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「もうだめだ・・・」
期末テストが終わった。大爆死である。公式や文法は必死に詰めこんだけど、それ以外の暗記ものは潔く諦めた。
隣で筆記用具を片付けている田所くんに「どうだった?」と尋ねると、
「勉強会でやったところが出てラッキーだったぜ」
という答えが返ってきた。
「勉強会?」
「巻島んちで金城と3人でな」
めちゃくちゃ行ってみたいぞ。
「そうなんだ、いいなあ・・・」
「んな心配しなくたって、みょうじは頭いいから点取れてるって」目標が赤点回避、なんて言えない。そして案の定、担任に呼び出されてしまった。
「みょうじーどした?急に点数落として」
「いろいろありまして・・・」
いろいろどころの話じゃない。高校生もテストも久しぶりなんだというのに、赤点をひとつも取らなかっただけで私としては大健闘だ。
「志望校、洋南か明早だったろ?模試の判定はいいんだから次は頑張れよ」
なに・・・?聞いたことある学校名に思わず眉がひくつく。たしか洋南は金城と荒北、明早は福チャンと新開の進学先のはず。
追試の案内をもらい、ため息と共に職員室を出ようとした時だった。
「巻島ァ、いいかげんその髪色直してこい」
思わず振り返る。
「(ま、巻ちゃんだ・・・!)」
髪色で注意をされている。アニメでは緑だったけど、リアルで見るとやっぱりかなり個性的だ。
ぼそぼそと言い訳をして、お説教を終えた彼がやって来る。
「お、」
見下ろす視線と目が合った。
「みょうじが呼び出しくらうなんて珍しいな」
「えっ・・・と」
「・・・まさか、オレのこと忘れたンかよ。1年の時同じクラスだったショ」
「いやっ、覚えてる、覚えてるもちろん!」
とあわてて答える。危ない・・・!冷や汗だらだらの私に巻ちゃんは言った。
「そういや、みょうじとは校庭の隅っこでネコ飼ってた時以来だよな」
「えっ猫飼ってたの!?」
「?飼ってたのはみょうじだろ」
「(あっそうなんだ)」「まァたこの頭で呼び出されちまった・・・メンドクせーなあ」
苦節4か月、すべての苦労が吹っ飛んだ気がした。すごい、巻ちゃんと会話してる・・・!興奮している私の隣で巻ちゃんはため息をついた。毛先がさらりと流れる。
「・・・私は好きだけどな、その色」
「あ?」
「自転車で走ってる時きっときれいだよ」
「・・・・・・」彼はがしがしと頭を掻く。そして「クハッ」と笑った。
「・・・変なヤツだな」

***

赤点は追試でどうにかカバーした。こちらの親に報告した時は驚かれたけど、「次は頑張るから!」と勢いでごまかした。なんとしても次の期末で巻き返すしかない。
実家で過ごす冬休みはびっくりするくらい元の世界と似ていた。美味しいご飯、あったかいお風呂、なんて贅沢なんだろう。ありがとうを連呼していたらお母さんに怪訝な顔をされた。
「さっむ・・・」新学期が始まる2日前に戻ったアパートは極寒だった。とはいえあったかいほうが絶望するのでかまわない。
冷蔵庫の中身がすっからかんだったのを思い出して「ああー」と天を仰いだ。しょうがないので、エアコンをつけ家には入らずに買い物に出かける。
「(今夜は鍋にしよ)」
年明けのスーパーにはおせちの残りが割引きで並んでいる。作るの面倒だしこれでもいいかなあ。売り場で悩みながら、けっこう馴染んでしまっているなあ、なんて考える。冬が終わって、春が来て・・・インハイが始まる。
もう少しだけ、なんて今さら都合の良いことを考えてしまう自分に気付いて「ムシがいいなあ」と我ながら呆れてしまった。

***

冬休み明けの教室。
「おはようなまえ」
「おはよ、元気だった?」
当たり前のようにクラスメイトに挨拶をして雑談をする。ようやく顔と名前が一致してきている。クラス名簿と、体操着に書かれている名字だけを手がかりに必死に覚えた。
苦労したのはあだ名だった。
たとえばフク、てっきり福田とかかと思いきや、福笑いみたいな顔だからというむちゃくちゃな理由だったこともある。ちなみにフクの名前は柏木だった。知らんわ。
1限の選択授業、さっそく隣の席は田所くんだった。
「よおみょうじ」
「おはよう、久しぶり」
宿題を机の上に出していると田所くんは「ちょっと太ったか?」と言った。
「え、なんで分かるの・・・?」
昨日、体重計に乗ったら2キロも増えていた。マジかよ、と彼は目を丸くする。
「冗談のつもりだったんだが、悪い」
「いいんだよ田所くん、ごめんね・・・」
自業自得だからね・・・。
「そういや寒咲さんの店を覗いてんのってみょうじか?」
「!なんでそれを、」
「休み中の練習に顔出してくれたんだよ。名前は聞かなかったって言ってたけど、多分そうなんじゃねえかと思って」
チャイムが鳴って先生が入ってくる。この話はここで打ち切りだ。
・・・と思ったのに、授業が終わると田所くんは「さっきの話だけどよ」と続ける。
「もしかしてほんとに自転車に興味あったりすんのか?」
「・・・チョット、アル」
「なんでカタコトなんだよ。試合を観に行きたいって言ってたよな」
「うん」
「なら一度うちの部活に来てみねえか?」
「いいの!?」
「お、おう・・・もちろん」
私の勢いに田所くんは若干引いているけど、そんなことはどうでもいい。
「今日ヒマか?」
「うん、なにひとつやることない」
「それもどうなんだよ・・・んじゃ、終わったら教室まで迎えに行くわ。金城にも言っとく」
じゃな、と席を立つ田所くんを「待ってるね」と満面の笑みで見送った。
よっしゃ・・・!心の中ではガッツポーズ全開だ。

***

「待たせたな」
「ううん。全然」
なんだこの会話。カップルか。付き合いたてのカップルか。クラスの男子が「え、お前らまさかデキてんの?」と驚いたように言った。
「なワケねえだろ。部活見に来る約束なんだよ」
「この時期に?すげえな」
分かる。高2の冬、いやでも受験が視野に入ってくる時期だ。しかも今まで帰宅部だったド素人が門を叩くにはいささかハードルがありすぎるスポーツ。
それでも足を運ぶ理由はただ一つ、部員の姿を貴重な拝みたいという不純な動機だけだ。
「楽しみだなあ」
「今日は天気がいいから走りに行けるかもしんねえな」
窓の外は久しぶりの快晴だった。階段を一段飛ばしに降りて行くと、
「おい、そんなあわてなくてもいいだろ」
呆れたように田所くんに見降ろされてしまった。
「だって早く行きたいからね」
「変なヤツ・・・」
もともとの関係性は知らない。でも、一緒にいるのはなんだか楽しい。田所くんもそう思ってくれていたら嬉しいんだけどな。
「ここがオレたちの部室」
「お、おお・・・!」
ついに来てしまった、これが聖地・・・!田所くんに続いて中に入る。
「お邪魔します」
「よォみょうじ」
巻ちゃんと呼びたくなるのをぐっとこらえる。我慢やなまえ!
「つか、寒咲さんのお墨付きなんだろ?しっかり案内してやれよ田所っち」
「分かってるよ」
お墨付きってどういう意味だろう。
「荷物は適当に空いてる棚に置けよ」
「はーい」
これがローラー、こっちが手入れ道具の棚、と田所くんが説明してくれるのをふむふむと聞いていると元気な声が響いた。
「手嶋純太、入りまあす!」
き、きた・・・!おそるおそるふり向く。
「(純太だ、本物だ・・・!)」
手嶋純太は私の推しの1人だ。いやみんな推しだけど、とにかくめちゃくちゃ好きだった。突然めちゃくちゃかっこよくなるなんて反則が過ぎる。
先を見据えた戦略、そして見た目からは想像もつかないほどの努力と根性。推しになるのはあっという間だった。
1年生の純太はまだ顔立ちが幼く、髪も短い。なんて貴重なんだ・・・課金させてほしいぞ・・・。
「青八木は委員会で少し遅れます」
「りょーかい。金城も同じ理由で遅くなるらしいから、先に始めてくれって言われてるッショ」
「分かりました」
こちらに気づいた純太と目が合う。推しに認識される日が来るなんて・・・。
「コイツは2年のみょうじ。今日は見学に来てる」
巻ちゃんに紹介されたので「お邪魔してます」と挨拶をする。
「1年の手嶋です。よろしくお願いします」
可愛いなおい。にやけそうになるのを必死にこらえていると田所くんが言った。
「手嶋と青八木は見どころがあるんだよ」
知ってる、と心の中で大きく頷く。
「あの、手嶋くん」
「はい」
「応援してます。頑張ってください」
我ながらなんて図々しいんだろうな・・・とは思うけど、ファンなのでこれだけは伝えたかった。純太は戸惑ったような表情で、
「お、は、はい。ありがとうございます!」
と答えてくれた。
「できれば握手してくれると嬉しいです」
ついてにそう言うと、彼は「え、え?握手?」とひっくり返った声を出した。
「オレ別にすげえ成績とか出してるわけじゃないですけど・・・あ、もしかして誰かと勘違いしてます?」
「してない。ほんとに応援してる」
ありがとうございます、と純太が控えめに差し出した右手と握手をする。
あーやってしまった。でも本当にありがとう・・・。
「変なヤツだなみょうじは」
クハッと巻ちゃんが笑う。
「いいの。ピュアなファンの気持ちなんだよ」
「だってよ。良かったな手嶋」
はい、と純太は照れたように笑った。あーもう可愛い。可愛いの化身だよ・・・。
「すまない、遅くなった」
そこへ金城が現れる。彼は集まった部員にメニューを告げた後、私のそばへ来て言った。
「来てくれてありがとう、みょうじさん」
さん付けされた。そういえば彼とは一度も話したことがない。きっと遠い仲なんだろうな。
「ううん、こちらこそ呼んでくれてありがとう。邪魔しないように隅っこにいるね」
「そんなことないさ。寒咲さんから自転車に興味がある子がいると聞いて驚いたんだ」
たしかに漫画の影響でちょこっとだけかじった。でもそれだけ。
現実の高校とこっちの世界じゃインハイの内容だって違う。だから付け焼刃の知識なんてまるで役に立たないと思う。
「なんにも分からないよ」
「いいさ。オレたちにとっては、ロードレースを楽しいと思ってくれるのが一番大事だからな」
金城の言葉が響く。私でも楽しいって思えるのかな。
「今日は天気がいいから久しぶりにタイムを計ろうと思っている。よかったら一緒に正門まで来てくれないか」
ちゃんとあったかい格好をしてきてくれ、と言われ、コートを着てしっかりとマフラーを巻く。ついでにスカートの下にジャージも履いた。
「だせえショみょうじ」
「寒いからいいの」
スカートを脱いでもグラドルの足は生えてない。金城の掛け声で次々に部員たちが出走していく。
「金城くんは走らないの?」
「ん?ああ、オレはみんなが戻ってきたら田所にタイムを計ってもらうつもりなんだ」
その時、
「すいません、遅れました!」
という声がした。青八木だ。軽く会釈をすれば、彼はハッとして律儀にぺこっと頭を下げた。
「今ちょうど出たところだ。準備ができたらいつでも行っていいぞ」
「はい、大丈夫です」
そう言って彼は愛車にまたがる。
「お願いします」
合図と共に彼は走り出した。みるみる背中が小さくなっていく。
「はや・・・」
「みょうじさんは、部活をやっていないんだろう?」
金城の問いに曖昧に頷く。
「どうして?」
さあ、と答えるわけにもいかず「勉強に集中したくて」と笑ってごまかす。
「もう志望校は決まっているのか?」
言葉に詰まる質問をしてくるな・・・そもそも大学の名前なんてふたつしか知らない。
「あー・・・明早とか?」
金城は「そうか」頷いただけだった。
「・・・インハイをね、見に行くって田所くんと約束したんだ」
「そうなのか」
「うん。すごい楽しみ」
金城くんは「そうだな」と言った。
「オレも楽しみだ」
この夏のドラマを私は知っている。でも、それが実現するかは分からない。


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