつにもらってたくらい」
「ああ、しょっちゅう一緒に食ってたよな」
だっておいしいんだからしょうがない。
「こんなことを言うのは彼に失礼だから黙っていたけど・・・思い出すよ」
ふと感傷的になる。新開隼人という存在が、漫画のキャラクターからひとりの先輩へと変化したのはいつからだったんだろう。
「自転車、今も乗ってるって聞いた」
「ああ」
「明早だろ。・・・なあ」
進学どうする、と黒田が呟く。
「まだはっきりとは」
「なまえは」
「私もまだ」
いつの間にか窓の外が暗くなっていた。誰ともなしに帰るか、と口にする。
「カギ閉めとく」
「ありがとう。なまえは寮の前まで送るよ」
遅くまで残った日はこうしてどちらかが送ってくれることが多い。時々、葦木場くんの時もある。
「いつもありがとね。おつかれ、ユキ」
「おう。じゃな」
塔一郎、ユキ。インハイを前に近くなった彼らとの距離がなんだか嬉しい。
次の日に同じ場所で何が起きるかなんて、この時は考えもしなかった。ローラーをひたすら回す音が響く。
うつむいて苦しそうにペダルを回す姿、目の前の何かをひたすら見据えて懸命に漕ぐ姿。
インターハイが近づいている。
誰が出るかなんて最初から知っているから、頑張れなんて簡単に言えない。
塔一郎、ユキ、葦木場くん、銅橋くん、真波、悠人くん。
彼らが背負うものの本当の重さを、私はきっと理解することはできないだろう。去年の夏と同じように。


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