東堂くんの顔が良すぎてつらい
グラウンドに響く高らかな声。
「ワッハッハッハ!このオレに勝とうなど100年早いぞ真波!」
「でも昨日はオレが勝ちましたよ」
「あれはほとんど同着だろ!」
食い下がる東堂くん、あっけらかんとしている真波。
実のところ、私は入部以来まともに東堂くんと話をしたことがない。できたことがないと言ったほうが正しい。
あんなに綺麗な顔と向き合ってしまったら顔がカーッと熱くなって頭はフリーズ、心臓はばくばくと音を立てるのだからいてもたってもいられなくなる。そのためいつも適当な理由をつけてその場から逃げ出してしまうのが常だった。
「なまえさあ、まだ東堂くん苦手なの?」
マネージャーの友達に問われ首を横に振る。
「苦手じゃないよ、直視できないだけ」
「失礼の極みじゃん」
呆れたような声にああそうだよとやけっぱちになって頷く。
「それ、タイプってこと?つまり好きなわけ?」
「タイプっていうか・・・できるだけ視界に入れたくないくらい顔が好きなだけ」
「失礼かて」
***
ドリンクの準備をしていると、向こうから真波がやって来るのが見えた。
「なまえ先輩、それオレ持って行きます」
「いいの?ありがとう、助かるよ」
東堂くんの顔を直視しなくて済むから、とは言わないでおく。
「オレのやつ先にもらってもいいですか?」
「うん、外周お疲れさま」
「それがレギュラーはローラーだったんですよ」
オレもみんなと外行きたかったのに、と真波は残念そうな顔をする。
「そっか、中でタイム測るんだったね」
「山じゃないからテンション上がらなくて、タイム下がっちゃいました」
「モチベって大事だね」
私も乗ってみたいな、と口にすると「ロードバイクに?」と聞き返される。
「うんそう、難しいかな?」
「全然、いいと思いますよ。でも、#name#先輩は運動音痴っぽいからひっくり返りそう」
「君、失礼だな。ちゃんと自転車乗れるよ」
「そっか、すいません。だけど、ロードって普通のとちょっと違うから」
「やっぱり?」
「はい。みんな前傾姿勢で乗ってるでしょ。慣れないとバランスとるのけっこう大変かも」
オレの乗ってみます?と真波は言った。
「真波のロードはお値段高いから絶対乗りたくない」
「あはは、そういうの意識して乗ってませんよ。めちゃくちゃ転んでるし。あ、でもフレームのサイズが合わないかも」
「真波でも転ぶの?」
「転ぶっていうか、立ちゴケみたいな。この間はよそ見して電柱にぶつかっちゃいましたけど」
「ええ・・・」
会話しながらドリンクを飲み干した真波はカゴを抱え上げる。
「あ、手伝う」
「大丈夫ですよ、これぐらい。なんなら先輩のことだって持てます」
「えっうそ」
「ほんとでーす、それじゃ」
小さくなる背中を眺めながら「真波って魔性の後輩だな・・・」と思った。
***
「お待たせしましたー」
おっせエよ真波!と荒北さんの声が飛んでくる。
「いつまでアブラ売ってんだバアカ!」
「すいませーん、ちょっとなまえ先輩と話してました」
「へえ、これみょうじさんの作ったドリンク?」
やり、と言って新開さんが手を伸ばす。それを見て東堂さんが首を傾げた。
「やり、とはなぜだ?」
「ん?ああ。みょうじさんの作るやつってちょっと濃いめだからさ」
分っかる、と荒北さんも頷く。
「きちんと計量しているのではないのか?」
「だとしても全員同じ味にはならないと思うよ。なあ寿一」
「ああ。問題ない、すりきりの具合だろう」
「・・・・・・」
ジッとボトルを見つめていた東堂さんは、
「・・・もしかすると、みょうじさんの作ったドリンクを飲んだことないかもしれん」
と言った。
「え?マジ?」
「というか、まともに会話したことすらない気がする」
「3年間一緒にいンのに!?嫌われてんじゃねエの」
「嫌われてなどいない!」
「へッ、どーだか」
でもさ、と新開さんは言った。
「2回もインハイ乗り越えてるのに話したことがないってのはさ、・・・」
シン・・・となる部室。するとハッとしたように顔を上げた東堂さんは、
「分かったぞ、オレの美貌に照れているのだろう!」
と叫んだ。
「言ってろバカチューシャ」
「嫉妬か?よくないぞ荒北―」
「してねエわバァカ!つか練習戻るぞ、こんな会話してたらバカが移るわ」
「移るとしたらお前からだな!」
***
16時半。長々とした委員会がようやく終わり、部室へ向かう。
たしか今日はレギュラーが外周のはず、ということは東堂くんは山頂にいる頃だな・・・。
安心して校庭を横切っている時だった。
「いた!」
「えっ」
突然響いた声の方を見れば、東堂くんがすごい形相でこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「みょうじさん!そこで止まれ!」
「えっ、えっ!?」
あわててきた道を引き返す。
「なぜ逃げる!?」
叫ぶ声を無視して全速力で走り、とうとう校舎裏まで逃げてきてしまった、ああ・・・。
「はあっ、はあっ」
荒い呼吸を整えていると「あれえ?」と今度は間延びした声にげっそりとした顔で振り返る。なんだ真波か・・・。
「なまえ先輩、もしかして東堂さんと鬼ごっこしてました?」
「したくてしてたわけじゃないけど、してた」
切れ切れの説明に真波は、
「前から思ってたんですけど、なまえ先輩は東堂さんのことが苦手なんですか?」
と尋ねた。
「苦手・・・ううん、苦手というわけでは・・・ないんだけど」
「じゃあきらいですか?」
「ちが、人聞き悪いなあ」
仕方なく、
「かっこよすぎてまともに話せないだけ・・・」とぽそぽそ答えると、真波は目を丸くする。
「へー、本当だったんだ・・・」
「なんのこと?」
「いえ、なんでも。けど分かんないなあ」
そんなにかっこいいですか?と真波は不思議そうな顔をする。
「真波くらいカッコよければそんなこと思わないかもしれないけど」
「あはは、オレってなまえ先輩から見たらカッコいいんですか?」
誰が見たってカッコいい、もしくは可愛いと口をそろえて言うと思う。
「だけど今のは絶対に内緒ね」
はーい、と真波はいい返事をした。よし。
***
「逃げられた・・・」
「しつけえんだよ、ストーカーかよオメーは」
「ただ呼んだだけだぞ!?ああ、オレが美しいばかりに・・・」
部室から聞こえる会話に苦笑しながらドアを開ける。
「おつかれさまでーす」
「おっせーぞ真波!」
「遅刻だぞ真波」
いつものように「すいませーん」と答えて荷物を置く。
「いいかげんレギュラーの自覚を持て、」
「あ、そうだ東堂さん」
ハイ、とボトルを手渡す。
「?なんだこれ」
「なまえ先輩の作ったドリンク、さっきもらってきました」
途端に東堂さんの目が見開かれる。
「おお・・・!これが、幻の・・・!」
「幻ではねーよ」
さっそく口を付けた東堂さんは、
「なるほど、たしかにちょっと濃い」
と言った。
「ですよねー」
「にしても、おまえとは気軽に喋るのだな」
「まあ。オレが話しかけに行くんですけどね」
東堂さんは腕を組んで考え込む。
「フーム・・・」
「どうせロクでもねえこと考えてんだろ」
「ロクでもないことではない、大事なことだ」
なんとなく東堂さんの顔を眺める。いつもは意識していなかったけど、たしかに整っていると思う。
「ん?なんだ真波」
「なんでもないでーす」
***
ランドリーでふわふわのタオルたちを片付けている時だった。
「みょうじさん」
「!?」
誰もいないはずなのに東堂くんの声が聞こえた。いよいよ幻聴まで・・・!
「おい、こっちだこっち」
「は・・・あ!」
外から窓の縁に手をついている、不満そうな顔の東堂くんがいた。
「あの、なにか」
「さっきドリンクを飲んだ」
「えっ」
うまかった、と東堂くんは言った。待って、会話してる・・・。
「真波からもらった」
「あ、そ、うなんだね」
「なあ」
東堂さんの視線がジトリと向けられる。
「オレのこと避けてるだろ」
「いえっ」
「気付かないところで何かしていたのならすまない」
「いやっちが、違うのそれは!」
とんでもない勘違いをされていたことを知ってあわてて否定する。
「じゃあなぜ避ける」
「ウッ」
顔が綺麗すぎる・・・!
「みょうじさん」
「かっ、」
「か?」
「かっこよすぎて・・・」
東堂くんはぽかんとした。
「・・・は?」
観念して「今日は逃げてすみませんでした・・・」と謝る。
「ふうん、そうか。なるほど、そういうことか」
そして彼はニヤリと笑うと、
「今からそこへ行くから逃げるんじゃないぞ!」
とビシィ!と宣言した。
「へ、えっ!?」
逃げないと、でも逃げるなと言われてしまったし、それにまだ片付けが、とぐるぐる混乱しているところへ光の速さで東堂くんが来てしまった。
「ぎゃあ」
「オイぎゃあはないだろぎゃあは、失礼だな君は」
顔面の圧が強い。両手のひらで顔を隠していると、グイと観音開きにされた。
「んー?」
「ヒッ・・・!」
すると、
「東堂さん・・・」
と真波の呆れた声がした。天の助け・・・!」
「まっ、まな」
「今いいトコなんだから邪魔するな真波」
完全にセクハラですよそれ、と真波は私をぐいと引き離してくれる。
「かわいそうになまえ先輩」
「オイ、顔が綺麗だというだけで避けられてきたオレもかわいそうだろ」
「ちっともかわいそうじゃないですよ」
頭上で交わされる気が遠くなるようなやりとりは、「オメーらマネにメーワクかけてんじゃねェ!」と荒北くんが乱入してくれるまで続いた。
***
あいかわらず東堂くんの顔は綺麗だ。
「あ、みょうじさん!今日もドリンクうまかったぞ!」
「はっ、あ、はい!」
「そうだ、君との距離をもっと縮めるために今度から名前で呼ぶことにする」
「えッ・・・!?」
「よろしくななまえ」
私の心臓が爆発する日は近い。
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