眩しい羽化


「なまえ先輩はネイルとかしないんですか?」
「ネイル?」
そう聞き返した相手に、
「爪短いから。そういうのって興味ないですか?」
とオレは尋ねる。
「うーん・・・興味なくはないんだけど、弱いから折れやすくて」
ドリンクを用意する手を動かしながら彼女は言った。
「だったらなおさらやったほうがいいすよ」
だよねえ、と先輩は答える。その曖昧な返事になんとなくいらいらした。うちの部はそういう部分がそれなりに厳しい。けど、もう少しくらい気にしてもいいんじゃないかと思う。同じ学年の一部の女子たちより先輩のほうが素顔に近い。
「日焼け止めとかちゃんと塗ってます?」
「一応、あんまり塗り直さないけど。そういうのが蓄積されていくんだよねー」せっかく素材はいいのに。可愛いのに。
「ちゃんとすればいいのに」
口にした瞬間「しまった」と思う。なのに彼女はただ、
「そうだよねえ」
と化粧っけのない横顔で笑っていた。

***

卒業したなまえ先輩は兄貴と同じ大学に進学し、自転車競技部のマネージャーになったらしい。
久々の休み、顔を合わせた隼人くんからそれを聞いて納得する。あの人ロードバイク好きだったもんな。
「次の休み、寿一と なまえとオレでポタリングするんだけど悠人もどう?」
「え?」
「天気いいみたいだしさ。こないだなまえもついにロードバイクデビューしたんだよ」
「・・・隼人くん、先輩と仲良かったっけ」
「いや、箱学いた時はそんなに。部員数多かったからさ。けどうちに来てからは割と話すよ」
ふーんとそっけなく答える。
「オレがいたら迷惑でしょ」
「迷惑だったら誘わないよ。全員知り合いだしさ、行こうぜ」
強引な誘いに仕方なく乗る形で参加を決めたものの、本当はけっこう楽しみだった。今さら好きだったんだと自覚したって相手はとっくに卒業してしまっていたし、連絡先だって知らない。隼人くんに頼るのはなんかいやだし。
グイグイいくのが恋愛マンガのセオリーなのに、現実はそう上手くはいかない。必ずハッピーエンドになるって決まっているならいいのに、なんてくだらないことを考えたりもする。
なまえ先輩、元気かな。オレは制服やジャージ姿の彼女しか知らない。夏が近づくにつれ、オレたちと同じように日に焼けて笑っていた顔が頭から離れない。

***
朝からずっとそわそわしていた。髪型とかヘンじゃないかな。
「(どうせメットで隠れるんだけどさ・・・)」
駅でふたりを待つ。改札の近くで立っていると、大きな荷物を背負った金髪が見えた。
「お、来たみたいだ」
寿一!と隼人くんが手を挙げると、こちらに気付いた相手がやって来る。いた。
「おーなまえ、おつかれ」
「おはようございます、よいしょ」
自転車を背負い直した彼女は「楽しみで寝られなくて」と笑顔を見せた。
「はは、初めての輪行だったもんな。今日はうまいもん食いに行こうぜ」
隼人くんたちよりも一年後輩の彼女だったが、親しげに言葉を交わしている。
「悠人くん」
声を掛けられ、はっと顔を上げた。
「あ・・・久しぶりです」
「久しぶり。なんだか背が伸びたね」
「え、そうですか?」
言われてみればそうかも。ちょっとだけ先輩が小さく見える気がしてなんだか嬉しい。
「みょうじ、髪は束ねておいたほうがいい」
「あ、そうでした」
「寿一、結ぶって言うんだぜ」
ム、そうか、なんて会話が耳をすり抜ける。
薄化粧をしている先輩。オレの記憶の中の彼女より、少しだけ大人に近づいているような気がした。緩く髪をかき上げる指先は淡く色づいている。知らなかった、女の子ってこんなに変わるんだ。
「よし、それじゃ行こうか」
隼人くんは「貸して」と彼女の輪行袋も背負う。
「すみません」
「いいよ、すぐそこだしさ」
三人の少し後ろを歩きながら、ああいうのをさらっとできるからモテるんだろうなあ、なんて考える。持ってきていないお面を今だけは被りたい気がした。
「悠人くん、今年のインハイ楽しみだね」
振り返ったなまえ先輩にオレは答える。
「絶対勝つんで」
「うん。応援してる」
「観に来てくださいよ」
「もちろん、絶対に行くよ」
並んで歩幅を合わせる。綺麗な横顔。
「先輩、ずるいなあ」
本心をぼかして口にすれば、先輩は不思議そうな顔をした。
「なにが?」
「内緒」
アンタにまだオレの気持ちは見せない。少し華やかになった彼女は、隣で懐かしい笑顔を浮かべた。


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