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「・・・えっ?」
下駄箱を開けたら手紙が入っていた。
一瞬フリーズした後、どくんどくんと心臓が激しく音を立てる。
これはつまり、その、そういう・・・?ラブレターというネオンピンクの文字が脳内で点滅する。
いったい誰がと思ったが封筒に名前はない。人がいないことを確認してさっとカバンに放り込むと、席についてこっそり開封する。
そこに書かれていたのは、

“今日のお昼、部室でいっしょに食べませんか?
真波より”

だった。ズコーッ。
なんだよもう、焦って朝から損をしたような気分だ。ときめきを返せ。ていうかなぜ手紙?
「(あ)」
そういえば私、真波の連絡先を知らないんだ。彼も多分同じはずで、だからこんなアナログな方法をとったのかもしれない。
かといって書いた返事を彼の下駄箱に入れるのも変な話だし、どうしたもんか。
悩んだまま3限を終え、4限は体育なので着替える前に2年の階へ行くことにした。
「(気まずい・・・)」
すれ違う子たちが不思議そうな顔でちらりとこちらを見るのが分かる。クラスが分からないため、近くにいた生徒に話しかけた。
「あの」
「えッ、はい」
「すみませんいきなり。真波山岳ってどこのクラスですか?」
「あ、真波なら同じクラスで、」
そう言った相手は教室に向かって真波ー!と叫んだ。
そっとドアの端から覗けば、真波がぼんやりとした表情でふり向く。今まで寝てたな。
「お客さん来てる」
「お客さんー?あ、先輩だ」
私はわざわざ声を張ってくれた後輩に「ありがとうございます」と言って真波に向き直る。
「まさか来てくれるなんて思いませんでした」
「朝来たら手紙が入っててびっくりしたよ」
ああアレ、と彼は笑う。
「他にやり方が思いつかなくて。授業終わったらオレが行ったのに」
「4限が体育だから早めがいいと思って」
「ああなるほどー。それでお返事、オッケーですか?」
「うん、いいよ」
「やった。なんか特別って感じがしますね」
「そう?」
「はい。じゃあオレ、先に部室行ってます。たぶん人いないんで」
そう言った彼と別れて教室に戻る。やばい、もう誰もいないぞ。さっさと着替えないと。

***

購買でカツサンドとカレーパンを買って部室のドアを開く。
「あ、先輩。お先です」
「おつかれ真波」
お先ですと言うわりに彼はまだ手をつけてはいないようだった。待っていてくれるなんて優しい。
「すごーい、お弁当だ」
「オカズいっこ食べてもいいですよ」
「えっ悪いからいいよ」
「悪くないですよー。エビフライとから揚げ、どっちにします?」
お弁当箱に彩りよく詰められたおかずからたっぷりの愛情が伝わってくる。宝石箱や。
「じゃあ私のカツサンドと交換しよう」
「いいんですか?やったー」
いただきまーすと声がそろう。
「おいしいねー、お弁当なんてひさしぶり」
「そっか、みょうじ先輩は寮だから学食か購買ですもんね」
「そうそう。毎食そんな感じだから新鮮でいいなあ」
これだけのものを朝から用意するって大変だろうなあ。もしも元の世界に帰れたらお母さんに「ありがとう」と言おうと思った。
「そういえば、どうして今日はお昼に誘ってくれたの?」
口の中のものをごくんと飲み込んで真波は答える。
「先輩とちゃんと話したことないなあと思って」
「えっ・・・」
私、部員同士ではけっこう話すほうだと思っていたんたけど・・・ショックだ・・・。
「部活だといつも誰かいるし、それに自転車の話題ばかりだから」
「言われてみればそうだね」
自転車競技部でいちばん会話をするのは黒田かもしれない。普段でも一緒に移動したりするし。泉田や葦木場くんとはミーティングを兼ねてお昼を食べたりもする。
「オレも先輩たちと同じ学年ならいいのに」
ってこれ去年も言った気がしますね、と真波は笑った。
「なんか毎年置いてかれていってる感じがするの、寂しいなあ」
真波の言う意味は分からなくもない。私も東堂さんたちが部室に顔を出さなくなってからなんだか静かだなあと思ったし、卒業してしまった時は「本当に明日からいないんだ」ってぽっかり穴が空いたみたいだった。
あらためて先輩の存在の大きさを実感したと同時に、私たちだってそんなふうに思ってもらえるように頑張ろうと決めたのだ。
「でもさ、やっぱり真波は福富さんが部長の時に入部してきてよかったんじゃないかな」
「どうしてですか?」
「普通この環境で1年がインハイ走らせてもらえるってなかなかないと思うし」
押さえつけられるのきらいでしょ?と尋ねれば「いやですねー」と返ってくる。
「のびのびさせてもらえてたの、上に立っていたのがあの人たちだったからじゃないかなって。私もそうだったしね」
「ふうん・・・」
真波の返事にはっとして「ごめん、変なこと言って。食べよ」とうながす。あぶない、語ってしまうところだった。
「やっぱり、ちゃんと話せてよかったです」
「え、」
「オレ来年もインハイ行きたいし、だから先輩があと1年いてくれたらいいんですけどねー」
留年しろってか。絶対いやだからな。
「意地でも卒業してやる」
「あはは、ひどいなー冗談ですって」
その時、廊下で騒ぐような声が聞こえた。
「?なんだろうね」
「さあ、」
バン!と大きな音を立ててドアが開く。
「いた!ってマジかよ、」
「あ、黒田さん」
「どうしたの、そんなにあわてて」
「オマエら噂になってんぞ、付き合ってんじゃねえかって!」
えっ?
「えっ?」
「真波がみょうじにラブレター送って、今日オッケーしてるの見たって言ってる2年が何人もいンだよ」
「あーそれって、」
言いかける真波を遮って「ちがうちがうちがう!」と私は思いきり否定する。
「お昼一緒に食べようって手紙だったの」
「はァ?」
「オレがみょうじ先輩の連絡先知らなくて、手紙書いて下駄箱に入れちゃいました」
これ、と私はポケットから取り出して見せる。
「今日のお昼、部室でいっしょに食べませんか?真波より、って・・・紛らわしいことすんな真波!」
「だって知らなかったんですよー」
「どーすンだよあの騒ぎ・・・広がるのも時間の問題だぞ」
「えっ広がるってなんで」
「当然だろ、真波だぞ相手。今や東堂さんなき自転車競技部のアイドルだぞコイツは」
なきって死んじゃったみたいに言うなと言っている場合ではない。なのに、
「別にいいですよ、オレ」
「は?オマエ何言って、」
「そしたら騒がれなくなるし。先輩、オレと付き合っちゃいます?」
「そんな告白はいやだよ・・・」
「元はと言えばオマエが紛らわしいことするからだろ!今すぐ別れろ!」
「黒田落ちついて、私たち付き合ってないから」
「えーどうしようかなあ」
「どうしようかなじゃねえ!」
するとバサッと音がして私たちはふり向く。
「あ、葦木場?」
「オレ、忘れ物して取りに来たんだけど・・・」
真波とみょうじが付き合ってるって聞いて、と彼は口にする。
「だけどユキちゃんが別れろって言っててこれじゃまるで昼ドラ・・・あ、昼休みだからいいのか!?」
「よくはねえだろ!泥沼か!オレは知らないうちに恋人をとられて直談判する報われない婚約者か!」
真波は「設定がこまかいなあ」などとのんきに笑っている。
人のうわさも七十五日と言うけれど、努力のかいもあって2週間ほどでデマの拡散は収束したのであった。


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