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「(あ、)」
巻ちゃんだ。ダルそうな雰囲気で誰かと会話をしている。
背が高くひょろっとしているからなんだかモデルみたいだな。個性的なビジュアルも似合っていると改めて思う。
ふいに目が合った。すると彼はこちらへ向かって軽く手を振る。
もしかして私?いやでもまさか。
まわりを確認すると振り返してる人は誰もいなくて、再び巻ちゃんを見ればくっくっと笑っている。そして友だちと別れて教室の中へやって来て言った。
「みょうじ、せっかく挨拶してんだから反応しろショ」
「えっ私だったの?別の人かと思った」
「ちげえショ。なあ、昨日の部活どうだった?」
「最高だった」
最高って、と巻ちゃんは目を丸くする。
「やっぱ変なヤツだな」
「褒めてる?」
「おー。ていうか昨日はたまたま晴れたから外走ったけど、ほとんど室内練と変わんねえよ」「でもなんかすごかったよ。みんなああやって筋トレとかローラー回してるんだね」
「しばらくは体力作りがメインだろうなあ。走れないからって筋力落とすわけにはいかねえしよ」
たしかにそうだ。今頃きっと箱学も鬼のようなトレーニングをしているんだろう。
「巻島くんは、春になったら大会とか出るの?」
「どうすっかなあ・・・出てもいいけど、どれにするかはまだ迷ってる。ま、エントリーまではまだ余裕があるしじっくり考えとくショ」
「一般の大会もたくさんあるしね。ヒルクライムとかすごいなあ」
すると巻ちゃんは不思議そうな顔をした。
「言ったっけ」
「え?」
「オレがクライマーだって」
「いや、・・・有名だから?」
「つってもほとんど絡みなかったショ。あ、田所っちから聞いたンか?」
なんかそんな感じ、とへらっと答える。いやどんな感じ?
「手嶋のファンだとも言ってたしよォ。もしかしてみょうじ」
ぎく。
「さてはそうとう自転車に興味あんなァ?」
「え、まあ・・・どうかなあ・・・」
ごまかしてみるけど巻ちゃんは動かない。
「なあ。うちのマネやってみねえ?」
「それは無理です」
なんで、と巻ちゃんは不満そうな顔をする。
君たちの未来が変わるかもしれないから、とは言えない。頭がおかしいと思われてしまう。
「インハイを観客席から見たいから」
「マネなら車に乗って道路側から見れるぜ」
「いやでも、エート、勉強もあるし」
「勉強なあ・・・それ言われると強くは出れねえけど。でも、みょうじが来てくれたら今よりもっと楽しくなる気がすんだよな」
その言葉を聞けただけで飛ばされた甲斐があったというものだ。でも、やっぱりだめだと思う。
「すっごく応援してる。だけどやっぱり、足引っ張っちゃうと悪いから」
「リョーカイ。ま、気が向いたらいつでも言ってくれ。オレらは大歓迎だからよ」
そう言って巻ちゃんは席を立った。すると見計らったように「ねえねえ」と友だちが話しかけてくる。
「ん?」
「巻島くんとなに話してたの?」
「部活のことかな。なんで?」
「だって巻島くんってなんか話しかけにくいイメージあったから。なまえと仲良かったんだねー」
私、巻ちゃんと仲良いのかな・・・。
「たまたま昨日、部活を見に行かせてもらったんだ」
「へーなんで?入るの?」
まさか、と笑って答える。
「入らないよ。受験があるしね」
受験。こう言っておけば、たいていの誘いは断れるはずだ。
***
昼休みの購買は戦争だ。最初は及び腰だったが、そんなことではいつまで経ってもなにも買えない。
目当てはもちろん一番人気のカツサンド。ここのカツは柔らかくてでかいし、パンもふわふわなのだ。ちょっと高いのはしょうがない。前線に出てなんとか自力でゲットできたことに満足していると、青八木の後ろ姿を見つけた。ようし。
「買えた?」
「え?あ、」
「私は買えたよ」
そう言って戦利品を見せると、
「良かったですね」
と青八木ははにかんだように笑った。くり返す、青八木が笑った。
「?どうしたんですか」
「ううん、ごめん・・・なんでもない」
あまりの衝撃に一瞬フリーズしてしまった。
「あの、先輩はうちに入部するんですか」
まっすぐな視線が突き刺さる。
「いや、入らな」
い、と答えようとしたその時「青八木!」という声が聞こえた。
「純太」
純太!いたのか純太!
「みょうじ先輩も購買ですか?」
「うん。手嶋くんは?」
「青八木が行くってからついでに買ってきてもらって、俺は自販機に行ってました」
ここでも協力するのか、さすがT2。
「昨日はお邪魔させてもらってありがとう」
「いや、こっちこそ来てくれてありがとうございました。なんか新鮮な感じで、なあ青八木」
青八木はコクッと頷く。ジーン・・・。
「それじゃ、私行くね」
「はい、それじゃ」
とふたりは頷いた。くうっ、なんていい子たちなんだろう・・・。
***
放課後。
遠回りして、こっそり自転車競技部の前を通るふりをする。
「!あった・・・」
部室の前にキャノンデールとコラテックが仲良く並んでいる。推しの愛用の自転車、ぜひ待ち受けにしたい。誰にも見られていないのを確認してしゃがみこんだ。ズーーーム。よし、いい感じ,「おい」
「ひっ」
「なにやってんだオメーは」
いきなり田所くんに見つかってしまった。
「あの、自転車かっこいいなーって思って・・・」
「ああ?自転車?」
そんなに気になんのか?と言って彼は前に立つと、
「これは手嶋ので、その隣が青八木。んでその向こうが巻島、金城、オレのだ」
と説明してくれる。
「お願い、ちょっとだけ見てってもいい?」
「別にいいけどよ」
許可が下りたので堂々と近寄って眺める。うわーかっこいい・・・これにまたがってあのインハイを走るんだ・・・。
「すごい・・・感動する・・・」
「分かるのか?」
「全然」
「なんだよ」
「でも高いのは知ってるよ」
フレームやタイヤの太さもいろいろだ。きっとそれぞれこだわりがあるんだろう。
「ついでに中も見てくか?」
田所くんは部室を指差す。
「・・・だめ。2日連続はさすがに悪い」
「別になんも悪かねえよ。巻島から聞いてんだろ、マネージャーのこと」
「えっなんで、」
「聞いた。みょうじがガリ勉なのは知ってっけど、オレらとしては来てもらえるとすげえ嬉しい」
巻ちゃんに続いて田所くんにまでそんなふうに言ってもらえるとは思わなかった。いやでもガリ勉って。私、そんなに机にかじりついてるイメージある?
正直な気持ちを言えば、やってみたい。だけどこわい。
私が黙ったのを見て田所くんは「無理にとは言わねえけどよ」と言った。
「・・・私、初心者だから絶対みんなの足引っ張っちゃうよ。それに寒咲さんが言ってたけど、今年は妹さんが総北を受験するんだって。あの子ならきっといいマネージャーになるんじゃないかなあ」
「妹は妹、みょうじはみょうじだろ」
「田所くんは頑固だなあ」
「オメーに言われるとは思わなかったけどな」
断らなきゃ、ちゃんと。断らないといけないのに。
私の口から出てきたのは別の言葉だった。
「・・・考えてもいい?」
「おう」
「ちゃんと考えてくるから。だから、答えを出すのはそれからでもいい?」
もちろん、と田所くんは頷いた。
「ありがとよ、みょうじ」
「まだいいって言ってないよ」
「分かってるよ。で寄ってくか?」
私は首を横に振った。
「田所パンに寄ってから帰る」
「ならクロワッサンがおすすめだぜ。そろそろ焼き上がりの時間なんだ」
そんな話をしながら校門まで見送ってもらう。
「じゃあな」
「うん、バイバイ。また明日」
***
一方、部室。
古賀の頭の中でふたりの会話がリフレインする。
”考えてもいい?”
”おう”
”ちゃんと考えてくるから。だから、答えを出すのはそれからでもいい?”
”もちろん。ありがとよ、みょうじ”
「(告白だ・・・しかも見送りまで、これは絶対に脈ありだ・・・!)」
「田所っち」
「ん?おお巻島」
「急に外出てどした?」
「みょうじが来てたんだよ」
みょうじが?と彼は言った。
「クハッ、好きだなァあいつも。で、なんて?」
「考えてみるってよ」
「マジかよ。オレには断ったくせに」
明日シメるかぁ、やめとけ、とふたりは笑っている。
「(オレには断った、だと・・・!?どういうことだ・・・まさか三角関係・・・!?)」
***
考える。考える。何を。
一番に考えないといけないのは、元の世界に帰ること。それが実現するまでは、一日でも早くこの世界に馴染むことだ。矛盾している。
ベッドの上で天井を見つめた。
何やってるんだろう。帰り方を見つけないといけないのに、勉強しないといけないのに。
明日の2限、小テストがあるって言ってた。クラスメイトからのメールも返さなきゃ。進路のこともちゃんと考えないと、この世界の私が帰ってきても困らないように。
「もうやだ・・・」
疲れたよ、やめたいよ全部。
こんなの聞いてない、なんにも楽しくなんかない。
がんばってるんだから誰かお給料よこせ。
「自転車競技部の、マネージャー」
心の中に引っかかっているトゲを声に出してみる。
やってみたい。だけどそんな余裕がないことは理解している。
必死でやってきた勉強だってまたついていけなくなるかもしれない。そうだよ、受験。受験がある。
だめだ、やっぱり。
唇を噛む。涙がこぼれた。
くそ、くそ。怒りがこみあげてくる。
やりたくて高校生をやり直してるんじゃない。大好きなマンガの世界に来てるんだから少しくらい楽しまなくちゃ。
巻ちゃんが空けた壁の穴だって見てみたいし、坂道たちの成長だって見たい。
幹ちゃんから自転車の話を聞いてみたい、インハイの熱量を思いきり感じたい。
マネージャーをやってみたい。みんなが頑張る姿を近くで応援したい。観客席からじゃなくもっともっと近い場所で。
でも、そしたらストーリー変わっちゃうのかな。総北が勝てなくなっちゃうのかな。
どこかふっ切れた前向きな気持ちと躊躇いが混ざり合う。
考えるのに疲れて、いつの間にか明かりを消さないまま眠っていた。
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