雉
お兄ちゃん、と鈴音が部屋に飛び込んでくる。
「なんだよお前ノックくらい、」
「雉が結婚したよ!」
***
レースの前にも関わらず雉のまわりには取材が殺到している。
「おめでとうございます雉さん!」
「お相手はどんな方ですか?」
「プロポーズはどのようなものでしたか?」
オイオイ、とオレは内心呟く。
「(まるで芸能人じゃねえか)」
レースの前なんだから集中させてやれよと思ったものの、すぐに「アイツにそういうのはあんま関係ねえな」と考え直す。
のらりくらりと質問をかわしてこちらへやってきた宿敵にオレは声をかけた。
「よう」
「吉丸チャン」
サングラス越しに雉は笑う。
「おまえ結婚すんだって?」
「そうそう。ホントはレースの後に言おうと思ったんだけど、どっかから情報出ちゃった」
予想外の事態のはずなのに、あいかわらずコイツはひょうひょうとしている。
「浮かれまくってるおまえには負けねえ」
「お、勝利宣言。オレも負けないヨン」
「てか早えーな決めんの」
オレの言葉に雉は、
「そう?」
と小首を傾げてみせる。
オレもコイツもプロになって間もない。まわりが就職活動にいそしんでいる時に突然ケッコンを宣言したのだからそりゃ話題にもなる。
「なんでこのタイミングにした?」
「さっきの人たちにもおんなじこと聞かれたヨン。この先何年経っても気持ちは変わらないから、って答えた」
「・・・よく恥ずかしげもなく言えんな」
せっかくついたファンが泣くぞ、といやみ交じりにそう言えば「あはは」と笑う。
「別に、奥さんいてくれればいいから」
「こわくねえの、」
「なにが?」
「これでメシ食ってけるかとか、責任とか、なんかそういうの全部」
「なくはないけど」
一瞬「んー」と考えた雉だったが、
「だったら勝つしかないじゃん」
と言った。
「今日はぜってーオレが勝つ。勝利者インタビューは渡さねー」
「オレだって連覇するつもりだヨン、おっと」
よろけてぶつかってきた相手にごめんちゃい、と謝る。
「雉、聞いたぞ!結婚おめでとう」
「あはは、ありがとちゃい」
そういえばオレ、まだコイツにおめでとうって言ってねえな。
開始1分前のアナウンスが響く。
「(まあいい、)」
レースが終わったら必ず言おう。
優勝逃して残念だったな、の一言も添えて。
- 32 -