鳴子章吉の勝負
「初日の挨拶には間に合わなかったが、うちにはマネージャーがひとりいる。みょうじ、挨拶をしてくれ」
はい、と前に出た先輩。
「2年のみょうじなまえです。よろしくお願いします」
「(かっ、かわいー・・・ッ!!)」
こんな可愛い子おるんか、とあんぐりしたのを覚えている。
緊張した表情で挨拶をした、みょうじなまえ先輩。ヨッシャ覚えた。
ちら、と目を向ければ隣にいるスカシは平気な顔して立っとる。もっとリアクションとかないんか!?こんな美人を目の前にしてなにスカシてるんやスカシ!
みょうじ先輩は自転車のメンテを手伝ったり、部長さんたちと一緒に大会スケジュールを組んだりもしてるらしい。そして手に謎のノートを持っている、なんやあれは。
視線に気づいた相手と目が合う。
「!」
先輩は意味深な笑みを浮かべてみせただけやった。
・・・とまあ、しょっぱなからそんなカンジでワイの胸は高鳴りっぱなしや。
「鳴子くん、タオルとドリンク渡すね」
「は、はいィッ!」
カチコチになりながら受け取る。
「はい、小野田くんのも」
「あっありがとうございます・・・!」
隣にいる小野田くんも緊張しとった。いや、小野田くんはいつもこんな感じやけど。普段からもうちょいラクにしとってもええのにな。
ちなみにスカシの分は寒咲さんが渡していた。よかったな、幼なじみがおって。
「・・・なんだよ」
「べっつにー?なんもないけどォ?」
ほォ、とスカシは言った。
「どうでもいいけど丸わかりなんだよおまえの態度」
「は、はァ!?何言って、」
まさかワイの気持ちバレとる・・・!?いやまさかそんなはずは。
「おまえ、もしかしてそれで隠してるつもりじゃないだろうな」
「だからさっきからなにワケ分からんことを、」
面倒くさそうな顔になったスカシは、
「別に。ワケ分からんことばかりやってると杉本と小野田に抜かれるぞ」
そう言い残してスタスタと歩き去っていった。
キイイイイッ・・・!アイツ、ホンッマにムカつくわ。あー胸くそ悪い。
「鳴子ー!集合だぞ!」
パーマ先輩の声に「今行きます!」と叫んで答える。
うっし。今日も派手に目立ってみょうじ先輩にええとこ見せつけたるで!
***
日曜日。
部活は休みやけど自主練は欠かさへん。練習がてら学校の前までやって来た。
「(ま、どーせ誰もおらんのやろうけど)」
誰かおって練習に付き合うてくれたらラッキーやな、くらいのつもりで部室を訪ねる。・・・まあ、ひとつもロードバイクはなかったけど。
「あれっ」
ドアノブが回ったことに驚く。
「不用心やなー鍵かけ忘れたんか・・・」
次の瞬間、喉の奥から「ヒエッ」と間抜けな声が飛び出た。
「あ、鳴子くん」
「えっ、あれっ、みょうじ先輩?なんでおるんすか」
今日休みですよね?と確認すれば「そうなんだけどねー」と彼女は笑う。
「合宿前にいろいろまとめておきたいことがあって。マネージャーは参加できないから」
「ああ、サイクルスポーツセンターいうところの・・・」
手元に目をやる。あのノートや、そう思った瞬間、先輩はそれをぱたりと閉じてしまった。
「気になる?」
「気になります」
「正直だなあ」
あはは、と笑う彼女に「それ、ただのノートやないやろ?まさか日記帳じゃあるまいし」と問う。
「なんだと思う?」
「作戦ノートとか」
「うーん惜しい。これはね、門外不出のマル秘ノートだよ」
「そんなもんあるんスか!?」
「一応ね。それぞれの得意分野に課題点、これまでの成績を分かる範囲でまとめてあるの。新しく入った子から金城さんたちの分まで全部」
み、見たい・・・けど絶対だめって言うんやろな。興味のないフリをして、なるほどな、とだけ答えた。
「せやけど、なんで休日出勤しとんのです?」
「なんとなく・・・部活のことは部室でやったほうが集中できるというか。あとはちょっとテスト勉強しようと思って」
真面目ですね、とからかうと「そんなことないよ」と返ってくる。
「鳴子くんさ、部活慣れた?」
「えっ?」
「最初の頃ガチガチだったから」
うわーバレとるー・・・。
「まあ、ハイ」
「ならよかった。合宿あるし、緊張とれてたほうがいいと思って」
「合宿ってどんなやつなんです?」
「・・・教えない」
ごめん、と申し訳なさそうに先輩は言った。
「教えてあげられないの。金城さんに口止めされてて」
「ならしゃーないな。先輩、口固そうやし」
というか、こんなにぽんぽん会話が続くとは思わんかった。そもそも一対一で話をしたことさえなかったから不思議な感じや。
先輩もそう思ったのか、
「こんなに話したの初めてだね」
と笑顔を浮かべた。
「あの、ワイがここにいたらお邪魔ですか?」
「ううん、ノートはもう終わったから大丈夫。勉強は、今日はまあいっか」
近くで見るとホンマにめっちゃ可愛え。しかも気さくで話しやすい。・・・ずっとこの時間が続けばええのに。
「(ホンマにこの人のこと好きなんやな)」
心のどっかにある冷静な部分でさえそう考えとるなんて、自分でもそうとう重症やなと思う。
目の前のイスに腰を下ろしたワイに、みょうじ先輩は「鳴子くんてさ、いい子だよね」と口にした。
「・・・は?」
「あ、いい子なんて言ったら失礼だよね。ごめんごめん、いい人だなって!」
「(どっちも気になる言い方やけど)」
「荷物とか持ってるといつも手伝ってくれるでしょ?ホントに助かってるの、ありがとね」
「あーいや、まあそれくらい当然っちゅーか・・・」
好きな相手にそんなん当たり前やろ、と腹ん中で考える。
「大会控えていたり、コンディションとかでみんなピリピリしてる時あるけど、鳴子くんはいつも部活の雰囲気を良くしてくれてると思う。だからいい人だなあって」
へー、ほー。ふーん・・・ワイのことそんなふうに思っとったんか。ウンウン、もちろんめっちゃ嬉しいで?せやけどそういうことではないんよな。
よっく分かった。ワイのアピールが1ミリもこの人に伝わってへんっちゅうことが。
「(どうしたもんか・・・)」
「鳴子くん、どうかした?」
「いやっ、別になんでも!」
「?そう」
スンマセンぼーっとしてました、とかなんとか言ってその場をごまかした。
***
4限が終わって購買に向かう途中のことだった。
「(お、)」
無口先輩や。サンドイッチ持っとる・・・えっまさか昼メシあれだけ?あれっぽちで足りるんか、なんて思った矢先、
「はじめちゃん!」
と聞き慣れた声がした。
「なまえ」
「ひとり?手嶋くんは?」
「後から来る。先生に呼ばれていたから」
「そうなんだ、じゃあ先に行って待ってようか」
うなずく無口先輩・・・いや、は?なん、あれ、どういう、は???
あの2人、名前で呼び合ってたよな?今まではみょうじ、青八木くんやったのに・・・まさか、付き合うてたりするんか・・・?
ふたりの背中が見えなくなっても呆然と立ち尽くしていると、
「あれ?鳴子くんだ」
「小野田くんか・・・」
「ど、どーしたの!?なんかすごく暗い顔してるよ!?」
「なんでもない・・・一緒にメシ食おか・・・」
「いいけどホントに大丈夫!?」
***
合宿の最中によっぽど確かめようかと思ってたけど、正直それどころじゃなかった。
あれからしばらく自転車に乗るのを我慢しとった無口先輩とパーマ先輩は、ようやく今日からペダルを回す許可がおりて坂を登っている。
「(見えた)」
軽快に前を走る小柄な背中。無口先輩や。パーマ先輩の姿がない今こそ、みょうじ先輩との仲を尋ねるチャンスやと思った。
「どーも無口先輩!足、調子よさそうですやん」
「鳴子。ああ、もう走れる」
「そんならよかった。あん時は包帯でグルグル巻きやったからびっくりしましたよ」
ああ、と答えて無口先輩は前を向く。
「あの、」
「どうした?」
「ワイ、青八木サンに聞きたいことあって」
無口先輩は不思議そうな顔をしている。
「みょうじ先輩と付き合うてるんですか」
ポカンとした相手はしばらくして「は?」と言った。なんやその反応。
「・・・オレが、なまえと?」
「それやそれ!いつから名前で呼び合うようになったんすか!」
「あ、いや・・・スマン、今のは間違えただけだ」
「間違えたてなんやねん!?」
「これは前から、」
「前から!?」
知らなかった・・・前から付き合っていたとは・・・。
「待て鳴子、おまえは絶対に勘違いをしている」
「ええですよ、そんな気ィ遣わんでも。けどせめてワイとここで一発勝負してもらいましょうか!」
これはけじめだ、己の気持ちへの。無口先輩と勝負して、勝っても負けてもこれで諦める。
「悪いが鳴子、それは無理だ」
「なんでですか!?」
「オレはこれがラストだけど、おまえはまだ周回あるだろ」
「えっ」
「それに、オレは今ここで無理をするつもりはない」
そう言って無口先輩はさっさとゴールしてしまった。
「・・・クッソー!!」
補給していたオッサンが驚いてたけどかまうもんか。こんな気持ちを抱えたままワイはインハイに出なアカンのか・・・!?
「(そんなん絶対イヤや!こうなったらいちかばちか勝負したる)」
思いっきりペダルを回す。今日のタイム、もしかしたら過去イチかもしれんな。
***
「なまえ、ちょっといいか」
幼なじみに呼びとめられてちょっとびっくりする。部活中はお互い名字で呼び合おうと決めていたからだ。
「いいよ。どうしたの?」
ドリンク?と聞けば、違うと首を振る。
「鳴子のことだ」
「鳴子くん?」
「いや、その前に・・・なまえは誰とも付き合っていないよな?」
「うん」
そうか、とはじめちゃんは言った。
「なになに、どういうこと」
「どういう・・・ことかはオレも知りたい」
「え?」
「なまえは、アイツのことをどう思う」
「どうって・・・いつも頑張ってるなあって思うよ」
「そうじゃなく、アイツ自身のことを」
意味が分からない。頑張っているのは鳴子くんでしょ?
?をたくさん浮かべている私にはじめちゃんは、
「オレは、いいヤツだと思う」
と言った。
「うん・・・私もそう思うけど」
「そうか。ならいい」
その時「みょうじ、少しいいか」と金城さんから声がかかる。
「あ、はい!今行きます」
仕方なく彼を残してその場を離れる。
インハイが近い。金城さんと会話をするうちに、さっきのやりとりは私の頭から離れてしまっていた。
***
ざわつく会場。
壇上で勝利を宣言する箱根学園、乱入する京伏の御堂筋いうヤツ。波乱の幕開けっちゅう感じやな、なんて思ったけど気持ちは昂ぶっている。
ええカンジや。ワックワクしとる。早くスタートを切りたい。そんで目立って目立って、華々しくゴール決めて・・・なんてな。
けど、その前にいっこだけやっとかなアカンことがある。
「みょうじ先輩、少しだけ時間もろてもええですか」
「今?いいよ」
テントから離れた場所で、ワイは振り向いてみょうじ先輩と向き合った。
「どうしたの、鳴子くん」
「先輩に言うことがあります」
あまり身長差がない先輩の不思議そうなまなざしが見つめている。クソ、今にでかくなったるからな。
すう、と息を吸ってワイは声を出した。
「みょうじ先輩のことが好きです。入部した時からずっと」
「えっ、・・・えっ!?」
先輩は突然の驚きで目を白黒させている。
「なっ、なん、え・・・!?」
「今すぐ答えくれとは言いません。先輩に好きな人おることは知ってるんで」
「す、好きな人・・・?」
「せやけど、ワイやっぱ諦められないんスわ。だから、考えといてくれませんか」
ワイに一度だけチャンスください、と思いっきり頭を下げた。アナウンスが聞こえる。
「な、鳴子くん」
「それから」
選手とサポートになってしまう前にはっきりさせたいことがある。
「ワイはそんなにいい人やないんで」
「!」
「ほんなら、行ってきます!」
そう言い残してロードバイクを取りに走った。
やった、ついに。くよくよ悩むのは好きやない。
当たって砕けろ、上等やないか。今はとにかく晴々とした気持ちだ。
インハイと同時に始まったもうひとつの勝負の行方がどうなるかは、まだ知らない。
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