紅梅は冬に咲く


「はッ?」
母親に言われたことが信じられずに聞き返した。
「・・・っすまんが、もう一度言ってくれないか。耳がおかしくなったらしい」
すると、目の前に綺麗な装丁の写真をすっと差し出される。
「これは、」
「お見合い写真です」
「おっ・・・!オレはまだ高校生だぞ!」
「知ってますよ」
「副部長になったばかりなのだ、受験だって控えている」
「そうね」
「そうね、ではなく!軽い気持ちでお受けするわけには」
「もちろん、こちらとしても相手の気持ちをないがしろにする気はないのよ。でもね、昔からの約束なの。とにかくあらためてお会いするだけ」
きつい口調とまなざしのダブルコンボ、こうなっては拒否権などないのと同じだ。白目を剥いて倒れそうになるオレを置いて、言いたいことを言って満足した相手は仕事に戻ってしまった。
「マジかよ・・・」
突然降って湧いた問題に頭が痛い。仕方がないのでおそるおそる表紙をめくってみる。
「んなっ・・・!」
フレームの中でぎこちなく微笑んでいるのは、知りすぎていると言っても過言ではない幼なじみだ。
ようやく、母親の笑顔の意味を本当の意味で理解する。あらためて、とはそういうことか。
「くそ、図ったな・・・!」

***

憂鬱だった。部活に行きたくない。本当なら学校も仮病で休みたいくらいだけど、そんなことをしても意味がないのは理解している。
突然、お見合いをするのだと告げられたのは昨日のことだ。
「お見合い?誰が?」
「あなたが」
「私!?誰と?」
尽八くんよ、と幼なじみの名前が出て「はあ?」と気の抜けた声が出た。
「なんで?」
「彼のお母さん、私と同級生だって前に話したでしょ。お互い息子と娘が生まれたらそうしようねって約束してたの」
いや知らん知らん。意味が分からない。
「冬休みの間に席を設ける予定だからよろしくね」
「はッ!?」
はあー・・・と思わずこぼれたため息に気づいた友だちが「なまえー元気ないぞ」と笑う。
「ちょっといろいろあって・・・」
その時、騒がしい音がしたと同時に聞き慣れた声が教室中に響き渡った。
「なまえはいるかー!?」
「なッ・・・!?」
「!いた、」
クラスが違うことなどおかまいなしにずかずかとやって来た尽八は「例の件について聞いたか」と尋ねる。
「聞いたけど」
「例の件って?」
首を傾げた友だちに彼は「親同士の話でちょっとな」とにこやかに答えた。
「なまえ、今いいか」
勢いに流され首を縦に振る。するとがしっと腕を掴まれ廊下に連れ出されてしまった。
「ちょっと、どこ行くの」
「部室、昼休みは誰もいないはずだ。でなきゃ人がいない場所に行く」
おいおいおい。人目を気にしてさりげなく腕を外しながら、
「なんて言われたの?」
と訊いてみた。
「いきなり写真をつき出されてな。いつ撮ったんだ?知っていたのか?」
「知らないよもちろん、あれは親戚にちゃんとした写真を送りたいからって言われて撮っただけで」
まさかこんなふうに使われるなんて考えてもいなかったのだ。
幸い、部室には誰もいなかった。イスに座った尽八は、
「やられたな」
と口にした。
「なんで今さら、お見合い?なんてするのかな」
「・・・そもそもどうしてこうなったと思う」
「それは、親同士の口約束で・・・」
「普段こんなに顔を会わせているのにか?クラスは違えど部活でも一緒、行事のたびに家族ぐるみで行き来する仲だ。なのになんで今さら」
言われてみればそのとおりだ。尽八は言った。
「外堀を埋めるつもりだとオレは思ってる」
「外堀・・・!?」
まいったな、と彼は呟く。そんなの私も同じだ。
「どうしよう・・・」
「ありえないだろ、オレとなまえが将来、け、け、・・・」
尽八が言わんとしていることを理解して顔が熱くなるのが分かった。
「な、ない!ないない!」
「だろう!?ならば決まっている、」
がしっと私の肩を掴んで彼は宣言した。
「この試練、絶対に2人で乗り越えてみせるぞ!」
「お、おおー・・・」

***

結婚。私と、尽八が。いやーないな、うんない。
そんなことを考えながらボトルを洗う手を動かしていると、遠くで部員を集める声が聞こえてきた。
副部長として新たな役目を担った彼は生き生きと部活に励んでいる。練習だって絶好調だし、ファンも多い。フェンス越しに「東堂さまー!」と呼ぶ声がした。
「うむ!」
キャー!という歓声。きっと指さすやつをやったんだろうなあ。隣にいるマネージャー仲間が「今日も絶好調だね」と笑う。
「なまえはキャーってならないの?」
「ならないなあ」
尽八はいいやつだと思う。顔はもちろん、はっきりした性格も付き合いやすい。礼儀正しいし、いつでも自然体で明るい。自己主張が強くてナルシストだと感じる部分もあるけど、そのほとんどは彼の努力に裏付けられているものだ。
物心がつく前からずっと一緒に過ごしてきた。口に出したことはないものの、勝手に親友だとも思っている。いや、もちろん向こうは福富くんたちや巻島くんという正真正銘の親友がいるけど。
だから、今さらこの気持ちを恋に昇華できるかと言われれば自信がなかった。
「(ホントなに考えてるんだか・・・)」
その時、本人がやって来るのが見えた。12月だというのに普段と変わらない涼しげな格好で額には汗も浮いている。
「ボトルをもらえるか」
すかさず後輩がはいと手渡した。
「すまんね、ありがとう」
「さっき配った分もう空かな?」
「そうだな、黒田たちも飲み干していたようだ」
彼は周りをよく見ていてくれるから助かっている。
「そっか、じゃあ後で持ってく」
「ああ、頼む。ところでなまえ、うちに来るのは年を越してからか?」
「一応そのつもりではいるけど」
「終業式の後、母親が久しぶりに顔を出せと言っていたぞ。会いたいのだと」
おおかたあの件だろうな。私の考えていることが分かったのか、
「気持ちは分かる、オレも同じだ。ま、いつもどおりくつろいでくれればいいさ」
と尽八は苦笑した。
「分かった、ありがとね。うちも尽八に会うのを楽しみにしてるみたいだから」
「そうか、嬉しいな。盆以来だからな」
すると「おいおっせーぞカチューシャ!」と荒北くんが顔を覗かせた。
「いつまで隅っこでいちゃついてんだテメーは!」
「んなッ、いちゃついてなどいない!」
「ぺちゃくちゃしてるヒマがあんならさっさと戻って来いっつーの!」
あとマネージャー!と言われ「はいッ」と答える。
「ボトル足ンねェ」
「今すぐ行きます!」
「なまえ、コイツに敬語を使う必要はないぞ。そもそも同学年ではないか」
「ンだとテメェやんのか?」
「やらんな、時間がもったいない」
ボトルありがとなー、そう言って尽八たちが部屋を後にした瞬間、
「みょうじ先輩と東堂先輩はやっぱり付き合ってるんですか・・・!?」
と後輩たちから質問攻めに遭う。
「いや、家同士がもともと仲良くて・・・」
「でもあの会話、親公認ですよね!?」
「ファンクラブのことなら大丈夫ですよ、みょうじ先輩のことは知れ渡ってますから!」
「はッ!?なんで?」
「そりゃーファンクラブですもん。交友関係くらいは把握してますって」
ファンクラブってそういうもんなの・・・?
「でも、東堂先輩は特定の彼女は作らないって公言してますから。だからみょうじ先輩のことはちゃんと幼なじみとして認知されてるみたいですよ」
眩暈がした。もしも彼女を飛び越した間柄になってしまったら。
「先輩、大丈夫ですか?」
「だめかも・・・」

***

「おかえり尽八」
「隼人!荒北が引っぱるのだ!」
「うるせェ!信用ならねーんだオメーはヨ!」
「なんだと!?服が伸びるからいいかげん離せ」
どこ言ってたんだ?隼人に尋ねられ、
「ドリンクをもらいに行っていた」
とオレは答えた。
「やっぱりな。いなくなってからすぐに配りに来たんだよ。ほらこれ、尽八のぶん」
手渡されたボトルの重さに「腹がいっぱいになるな・・・」と考えていると、
「みょうじさんてさ、尽八の幼なじみなんだろ?」
と再び相手は尋ねた。
「ああ。歯が生える前からの付き合いだ」
「ヒュウ、そりゃすごいな」
「別に何もすごくはないぞ。ただ幼なじみってだけだ」
「そうなんだ。なあ」
「なんだ?」
隼人は「みょうじさんてさ、けっこー人気あるよな」と言った。
「なに!?」
「知ってる?靖友」
「そういや聞いたことあンな」
「き、聞いたって誰からだ荒北!?」
いちいち覚えてねェよ、と面倒くさそうに返す相手の肩を揺さぶる。
「ちゃんと思い出せ!」
「知るか!どーせ部活の誰かとかだろ!」
「し、」
「ア?」
「知らなかった・・・」
オレは思わず膝をついた。
「アイツも人気があったなんて・・・」
すると隼人は「けどさ、尽八の人気とはたぶん違うやつだよ」と言った。
「?どういう」
「つまり、本気で狙っているヤツが多いってこと」
バキュン、と彼はお得意のポーズを決めてみせた。
愕然としているオレの耳に「おーい、尽八?」「ダメだコイツ」という声が聞こえた気がしたが反応さえできない。
「オイ帰ってこいバカチューシャ!」
乱暴に肩を揺さぶられ我に返った。
「ハッ!・・・ああ、ス、スマン・・・」
気持ちがもやもやするのを感じながらなまえに目を向ける。
「(お見合いなど、)」
どんな顔をして会えばいいというのか。

***

「え?ロッカールームの鍵がない?」
後輩は泣きそうな顔で「はい」と答える。
「だけど、いつもの場所に掛けてなかった?」
「それが、最後に出た部員に確認したらちゃんと元の場所に戻したって言われて・・・」
平謝りする相手をなだめながら考える。どうしたものか。まずは部長と顧問に報告、それから・・・
合い鍵を作るのは容易いが、それでおしまいというわけにはいかない。鍵そのものを変えるか、もしくは失くしたほうを見つけ出さないとセキュリティに問題があるからだ。
「部長はこのこと知ってる?」
「はい、さっき報告しました」
「なんて言ってた?」
「もう一度ちゃんとよく探して、最後に使った相手にどこに置いたか確認するようにって。それで私、心当たりのある場所は全部探したんですけど・・・」
いろんな人に聞いて回ったし、と相手は細い声で答える。運悪く今日の管理に当たってしまった彼女を責めたところで鍵は出てこない。すっかり日も落ち、部活に残っているのは帰り支度を終えた数人だけだった。
疲れている彼らに鍵探しに協力してもらうのも申し訳ない。
「もう一度探してみよう。私も手伝うから」
「すみません先輩・・・ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、後輩はグラウンドへと出ていった。しゃがみこんで、どこかに落としていないか探している。私もあちこち部室を探し回っていると、
「なんだ、まだいたのか」
「あ、尽八」
驚いた顔の相手と目が合う。
「帰らないのか?」
「あー・・・実は、」
経緯を話せば、彼は「鍵ィ?」と眉を吊り上げた。
「探したって見つからなかったのだろ。今日はもう遅いから諦めて、明日また探せばいい」
「でも部長から言われてて、」
「ならオレから言っておく。もう20時だぞ、このままじゃ夕飯も食いっぱぐれるしシャワーだって使えなくなる」
「えっもうそんな時間!?」
「ああ。なくしたあの子も責任を感じているのだろうが、管理の甘さという点では部員の連帯責任だろ。職員室に行けばスペアキーがあるんだから、明日の部活に支障はない」
尽八の冷静な言葉が頼もしく感じる。
「あの、じゃあお願いしてもいい・・・?」
「ああ、まかせておけ。外に声かけてくるから帰り仕度していろよ」

***

「お待たせ」
「大丈夫だ」
壁にもたれていた尽八は「行くか」と体を起こす。
「鍵のこと、やっぱり部長に怒られないかな」
「さっきも言ったが、あれは連帯責任だ。誰か1人のせいじゃない」
「でも、」
「オレがちゃんと言う。それに、間違っているとは思っていないからな」
きっぱりとした口調が頼もしく思える。
「尽八のそういうとこ好きだな」
「そういうとことは?」
「まっすぐなところ」
間違いは認め、正しいと思ったことはちゃんと言葉にする。子供の頃から何も変わっていない、彼のいい部分だと思う。
「いいところならなまえもあるぞ」
「え、どんな?」
「誰かのために一生懸命になれるところ」
「・・・そんなふうに思ってくれてたの?」
「ずっと一緒にいるからな。いいところも悪いところもある程度分かっているつもりだ」
「悪いところかあ・・・」
頑固だよな、と尽八は笑った。
「それは尽八もでしょ」
「そうか」
「そうだよ」
他愛ない会話。当たり前だと思っていたし、この先も変わらないのだと疑うこともなかった。
だけど、きっといつか、何かが変わってしまうのだ。
「・・・お見合い、さ」
「ああ」
「する?」
しないと納得しないだろう、と彼はため息交じりに答えた。
「あの二人は仲が良いからな」
「そっか、そうだね」
「 なまえは・・・したくないのか?」
「だって、いつもしてるようなものだし」
「そうなんだよなあ」
尽八に目を向ける。空を見上げる横顔はあいかわらず綺麗だ。
「ほんとに美人だね」
「うむ」
「全肯定・・・」
「事実だからな」
ふいにこちらを見た彼は、「オレはなまえの顔が好きだぞ」と笑った。
「え?」
「見慣れている、というのもあるが・・・うまく言えんな、とにかく好きだと思っている」
「ありがとう・・・?」
「ああ」
・・・・・・・・・・・・沈黙。
「なまえに彼氏ができたら、こんなふうに一緒に帰ることもなくなるのだろうな」
それを聞いて、なぜか心臓がきゅうと締め付けられたような気がした。
「大丈夫、彼氏なんてできないから」
全然大丈夫じゃない。言っててむなしくなる。
「そうか」
尽八は安心したようにふわりと笑った。

***

なんだかんだと忙しく、年内に尽八の家に顔出すことはとうとう叶わなかった。
年が明け、家族そろって東堂庵を訪れる。毎年この日だけは必ず着物でご挨拶をするのが決まりだった。満面の笑みで出迎えてくれた尽八のお母さんは、
「その着物、とてもよく似合ってるわ」
と褒めてくれた。淡い色の地に紅梅が咲いている。一目見て気に入ったものだったので嬉しい。
「へー、帯も凝ってるのねえ。襟も濃い色で素敵よ。あらっ帯どめもお花なのね」
挨拶もそこそこにくるくる回されながら、私は「尽八はいますか?」と尋ねる。
「もちろん。今はお庭でせっせと雪かきしてくれているはずよ」

***

「うおお・・・ドカ雪じゃねーか・・・」
窓の向こうには一面の銀世界が広がっている。覚悟はしていたが、まさかここまでだとは。朝早くに叩き起こされたと思えば、寝ぼけた頭のままスノースコップを握らされたのだ。
「ったく、なんで正月からこんなこと・・・」
体力作りと思うしかない。まあいい、どうせ冬は筋力が落ちるしな。
半纏を着てザックザックと山を作っていると、
「おー大きい」という声がして振り返る。
「なまえ。来てたのか」
「うん。すごいね、尽八がひとりで作ったの?」
「ああ」
ふう、と額の汗を拭う。手を止めると、火照っている体が急速に冷えていくのを感じた。
「はい」
「ん?」
なまえが差し出したお盆の上では、緑茶とおしるこがホカホカと湯気を立てている。
「おお・・・!」
「私は何も手伝ってないけど、一緒に食べようと思っていただいてきちゃった」
「かまわんよ。だいたいそんな着物で・・・は・・・」
着物を着ている。いつもと違う雰囲気を纏っていることに今さらながら気がついて、少しだけ動揺した自分がいた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない・・・お茶もらっていいか」
流し込めば喉の奥が熱いく、生き返る心地がする。
「ほとんど外だが、寒くはないのか?」
「平気平気、中にたくさん着込んでるから。タオルとか」
なるほど。着付けの時、きっとずいぶんぐるぐる巻きにされているのだろう。
「ねえ尽八」
「ん?」
「これ、かまくらにしようよ」
「ずいぶん簡単に言ってくれるな・・・」
なまえは「手伝うから」と引かない。
「その格好でか?」
「あ・・・そうだった」
オレは「降りられるか」と尋ねる。しっかり除けたつもりだが、やはり足元がおぼつかないだろうか。
「見せたいものがあるのだ」
目ざとく床下にしまわれていたサンダルを見つけたなまえは、ためらうことなく地面に降りる。
「あ!転ぶなよ」
後ろから支えながら、一歩ずつ雪山へと誘う。
「何があるの?」
「見てのお楽しみだ」
後ろ側へ回った瞬間、なまえは目を見開いた。
「すごい・・・!かまくらになってる」
「驚いたか?どうせそう言うだろうと思ってな、先に作っておいたのだ」
「だからこんなに雪山が大きくなってたんだね」
「まあな」
おかげで雪かきは終わっていないがな・・・。すごいすごいと言いながらなまえはさっそく身をかがめて中へ入る。
「すごーい!広い!」
「ふたりまで入れるように作ったからな」
お盆を置いて、着ていた半纏を敷く。
「その上へ座るといい」
「えっ!?だめだよ、尽八が風邪ひいちゃう」
「少しだけだ。着物でしゃがむのはつらいだろ?
それでもきつい体勢ではあるが・・・」
おしるこを食べる間だけ我慢してもらおう。
「寒くない?」
「セーターを着ているから大丈夫だ。それに、かまくらは意外とあったかいのだぞ?」
おしるこを食べながらなまえは「ウサ吉、元気かな」と言った。
「隼人が連れて帰っているはずだ」
「そっか、なら安心だね」
「さすがに小屋は冷えるからな」
子供の頃の記憶がよみがえる。昔もこうして、旅館の誰かが気を利かせて作ったかまくらの中で遊んだものだ。携帯ゲームを持ち込んだり、おやつを食べたりした。
「なつかしいな」
ぽつりとこぼれた声になまえもうなずく。
「そうだね」
「なあ」
「なに?」
「お見合い、今さら意味なんてあると思うか」
さあ、と相手は曖昧に答えた。
「・・・よく分かんない、かな」
「なまえは、将来のこととか考えたことはあるか」
「進路?」
「そういうのひっくるめて全部」
しばらくして「分かんないよ」と呟く声が聞こえた。
「お見合いさせられて、どんな答えを出せばいいの?付き合うってこと?・・・婚約、するの?」
「親がどう思っているかなどオレも知らんよ。・・・けど」
いいんじゃないか。
緊張で自分の口から出た声がふるえている。
「どういう、」
「あれからいろいろと考えてみて・・・なまえとこの先ずっと一緒にいるの、いいんじゃないかと思ったんだ」
言いたいことが上手く言葉にならない、ていうかあれだ、寒い。ちょっとやばい気がする。
「・・・尽八、もしかして寒い?」
「うむ」
「やっぱり!」
出よ!と怒られながら外へ出る。
「ごめんね、私が上着お尻に敷いてたから」
「いや、どうせ洗濯機行きだし気にするな」
「尽八が風邪ひいたら気にするよ!」
もう、となまえは本気で怒っている。
「あのね、さっきの話ね」
「ああ」
「・・・私も、いいと思う」
「っえ、」
はじかれたように隣を見れば、なまえはオレの見たことがない表情を浮かべて目をそらしていた。
「本気か」
「本気、です、うん」
「そ、・・・ヘクシュ!」
「もうほらー!」

***

新学期。
ボトルを洗う水が冷たい。でも我慢や、なまえ!
ペダルを漕ぐ音が室内に響いている。すでに3年生はいない。福富くんの指示のもと、それぞれが自己鍛錬に励んでいるのだ。
あれ以来、尽八とは会えていない。かまくら作りがたたったのか熱を出してしまったらしい。
「・・・」
柄にもなく緊張してしまっている。さっきから心臓がばっくばっくとうるさい。おかしい、相手は尽八なのに。
「(こんなの絶対変だ)」
じゃこじゃこ、動揺を振り払うように勢いよくボトルを洗う。すると、
「ドリンク!」
という声がして、私はあわって飛んで行った。
汗を拭っている荒い息の黒田くんに「はい」と差し出すと、彼は目を丸くした。
「すいません、同じ学年のマネかと思って」
「いーよいーよ、お疲れさま」
「ッス」
ボトルを受け取ると、一気にあおる。ごくごくと喉を鳴らして気持ちのいい飲みっぷりだ。
その時、
「荒北にだけは言われたくはないな!」
「るっせバーカ!黙れクソカチューシャ」
聞き慣れた言い合いが聞こえて振り返る。
「!」
目が合った瞬間、思いきりそらしてしまった。
「ア?んだよいきなり」
「はッ!?・・・別になんでもないが?」
尽八の声が裏返っている。
「・・・先輩たち、なんかあったンすか」
黒田くんの問いに「いやっ!なんにもないよ」と答える。声がひっくり返った。
「ふーん」
「お願いにやにやしないで」
そそくさと元の仕事に戻ろうとしている背中に「なまえ」と声がかかる。尽八だ。
「あ、なに?」
「あの、な」
普通でいよう、と彼は言った。
「もちろんちゃんと気持ちはある。だが・・・オレの性格上、そういうことを意識するといろいろまずい気がするのだ・・・バレない自信がない」
赤い顔をして紡がれた不器用な言葉に激しく同意する。
「あ、そ、そうだね!うんうんそうしよう」
「いいのかそれで」
「うん、私もそういうの顔に出るから」
そうか、と尽八はほっとしたように言った。
「ついでにボトルもらってもいいか」
「あ、うん」
手渡した拍子に指先が触れた。
「っ」
ちら、と見上げれば、相手は涼しい顔をしている。
「どうした?」
「あ、えっと、なんでもない」
うそだ、なんでもある。動揺が隠しきれない自分が情けない・・・。
「ありがとう」
でも、そう言って立ち去る彼の耳は真っ赤だった。
なんだ、尽八だって隠せていないんだ。
私だけじゃないって分かったら、気持ちが楽になった気がした。
約束を交わしたけど、大人になっても本当に一緒にいるのかは分からない。お互いよりも大事なこと、大切な存在が現れるかもしれないから。
けど今は、私たちを繋ぐものが前よりも強くなった気がして、嬉しかった。


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