気分はチェレステ
”次の週末、真護くんとと靖友と一緒にポタリング行くんだけど一緒にどう?”
新開隼人からのお誘いでいよいよ私のロードバイクデビューが決まった。
季節は秋と冬の境、きっとこれが今年最初で最後のライドになると思う。とはいえ身一つで乗れるわけでもないので、部室の鍵閉めを待つ間ネット通販のページとにらめっこしていた。
サイクルジャージってけっこうお高い・・・。
空気入れや工具なんかは部活の備品を使えるけど、グローブやヘルメットとなるとそうはいかない。
「うーん・・・・・・」
悩んでいると「おつかれさん」と声がした。
「新・・・隼人くん」
心の中ではフルネーム、実生活では名字にくん付けだったのがいきなり下の名前呼びになってしまい慣れない日々が続いている。むずむずするというかフクザツな気分だ。
「おつかれ。今日はもう終わり?」
「ああ、待たせてごめん。オレがラスト1本多く走ったせいで」
シャワーを浴びてさっぱりした彼が申し訳なさそうにそう言うのを「大丈夫だよ」と笑って返す。
「もしまたなまえが鍵閉めの時にこうなったら、そのへんに置いて先に上がってかまわないよ」
「ありがとう。だけどちょうど良かったかも」
「なにが?」
首を傾げる相手に「ポタリングに着ていく服をどうしようか迷ってて」と携帯の画面を見せる。
「ああ、なるほど。別に長い距離走じゃないし、普通の格好でいいと思うけどなあ」
「普通って?」
「裾が引っかからなければ特に。あとデニムじゃなければ」
そう言いながら隣に座った新開隼人は、さっそくパワーバーを取り出した。
「よく食べるね」
「食う?」
「うん」
「お、」
はい、とくれたのはチョコバナナ味だ。
「いいの?好きな味なのに」
「好きだから箱で買ってるんだよ」
たしかに消費量は箱買いレベルだな・・・。
「上はパーカーとかウィンドブレーカーかな。最初だし、別にメーカーはこだわらなくていいんじゃないか?」
「そっか、ありがとう」
有名メーカーから離れてみると、手が届きやすい価格帯が出てきて安心する。
「週末、楽しみだな」
「やっぱりお邪魔じゃない?」
「なんで?真護くんも来るよ」
「そうだけど・・・」
ゆるポタなんて言っているけど、私みたいな初心者と一緒だとどうしたってスピードは落ちる。
「置いてっていいからね」
「はは、そんなことしないよ。ちゃんと連れてくから安心して」
そう言って彼はゴミを丸めて立ち上がった。
「靖友もいるし、挟んで走るから心配はいらないよ」
荒北靖友。彼とはそんなに話したことがない。
「(怒られたらどうしよう・・・)」
そんなことを考えているとは知るはずもなく、新開くんは言った。
「よし、ラーメンでも食って帰ろうか」
***
「けっこう風が強いな」
砂粒が舞いそうな風の中、晴天を見上げた新開隼人は目を細めた。
「でもあったかいね」
「ああ、絶好の天気だな。アイウェア持ってきた?」
「ううん、一応目薬だけ」
「いいなそれ。オレも持ってきてないんだ」
「金城くんはきっとかけてるよね」
「ああ、絶対かけてる」
そんなことを話しながら待っていると、遠くからふたりが走ってくる姿が見えた。
「お、来た」
靖友!真護くん!と新開隼人は手を振る。
「すまない、待たせた」
「いやあ全然」
「ッたく、全部の信号に引っかかるとかそんなんアリかよ」
文句を言いながら降りた荒北を見て無意識に背筋が伸びる。超がつく初心者の私のチンタラした走りを見たら「おッせえ!」と怒られてしまいそうだ。
「・・・・・・」
荒北が私の自転車を見ている。はっとした。
「すいません」
「ハア?んで謝ンだヨ」
すると新開隼人が、
「靖友の自転車がいいなって思ったんだってさ。一緒に買いに行ったんだ」
「ケッ、のろけてンじゃねェぞバァカ!」
金城くんからあたたかいまなざしを注がれていることに気付いて私はあわてて否定する。
「違う、何もないからね」
「オレはまだ何も言っていないが」
荒北が「つーかよォ、とっとと行こうぜ」と言った。
「そうだな。オレが先頭を走るよ」
「ああ、頼む。みょうじはオレの後ろに続いてくれ」
「分かった」
新開隼人、金城くん、私、ということは、
「(後ろが荒北か・・・)」
しんどい・・・絶対めちゃくちゃ怒られるに決まってる。
憂鬱な気持ちでもたもたヘルメットをつけていると、「あのさァ」と荒北に話しかけられた。
「はいッ」
「なんでそのバイクにしたの?」
「えっ・・・」
欲しいと思ったロードバイクはたくさんある。あのキャラのあのバイク、でもやっぱりあれもいいなーと何度も目移りした。けど、実物を見た瞬間にこれだ、と思ったのだ。
「直感で・・・」
「フーン」
フーンって。自分から聞いてきたのに。
「色」
「え?」
「やっぱちょっと違ェんだな」
荒北はしゃがんで自分のバイクと私のとを見比べる。
「毎年ちっとずつ色が違うらしーヨ」
「そうなんですか。知りませんでした」
「オレのコイツはフクチャンから譲ってもらったンだよ。ずっと乗ってる」
もちろん存じ上げております。
「つかヨォ、敬語ヤメロ」
「はいスミマセンでした!」
軍隊かよ、と荒北は呟く。緊張感だけならそうだと思う。
「ま、見る目あるぜ」
褒められてしまった。
「おーい、2人とも行くぞー」
「あ、はい!」
慎重に漕ぎ出してからやっとサドルにお尻をつく。
「姿勢が悪ィ」
「はいスミマセン!」
「ンな格好してるとすぐ疲れンぞ。力入りすぎ」
「初心者なので・・・」
金城くんは時々振り返って私がちゃんとついて来ているか確認してくれる。しかし、
「(普通にちぎれた・・・)」
だよねえ・・・見通しの良い一本道、目の前には直線鬼。そりゃ自然とスピードも上がるししょうがない。
「はあっ、はあ」
息が上がる。体勢がきつい。前を走る金城くんはまだ振り返らない。まさかこんなに早く減速するとは思いもしないんだろうな。
「 オイ!」
いったん止まれ、と後ろから聞こえたので脚を止める。
「ッたく、体力なさすぎだろ」
「スイマセン・・・」
ホレ、と目の前に差し出されたのはゼリータイプの補給食だった。
「えっ」
「食っとけ。んでチャージしろ」
ありがとうと言ってキャップを開ける。疲れた。
「ガス欠なる前にチマチマ口に入れなきゃいけないことくらい分かってンだろ」
「うん・・・まだ平気だと思ってた。やっぱり見るのとやるのとじゃ全然違うね」
ケッ、と荒北は吐き捨てた。
「ごめんね、遅れて」
「イーヨ別に。行き先知ってから」
ガードレールにもたれた彼は、
「ま、ゆっくり行こーぜ」
と口元を緩めた。
しばらく休んだら回復したので、もう大丈夫、と荒北に告げる。
「見りゃ分かるが、こっから先は橋で横風が強ェ。オレが前走っから着いてこい」
分かった、と頷く。けどやっぱり不安だから聞いてみる。
「もしまたちぎれたらどうしよう」
「そん時ゃ思いッ切り叫べ」
「分かった。ありがとう荒北くん」
別に、と荒北はあさっての方を見て答えた。
「もうちょい休んどけ」
「え?」
「男と女じゃペースがちげェから」
そういうものかと思い、乗りかけたペダルから降りる。
「・・・あー、みょうじ"、サンのことは金城からいろいろ聞いてた」
「え?」
「新開とかフクチャンとか、東堂からもたまに」
一体みんな何を言っていたんだ・・・私について話すことなんかそんなにないはずなのに。
「巻島と仲いンだろォ」
「それなりには、多分」
とはいえ東堂と仲良くなった覚えはないんだけどなあと首をひねっていると、
「だからなんか、一方的に知ってる気がしてたンだよなァ」
と荒北は言った。
「じゃあ私も似たような感じかも」
「フーン」
原作を読んでいたから本当に一方的にいろんなことを知ってしまっている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの、ロードバイクって大変だけど楽しいね」
「おー」
「福富くん、いつもすごく速いよ」
「たりめェだろ」
「新開くんてよく食べるよね」
「デブだからな」
「・・・金城くんとはいい感じ?」
「多分そーなんじゃねェの」
「そっか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
完全に話題が尽きた。もうお手上げだ。
「今年のインハイ、」
「!」
「ハコガク負けたな」
「・・・うん」
「来年はどーなるかねェ」
ま、オレらにはもう関係ねェけどな、と彼は言った。
「そうかな」
「そうだろ。今だってオレは金城と組んでる。あの時はまさかそんなことになるとは思ってもなかったっつの」
皮肉とも取れる内容を楽しげに語る。
「そっちには京伏だったヤツがいンだろ」
「石垣くん?」
「知らねーけどォ。だからあんま関係ねー」
そっか。そうなんだ。なんか嬉しいな。
「お、」
電話に出た荒北は「おー、多分もう動けるし行くわ」と話している。
「んじゃ行くかァ」
「うん。金城くん?」
「いや、デブのほう。アイツも過保護だなァ」
しっかり着いてこいよと促す彼の後ろを走る、気分はまるでフクチャンだ。
***
「ごめん!」
目の前で手を合わせて謝る新開隼人を「やめてやめて」と止める。
「私の体力不足が原因だから」
「オレが楽しくなってどんどん行ったから真護くんもついて来るしかなくなったんだ」
「ッたく、ちゃんと面倒見とけバァカ!」
「ごめん、なまえ。靖友もホントにありがとう、助かった」
そういえば、と金城くんは言った。
「荒北はみょうじの連絡先を知っているのか?」
「知らねェけど」
ならこの際だし交換したらどうだ、と金城くんは提案した。どうだじゃない。
「ハァ?ンでだよ」
「しょっちゅうみょうじの話をしているだろう?」
「バッ、ちげェから!だいたいオメーやフクチャンからしてくるんだろーが!」
「あの、なぜ私の話を・・・」
「ん?福富と新開は同じ部活だから自然と出てくるし、巻島とはたまに話すんだろう?メールの中にみょうじのことが書いてあるんだ」
巻ちゃん・・・知らなかった。
「オレは東堂経由でたまに。つかほとんどマキチャンの話題ばっかだけど」
「はは、なまえは人気者だな」
「人気者じゃないよ・・・」
靖友と目が合う。
「・・・携帯」
おお、おお、おお。荒北の連絡先をいただいてしまった。
「あの、さっきは本当にありがとう」
「ア?」
「前走ってくれたりゼリーくれたり、」
「別に。倒れられるよりマシだ」
ぶっきらぼうだけど優しいんだな、と改めて感じていると、グーッと誰かのお腹の音が聞こえた。
「ごめん、オレだ」
「パワーバー食ってンじゃねェのかヨ」
「待ってる間に全部食っちまったんだ」
昼メシにするか、と金城くんは言った。
「角を曲がった先にうまい店があるらしい。調べておいたんだ」
「お、そりゃあ楽しみだな」
***
夜。
充実した1日だった。新開くんは大盛りラーメンを二杯食べていたし、荒北と金城くんもラーメンの他に餃子を二枚頼んでいた。あいかわらずエンゲル数が高い。
「あ、」
携帯が光っていることに気づいてチェックする。なんと荒北からだった。本当にくれるなとは・・・。
今日はドーモ、なんて短い一文に迷ったけど、“今日はありがとう、楽しかったね”と返す。
”小野田チャン元気?”
”元気だよ”
昨日ちょっと電話で話したことを伝える。卒業はしたけど、今でも連絡は取っているから近況が知れて嬉しい。
卒業の記念にもらった宝物の白マニュフィギュアは大事な宝物だ。アニメを観始めたらなんとなくハマってしまい、ドリンクのおまけはコンプリートしてしまった。ちなみにいろいろあって、彼の中で私はなぜか駅伝マニアという位置にいる。ホントに解せない。
”みょうじ"さんもアキバとか行く?”
”そんなには、小野田くんに案内してもらってたまに”
ふーん、と言っているスタンプが返ってくる。大学慣れた?と聞いてみた。
”まあまあ”
”学食、何がおいしい?”
”カレー。つか新開みたいなこと聞くな”
新開隼人も聞いたのか・・・一緒にいると似てくるって言うもんな。
” 今度そっち行くんだけど”
”今度?そっち?”
”そのうち、明早”
「えっ」
”シンカイから学食がうまいから来いって誘われた”
「(新開隼人らしい誘い文句だな・・・)」
オススメはカレーうどんです、と返すと、再びふーんのスタンプ。
”じゃそれにするわ。疲れ溜まってるだろうからちゃんと寝ろよ”
”そうする、ありがとう”
おやすみとスタンプが返ってきてやり取りは終わった。なんだかどっと疲れたような気がする。
ベッドにぼすんと体を転がすと、楽しかった1日を振り返る間もなく、意識は溶けていった。
- 41 -