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「部活どお?」
仲の良い友だちが聞いてくる。
「楽しいよ。まだ全然役に立ってないけど」
「あー室内だしね。ま、いいじゃん。金城くんとお近づきになれるチャンス」
「え?」
「隠れファン多いんだよ。知らないの?」
言われてみれば、本で読んだ時もなんかモテていた気がする。
「そうなんだ」
「真面目でいい人だからねえ」
「だけど、巻ちゃんも田所くんもいい人だよ」
すると「それ!」と彼女は言った。
「巻島くんのこといきなり巻ちゃんって呼び出したのずっと気になってた!」
「えっ、そうだったの?」
まさか付き合ってんの、とひそひそ声で尋ねられ私はあわてて否定する。
「そんなおそれ多い・・・!」
「おそれ多いって・・・いや、いい人なんだと思うよ?ただイマイチ中身が分かんないっていうか、アタマもすごいし」
タマムシ色ね・・・確かにものすごく目立っている。
「似合ってると思うんだけどね」
「もちろんあの色は彼にしか似合わんけどさ・・・ねえ」
「なに?」
「なまえ、ちょっと変わったよね」
心臓が跳ねた。
「変わったって、どんなふうに?」
「なんだろ、運動部と全然関わるようなタイプじゃなかったし・・・うまく言えないけど、前はあんたともっといろんなこと話してた気がする」
何気ない言葉が針のように刺さる。彼女が言うとおり、私はぼろが出ないよう当たり障りのないことばかり話している。
「そうだったかも」
「さみしーじゃん、もっといろいろ話そうぜ。あ、そうだ猫!元気にしてるよ」
「猫?」
「名前覚えてる?信玄だよ」
もしかして・・・カマをかけるつもりで私は言った。
「前に校庭で飼ってた、」
「そーそー。かっこよくなってもらいたいから武田信玄から名前とったんだよ」
ごっついな。甲斐の虎か・・・。
写真あるよ、と彼女は携帯を取り出して見せてくれた。
「あ、可愛い!」
「でしょー。来た時は赤ちゃんだったのに1年でこんなに大きくなっちゃってさ」
他愛ない会話でピースが埋まっていく。そうか、校庭の猫ちゃんは幸せに暮らしてるんだ。なんだか安心して鼻の奥がつんとする。
「ね、その写真もらってもいい?」
「おーいいよ、送るね」
***
「あ、」
部活に行く途中、見慣れた後ろ姿に「巻ちゃーん」と声をかける。
「ん?・・・おお」
振り向いた彼は立ち止まって私を待っている。
「早えーな、みょうじ。また部室の前で待つことになるぜ」
「あっ、そうだった」
「つか中いてもいいけどな別に。冬だし、レーパン履くワケじゃねェから。せいぜいジャージ履き替えるくらいだしよォ」
「でも申し訳ないし・・・」
「女子をクソ寒ぃ外で待たせるほうが悪いショ」
並んで歩きながら「あのね」と切り出す。
「前に校庭で飼ってた猫の写真もらったよ」
「へえ」
携帯を見せれば巻ちゃんはホォ、と声を出した。
「かわいーショ」
「名前なんだと思う?」
「・・・タマ」
「はずれ」
分かるかよ、と彼は寒そうな鼻にマフラーを被せる。
「正解はね、信玄」
「すげーセンスだな」
その時「おう巻島!」と声がした。
「田所っち」
「よおみょうじも。オメーらこれから部活だろ?オレも一緒に行くわ」
さっきのヤツ田所っちにも聞いてみろショ、そう言われて私は同じ質問をする。
「あァ?名前・・・?タマじゃねェのかよ」
「クハッ!オレと田所っち発想が変わんねェショ」
「分かるかよンなもん」
すごいなあ、とあらためて感じる。私、巻ちゃんと田所くんと普通に会話してる。・・・なんだか夢みたいだなあ。
もしかして私は、ずっと長い夢を見ているのかもしれない。
「どうしたショみょうじ。ボーッとして」
「なんでもない、ごめんね」
「どーせまた勉強で悩んでンだろ?聞くなよオレには」
田所くんの冗談にくすっと笑うと、「お」と巻ちゃんは私の顔を覗きこんで言った。
「やっぱそっちのがいいショ」
「え?」
「みょうじたまに難しい顔してるからよォ」
「もちっと楽に生きてもバチ当たんねーよ」
そうかな。そうなのかな。
ずっと気を張り詰めていたけど、彼らが言うように少しだけなら緩めてみてもいいのかもしれない。
「何も考えずに生きていきたいなあ・・・」
「楽にしすぎだろそれは」
「ん?」
ストーブのそばで部誌を書いているとコール音が聞こえた。
しばらく鳴り続けていたそれはやがて途切れたが、ふたたび着信を知らせている。
・・・このしつこさ、ひょっとして東堂尽八なのでは!?
「(気になる・・・)」
それとも誰かに緊急の用事かもしれない。部室が無人になるのは気がひけるけど、ぱっと走って知らせてこようか。
そう思った時、
「みょうじドリンク・・・あ?」
「!巻ちゃん」
なんて都合のいい登場なのか。コール音に気づいた彼はげんなりした表情になる。
そのままロッカーの前まで来ると「チッ」と舌打ちをした。こわっ。
「・・・ったく、しつけーショ」
当たりだ。この反応は絶対に東堂だ。
鳴り続ける携帯の電源を容赦なく落とす。
「うるさくして悪かったなみょうじ」
「えっ、いや!全然そんなことは!」
「?ならいいケドよ」
あの、と私はおそるおそる切り出す。
「かけないの?」
「かけねェ」
「そっか・・・」
「なんでみょうじが残念がるんショ」
「何度もかかってきたし、大事な用なんじゃないかと思って」
別に、と巻ちゃんはそっけなく言った。
「あ、私が外に出ようか」
「しつけえショ」
短い返事にはっとして謝る。
「ごめん」
「!・・・いや」
私は「ドリンク取りに来たんだよね」となんでもないように立ち上がった。だけど内心では心臓ばくばく、冷や汗だらだらだ。
「(まずいまずい)」
踏み込んではいけないラインに立ち入ってしまったらしい。私と巻ちゃんの関係はそこまでではないということか。
そもそも東堂って巻ちゃんの中でどういうポジションなの?気軽に話題にしていい存在じゃないのか。
どうぞ、と差し出せば、
「サンキュ」
と言って巻ちゃんは出て行った。残された私。
まじか、やっちまったぜ。
これが原因で気まずくなったら会ったこともない東堂を恨んでしまいそうだ。
「はあー」
ため息がストーブの空気に混ざって溶けた。
***
帰り道、コンビニの前で足を止める。季節限定のラインナップ、おでんでも買って帰ろうかな・・・。
レジで「肉まんも1つ」と頼んだ。学校の制服で肉まんを頬張りながら帰る、今だからこそできる楽しみだ。
のんびり歩道を歩いていると、ふいに、
「先輩!」
と声がした。
「っえ?え?」
振り返ればなんと、横断歩道の向こうでロードバイクに跨った純太が手を振っているではないか。
じゅ、純太・・・?なんで?夢?
振り返そうとして気づいたけど、もしかしたら私じゃないかもしれない。
思わずまわりを見回していると、こちらへ渡ってきた彼は、
「なんでキョロキョロしてるんですか」
と笑った。
う、うわーっ本物だ!とわけの分からない感想が頭に浮かんだ。
いつも挨拶してくれるし部活でも話はするけど、こうして一対一で会話するのは初めてかもしれない。
「あの、手嶋くん、青八木くんは?」
「青八木とは帰り道が別なんで」
「あ、そうなんだ」
「先輩は同じ方向なんですね」
そうだね、と答える。手の中の肉まんを握りつぶしてしまいそうだ。・・・肉まん!
「あの、よかったら半分食べない?」
「えっ」
いいんですか、と純太は驚く。
「手嶋くんさえよければ」
「いや、先輩こそ・・・こんなに小さいのに」
高校生男子にとってはコンビニ肉まんは小さいという認識なんだな。
おでんの袋を見せると、彼はマジかと言いたげな顔をした。
「アパート住みなんですよね、1人で」
「うん。今日はおでんの気分」
「おでんって1人分作るのは大変ですしね」
純太の言葉になるほどな、と思った。最初からコンビニおでんの気分でしたとは言わないでおこう。
「オレ、わりと料理するほうなんですよ。レシピとか見るの好きで」
「えっそうなの?」
私の中で純太の株が爆上がりした。
「すごいなあ、そういうのいいね」
「簡単なもんばっかですけどね」
気をつけながらぱか、と割った片方を渡す。
「うまそ、ホントにいいんすか?」
「もちろん」
やり、と言って彼は肉まんを頬張る。コンビニに戻ってすべての肉まんを買い占めたい気持ちだ。
「あの、よかったら先輩んちまで送ります」
「えっ」
そんないいよ悪いよ、と遠慮する。
「だってかなり暗いですよ」
「それは冬だし・・・手嶋くんの帰る時間が遅くなると申し訳ないから」
「オレはロードあるから大丈夫ですけど、あ」
無理にとは言わないんで、と純太は笑った。いい子なんだなあ。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「なんでいきなり敬語なんすか。いいすよ、もちろん」
ロードバイクのライトに照らされた地面を並んで歩く。
「そういや、先輩は青八木のこと知ってたんですか?」
「え?」
「や、なんかそんな気がしたから」
私は前にパンを譲ってもらったこと、スーパーで会ったことを話した。
「あー!あの時の」
「あの時?」
「青八木が先輩にカツサンド譲ったことがあったんです。いやーまさか先輩だったとは・・・」
そんな前にあったことを覚えているとは、さすがT2だな・・・。
「手嶋くんは、」
「先輩は、」
あ、と2人とも止まる。
「ごめんね」
「や、こっちこそすいません。先どうぞ」
うながされ私は「2人はホントに気が合うんだね」と言った。
「まあ、でなきゃ一緒に走れねえし。だけど、先輩こそ青八木と合いそうだなって思いますよ」
「え、・・・そうかな?」
「アイツ無口だけど、無愛想てワケじゃないんです。かと言って顔に出るタイプでもねえけど」
うん、それはとてもよく分かる。部活でも青八木の声を聞くのはかなりのレアだ。
3年になったふたりがグイグイ後輩を引っ張っていくなんてすごいな・・・この目で見たい・・・。
「来年までいれたらなあ」
ふはっと純太は笑った。
「先輩、どんだけ学校が好きなんすか」
「学校はどうでもいいよ。部活のこと」
「へえ、そんなに」
「毎日来たいくらい」
すげえな・・・と彼は呟く。
「だけどオレ、先輩が来てくれたらなって思ってたんで嬉しいです」
「えっ!」
「いい人だなーって思ってたから。先輩が入部したら多分もっと部活が楽しくなるんじゃねえかって」
純太・・・ありがとう純太・・・。
「あの、実は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「前にオレのファンだって言ってくれたやつ、なんでか知りたくて・・・」
やっぱ間違いじゃないですかね、と純太は困ったように笑った。
「そりゃホントだったらめちゃくちゃ嬉しいけど、正直ありえないでしょ・・・」
自信のない表情で頬を掻く1年生の手嶋純太。
私は、言葉を選びながら伝えた。
「まわりの才能に努力の結果が埋もれても、頑張り続けるところがかっこいいと思ってる」
この世界で自分しか知らない、成長した彼の姿。
来年、再来年、大きくなった彼の背中はたゆまぬ努力の証なのだと言えたなら。
「うまく言えなくてごめん。でも、本当にそう思ってるよ」
純太はあっけにとられたような顔をしている。多分、聞きたいのはそういうことじゃなくて「なんでオレのこと知ってるんですか?」って意味なんだろうな・・・。
「あの、」
変なこと言ってごめんとごまかそうとした瞬間、
「ありがとうございます、みょうじ先輩」
と返ってきた。
照れたような純太の笑顔が眩しい。後光が差しているような気がする。
「あと顔が好きです・・・」
「え?顔?」
きょとんとする彼に「着きました」と告げる。
「あ、ここですか」
「うん、送ってくれてありがとう」
「こっちこそ。肉まんごちそうさまでした」
ぺこりと純太は頭を下げる。なんて律儀でいい子なんだ。
「いやいや、半分こでごめんね」
「奢ってもらったのにそんな図々しいこと言わないですよ。そだ、まだ暗くなるの早いし、帰り道1人になりそうだったらいつでも言ってください。先輩の都合がいい時に」
「いいの?ありがとう」
よかったら連絡先交換しませんか、という申し出に「する!」とすぐさま飛びついた。携帯を近づけ受信を待つ。
「・・・よし、オッケー」
おお、おお・・・おおー・・・!
「(感無量だ・・・)」
それじゃオレ行きます、と純太は言った。
「おやすみなさい、先輩。また明日」
遠ざかっていく背中が見えなくなるまで見送る。
連絡先もらっちゃった・・・しかもまた送ってくれるとも言っていた。私は今日死ぬのかもしれない。
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