真波とユート
ユート、と聞きなれた声がしてオレは振り返った。
「真波さん。どうしたんですか?」
「山行かない?」
出たよ山、と思わず苦笑する。
「いいすけど、怒られません?」
「黒田さんがインハイ前に気が済むまで走ってこいってさ。行こうよユート」
「いいっすね。行きます」
ロードバイクに跨って真波さんのところへ戻る途中、なまえさんと葦木場さんが一緒にいるのが見えた。身長差がある相手を大きく見上げて笑顔で会話をしている姿に、可愛いな、なんて考える。
オレに気付いた葦木場さんが「悠人」と呼んだ。
「どこ行くの?」
「山です、真波さんと一緒に」
「ええーいいなあ。オレも行こうかなあ」
「いやいや葦木場くん、これからミーティングがあるよって話してたよね」
なまえ産の言葉に「そうだった」と葦木場さんはハッとする。この人、道の上では真剣なのに普段はけっこうとぼけてるとこあるんだよな。
「悠人くん、パワーバーちゃんと持った?」
なまえさんの問いに苦笑する。
「兄貴じゃないんだから大丈夫ですって」
「そっか、ごめんね。でもハンガーノックはこわいから気をつけてね」
「そうすね」
ふと、隼人くんは1日にどれだけパワーバー食ってたんだろう、と疑問に思った。気づいたら口動かしてんだもんな。
「行ってきます」
いってらっしゃいという声を背にペダルを漕ぐ。
なまえさんはもちろん好きだし、葦木場さんはソンケーしてんだよな。・・・ふたりとも来年にはいなくなっちゃうのか。
「(やだな)」
真波さんに「遅くなってスイマセン」と声をかける。
「ううん。行こっか」
並走しながら山道を登る。まだスピードは出さない。
「天気いいすね」
「だねー、絶好の登坂日和だ」
今日は空が高い。空気も澄んでいい感じだ。
「インハイってどんな感じすか」
そうだなあ、と真波さんは考える。
「戦いかな」
「へえ・・・」
「いろんな人が応援してくれるんだよね」
なまえ先輩が一生懸命オレの名前を呼んでくれてさ、と彼は言った。
「終わったあと喉がガラガラになってて。こう言うの変だけど、嬉しかったんだ」
真波さんの表情は見えない。リードを譲らない背中だけがオレの前を走っている。
「・・・すごいすねあの人」
「うん。すごいよ、なまえ先輩は」
やっぱり真波さんは彼女のことを好きなんじゃないか、という思いが頭をよぎる。
「あの、」
「なにー?」
ふいに加速した相手に合わせてオレは一段ギアを軽くした。
「たまに話に出てくる委員長さんって、真波さんの彼女ですか?」
「ちがうよ。でもさ」
オレより登るの速いんだよ、と真波さんは言った。
「え?まさか、それってうそですよね?」
「ホントホント。子どもの頃の話だけどね」
ぐいぐい回すスピードに必死に食らいつく。この人、なんでこんなに普通のテンポで会話してんだよ。
「ユートさ」
「はい」
「好き?なまえ先輩のこと」
予想していなかった質問に一瞬答えに詰まる。
「好きっす」
「そっか」
「真波さんは?」
しばらく間があって、好きだよ、と返ってくる。
「いい人だよね」
「はあ・・・ていうか真波さんて好きな人いるんですか?」
目の前の相手が体勢を変えるのを見てはっとする。
「内緒。オレに勝ったら教えるね」
一陣の風と共に解き放たれたダンシング。
「くっそ、!」
追い風がますます加速させる。こんなに速いのに、この人は去年負けたのか。
頭ん中がぐるぐるする。ハイになってんな、オレ。
上にたどり着いた時、彼は自転車を降りていた。
「お疲れ、ユート」
「お疲れさまです・・・あいかわらず速いすね」
「ユートも速いよ。追いつかれそうだったもん」
「次は絶対追い抜いてやりますよ」
隣に座ってドリンクをあおる。涼しい風が体をかすめた。
結局、答えは分からないままだ。けど絶対あの人は譲らない。もちろん相手が真波さんじゃなくても。
インハイでなまえさんはオレの名前を呼んでくれるだろうか。
見ていてほしい。思わず拳をぐ、と強く握った。
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