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「おはよー」
「はよ、宿題やった?」
ざわつく教室の空気に馴染み始めたのはいつからだろう。
「みょうじ、つぎ移動だろ」
一緒に行こうぜと誘ってきたのは黒田だ。教科書とノート、ペンケースを抱えて立ち上がる。
「こないださあ」
「ん?」
「家からすげえ重い荷物が届いたんだよ。なにかと思って開けたらダンベルだった」
「ダンベル?なんで?」
「筋トレするんじゃねえかって気ィきかせてくれたんだってさ、送料かかんのにな。使う?」
使わないよ、と答えれば「非力だしちょうどいいんじゃねえの」と彼は笑った。
くだらない会話を交わす相手は”あの”黒田雪成だ。
本来なら成人している私は、どういうわけか高校生をやり直している。しかも、弱虫ペダルの世界で。
結論から言えば「なるようになれ」だ。
言い切れないくらい必死になって帰る方法を探した。むやみに壁にぶつかってみたり、最後の記憶を再現したり。
結果はどれも同じだった。もちろん帰ることを諦めたわけじゃない。けど今は、毎日を送ることに必死だ。
同学年であり同じ部活の黒田や泉田とは、必然的に関わっている。
「そういえば、東堂様ファンクラブがなくなってから部活が静かになったね」
「様を付けるな、おまえもファンかよ」
どちらかと言えば推しですけどね、なんて心の中で答える。
「しかし今時ファンクラブとかすげえよな」
「卒業してから人気の的は真波だしねー」
「アイツは登れてちょっと顔と愛想がいいだけじゃねえか。平気で遅刻するわへらへらしてるわ、なんで人気があるんだか分かんねー」
学生って不思議だ。
顔がいいのはもちろん、スポーツが得意、クラスの中心で目立っている、そんなことがモテる理由になる。箱根学園もまたしかり。
もっとも部活は自転車競技部だけではない。バスケ部、バレー部、テニス部・・・考えていたよりもずっと人気は分散している。
マネージャーとして近い距離で接しているぶん、頑張る姿をどうしてもひいきしたくなるのは内緒だ。
「真波の人気はすごいよね、レースには他校からもファンが集まるし」
「自分の学校を応援してやれっての。ていうか、」
みょうじは彼氏とか作んねーの、と黒田は言った。
「今のところは特にないかなあ」
「前から思ってたけど、そういう話ホントねえよな。いや、いンだけど別に」
恋愛をするのに躊躇する理由なんていくつもある。本当の年齢差とか、卒業までの期間、いつ元の世界に戻れるか分からない、など。青春は今のところ自転車だけでじゅうぶんだ。
「いざとなったら黒田大先生にお嫁にもらってもらうから平気」
なんて冗談交じりに口にすれば、
「オレはスペアかよ」
と呆れたように彼は肩をすくめた。

***

委員会で少し遅れて部室へ入る。外ではすでに集合がかかっていた。
箱根学園新生自転車競技部、もちろんすべてが順調というわけではない。
筆頭は新開悠人。新開さんの弟として見られたくないというオーラでいつもピリピリしている。
こちらへ来たのがその辺りを読み終わってからで本当によかった。たまたまとはいえ、先輩の携帯を吹っ飛ばすほどの反骨精神の持ち主に睨まれたくはない。
着替えをしていると大きな声が聞こえた。
「泉田さんタオル置いときます!」
銅橋くんだな、と思った。昨年までの問題児は、今年は泉田の指導のもと筋トレと練習に励んでいる。
それにしても、ピーク・ホーネット、怪道・銅橋、スカイプリンスと並ぶこの世界の通称ってホントにすごい。
金やん、私は勝手に君に親しみを持ってるぜ・・・。
新レギュラーになる彼らがそれぞれ抱えているものがあることは知っている。けれど気を遣って接する余裕がない。
大体、うちの部活はもともと層が厚い。言い換えれば部員数がめちゃくちゃ多いということでもある。ボトルを用意していればタオルをくれ、記録をまとめていればタイムを計れと言われ気づけば練習が終わっているのであった、完。
もっとマネージャーを増やしてほしい。そう訴えると泉田は「応募がなくてね」と困った顔をする。
もちろん私以外にも数名いるけれど、みんなそれぞれ仕事があるし、かといって後輩の部員に手伝わせて練習時間を削るのも気が引ける。
だから部誌の今日のページに、
”求むマネージャー”
と大きく書いておいた。
あとから黒田にバレて「ここに書くな!」と怒られた。ひどい。


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