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足元に落ちているパワーバーのごみ。
「まったく、誰だよ・・・」
ぶちぶち言いながら拾ってそれをごみ箱に捨てる。いや、やっぱり誰かのポケットから落ちたのかもしれないな。
パワーバーと言えば新開隼人。
会話の中ではさん付けだけど、心の中ではやっぱり呼び捨てになってしまう。お世話になったし、パワーバーもいっぱいくれた。
彼の卒業と入れ替わりに入部してきた弟は、顔立ちはそっくりだけど似ていないところも多い。例えば性格とか。
彼を尖らせている理由は知っているものの、かといって自分から近づいて裏目に出るよりは見守る方向でいきたいと思っている。
埃が気になったのでなんとなく床の掃除を始めた時、
「あ、」
ドアが開く音がして新開悠人が顔を出した。人がいると思っていなかったのか目を丸くしている。
「お疲れ、悠人くん」
「お疲れさまです。先輩、なんで掃除なんかやってるんですか?」
床にパワーバーのごみが落ちてたから、そう答えた私の視線は彼の手元に集中する。・・・パワーバー食べてる。
「あ、いや、違いますよ」
オレじゃないですからねと苦笑した彼はちゃんとごみを捨てた。
「うそうそ、分かってるよ」
「ホントかなー。実はちょっと疑ってたんじゃないですか?YESでしょ」
いつもは不敵な表情を浮かべているけど、笑うと幼くなって印象が変わる。
「先輩、パワーバーいります?あげますよ」
「いいの?ありがとう」
彼はごそごそと背中を探る。
「あれ?ないや、食べちゃったかな。ちょっと待ってくださいね」
ロッカーを開けて「はい、どうぞ」とくれた。チョコバナナ味だ。
「これおいしいよね。よく新開さんがくれたのとおんなじ」
「・・・そすか」
地雷を踏んだらしい。
後ろを向いてうつむく悠人くんに、おろおろしながら声をかける。
「あの、えっと、あのさ」
「・・・」
「パワーバーっておいしいよね、みんなもよく食べてるし。悠人くんは何味が好きなの?」
すると「ぶはっ」と彼はふき出した。
「パワーバーしょっちゅう食ってんのなんて隼人くんだけでしょ!」
あーおっかしい、と涙目になりながら笑っている。
「えっ、えっ?」
「別にオレ、兄貴の話されんのイヤってワケじゃないですよ。ただ、そういう目で見られんのがムカつくだけで」
なまえ先輩は最初からオレのこと新開悠人だって見てくれてたから、と悠人くんは言った。
「挨拶しに行った時からオレのこと名前で呼んでくれたし。あれ、けっこう嬉しかったんすよ」
「そうだったんだ」
「そっす。ところで、今ってふたりきりですよね」
名前で呼んじゃいますね、と悠人くんは言った。
「もう呼んでるじゃん」
「あれ?気づいてたんだ、じゃあオッケーってことですね」
「ちっともオッケーじゃないです。ほら、お掃除するんだからどいてどいて」
「えー冷たいなあなまえ先輩」
言葉とは反対に悠人くんはにこにこしている。
「ボトル、空っぽになっちゃったんでもらって行きますね」
「あ、うん。あとからまとめて持って行くって伝えてもらっていい?」
「りょーかいす。それじゃ」
部室を出て行く彼の背中のポケットには、ロッカーから補充したパワーバーがごっそり入っていた。
なんだ、やっぱり食べてるじゃん。

***

グラウンドの隅で整備の手伝いをしていると「みょうじ」と声がかかる。
「あ、黒田」
「それ抜けても大丈夫か?タイム測ってほしいんだけど」
大丈夫です、と工具を手にした後輩が答えた。
「悪ィな」
「いえ。みょうじ先輩、手伝ってくれてありがとうございました」
「こちらこそ、いろいろ教えてくれてありがとう」
歩きながら黒田は「手伝えるようになったのかよ」とからかう。
「いやー全然。言われたことやるだけ、しかも雑用」
「雑用も大事な仕事だよ。そういうのやるヤツいねェと、結局しわ寄せがくるからさ」
「今日はなんか素直」
「うるせ」
ロードバイクに跨った黒田に「いつでもいいよ」と声をかける。
「おう。んじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
漕ぎ出した背が見えなくなったのを確認した時だった。
ガシャーン!と大きな音に驚いて振り向く。
「いい加減にしろよお前!」
倒れている自転車と数人の部員。その内のひとりが誰かの胸倉を掴んでいる。
よく見れば、中心にいるのは悠人くんだった。
「いったいなあ、いきなり何するんですか」
「おまえこそ、その生意気な態度はなんなんだよ。いいか、おまえは1年でオレのが上なんだよ」
それは学年の話でしょ、と悠人くんはせせら笑う。
「実力ならオレのが上です。アンタ1度もオレに勝ったことないくせに」
「ッんだと、」
「あれ、いいんですか?オレに手を上げたら、きっとレースに出れなくなっちゃいますよ」
さっき部室で会話をした彼と同一人物とは思えないほど冷たい声だった。
やばい。そうだ、泉田を呼んでこよう。
急いでトレーニングルームへ向かう。
「泉田くん!」
「!みょうじさん」
彼は上半身裸でトレーニングをしている最中だった。おいおいすごい筋肉だな、じゃなくて、
「悠人くんたちが揉めてるから来てもらえないかな」
「悠人が?」
立ち上がって急いでジャージを羽織った彼と共に、いまだ収まらない睨み合いのそばへ戻る。
「!部長」
「何をやっているんだ」
掴んでいる手から逃れた悠人くんは緩慢な動作で襟元を正した。
「コイツの態度が悪いから注意してただけです」
「へえ、あれが注意すか」
悠人くんの言うことは一理ある。泉田は言った。
「それぞれ部室に来て、何があったのか説明してくれ。片方の言い分だけを聞くつもりはないよ」
先に促した上級生を連れて彼は校舎の中へ戻って行った。
「見てましたよね、なまえ先輩」
「えっ」
まさか私を証人にする気では、そう身構えた瞬間、はっと思い出す。
「やば!黒田!」
出走してからかなり時間が経っていたことを思い出し、悠人くんに「ごめん!」と告げて一目散に校門へ向かった。
「(まずいまずい、間に合ってくれえ・・・!)」
間に合わなかった。
「おーまーえーはー!」
「ご、ごめん・・・」
息を切らしながら理由を説明すると彼は、
「ったくアイツらときたら・・・!」
とため息をつく。
「あの、タイム本当にごめんね」
「いーよもう。そんかわり次はちゃんと見とけよ」
はい、と神妙に答えた私を黒田は「行くぞ」とうながした。
「えっどこへ」
「塔一郎のとこに決まってんだろ」
部室のそばまで来た時、物音が聞こえてとっさに彼を引っぱり陰に隠れる。
「うおっ、なにすンだよ」
文句を言おうとする相手に私は、
「悠人くんがいる」
とささやいた。
足音が遠ざかるのを確認して、ようやく息を吐く。
「つかなんで隠れたんだよ」
「証人喚問がいやだったからつい・・・」
全部を見たわけじゃないから、中途半端な証言は混乱を生むかもしれない。そんなことを言えば、
「巻き込まれたくねえってのが丸分かりだぞ」
と呆れたような答えが返ってくる。
「ま、オレも似たようなモンだけどな。おい塔一郎!」
ドアが開く音に泉田はユキ、と顔を上げる。
「また揉めごとかよ、新開絡みの」
「まあ、そうだね。彼らの言い分を聞いて、どちらも悪い部分があることは伝えたよ」
悠人は先輩を敬う気持ちがない、言いがかりをつけた彼には実力が足りない。厳しいけれど、箱学の自転車競技部は実力主義だ。
「だからと言って、上下関係をおろそかにしていいわけではないからね。ホントに、御するのが難しい部員たちばかりだ」
「まったくだな」
「内輪揉めで問題起こしたらインハイに出られなくなるかもしれないってこと、みんな分かっているのかな・・・」
3人そろって「はー・・・」と深いため息をつく。
そんな理由でインハイ欠場なんてしたら末代までの恥に違いない。
「そろそろボクは胃が痛くなってきたよ」
「部長のオマエががそんな弱気でどうすんだ」
「信頼してるふたりの前だから言っているんだよ」
「まあ、胃が痛てーのはオレも同じだけどよ・・・」
重たくなってきた空気を変えようと私は、
「とりあえず美味しいものでも食べに行かない?」
と声をかけた。
「あ?なんだよ突然」
「気分転換になるかもしれないと思って。どうかな泉田くん、ここはひとつたこ焼きでも」
「いやここはひとつじゃ、」
いいね、と泉田は言った。
「は?おい塔一郎、」
「実は、明日はプロテイン以外を摂取してもいいことに決めてるんだ。たこ焼き、賛成だよ」
「じゃあ決まりだね。週末だし、部活が終わったら食べに行こう」
「おいなに勝手に決めて、」
ユキは行かないの?と泉田は言った。
「そんな目で見んなよ・・・行く」
「やったーたこ焼き!真波も誘う?」
「いいね。葦木場も呼ぼうか」
「おい、あんまわいわいしてるとこ見られンのも変だろ・」
「それはそれ、これはこれだよユキ。ボクも真波も去年、新開さんたちと一緒にお花見に行ったんだ。すごく楽しかったよ」
「はア!?つかそれってもしかして荒北さんもいたんじゃ、」
「?いたけど」
「くそッ・・・!レギュラー入りできていたら・・・!」
かつてのレギュラーたちは、厳しい世界でも楽しくやっていた。メンバーは違っても、きっと今年もそれは変わらない。


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