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「38度・・・」
この世界に来て初めて熱を出した。
倦怠感に包まれた意識で学校と両親に連絡を入れ、適当に朝食をとった後ぼすっとベッドに寝転がる。
なんだか、頭がふわふわしている。引き出しの中にしまってあった風邪薬を飲んだからかもしれない。
私、元の世界で常備薬なんか用意していただろうか。もしも入れ替わっていたなら、この子が熱を出したら途方にくれてしまうかもしれない。
まだ高校生なのに、いきなり一人暮らしの社会人をやらなければいけないなんてかわいそうすぎる。早く元に戻ってあげなきゃ・・・
不思議と心細さはなかった。もしかしたら、少しずつ自分の居場所を見つけられたからなのかもしれない。
おそろしいのは、この生活に馴染んでしまうことだった。もっとも夢なら話は別だけど。
***
隣の空席を横目で眺める。
「(みょうじのヤツ、休みか・・・?)」
クラスが違うから欠席かどうかは知らない。
そういや、アイツの連絡先知らねェんだった。まあ巻島あたりが知ってんだろ、アイツら仲いいみたいだしな。金城も部長だから知ってっかもしれねェし。
そう思って昼休みに聞いてみれば、
「いや、知らないな」
「オレも知らねえ」
「はァ!?」
「田所っちが知ってると思ってたショ」
のんきにストローをくわえている巻島に「なんでだよ」と尋ねれば、
「仲良いし」
と返ってくる。
「そりゃオメーだろ。巻ちゃん呼びされてるくらいだしよ」
「あれはみょうじ が勝手に呼んでるだけッショ」
盲点だった、と金城は眼鏡を上げる。
「選択授業にいないのが気になって、さっきクラスの担任に聞いてきた。熱があるそうだ」
「! 風邪か?」
「朝の時点では発熱だけだと言っていたらしいが・・・」
「マジかよ・・・部活の後でパンでも持ってくか」
「田所っち、みょうじの家知ってんのか?」
「あ」
知らねえ。
「マネージャーとはいえ、個人情報だからむやみに聞くわけにもいかないしな・・・」
「元気のかたまりみたいなヤツだと思っていたんだけどよォ」
チャイムが鳴る。
「やべ金城、オレら体育だぜ、着替えねーと」
「!そうだった。また部活で」
「おう」
オレはたしか・・・古文か、寝るな・・・。
***
「お疲れさまです!」
オレの挨拶に「おう手嶋」と田所さんが応じてくれる。
「今日はマネージャーが不在だぜ」
「え?みょうじ先輩休みですか?」
「ああ。熱が出たんだってよ」
「!風邪ですか?」
「あーそれが・・・オレたち全員、 みょうじの連絡先分かんなくてよォ」
「あ、オレ持ってますよ」
「なに!?」
「へっ!?」
おい金城!と田所さんは大声で言った。
「手嶋がみょうじの連絡先知ってるってよ」
「本当か?」
目力の強い視線に思わず「ス、スイマセン」と答える。
「助かった。悪いがみょうじの具合を聞いてもらえないか」
「それは全然・・・あ、連絡先を教えたほうがいいですか?」
「いや、勝手に渡されるのはいい気がしないだろう。みょうじは手嶋を信用して交換したんだから」
うながされるまま、具合はどうですかとメッセージを送る。返信が来る気配はない。
「金城、今日はどうする」
「そうだな・・・タイムトライアルにするか」
「おっいいな!んで誰が測るんだ?」
「みょうじに、・・・」
「あ、オレがやります!」
悪いな手嶋、と金城さんが苦笑した。
「純太」
「青八木。先に走って来いよ」
「いいのか、」
「もちろん」
そう答えれば青八木は「分かった」と短く頷く。
「よし、では正門に全員集合!」
ストップウォッチの感触、久しぶりだ。
みょうじ先輩、昨日はフツーに元気だったんだけどなあ・・・やっぱ一人暮らしってのはいろいろと大変なことがあるんだろう。
フツーに学校行って、マネージャーやってくれて、家帰ったらメシ作ったり掃除とか洗濯とか・・・?うわ、マジ大変じゃん。
「(あとで差し入れ持ってこーかな・・・)」
***
完全に寝すぎた。
「いてて・・・」
高校生とはいえ背中が痛い。ウンと伸びをして固まってしまった体をほぐす。
昼過ぎに起きて水分補給をしてかまたもや寝落ちてしまい、17時過ぎにようやく起きた。
携帯が光っていることに気付いて確認する。
「!」
”具合はどうですか?”
て、て、手嶋純太からのメッセージ。貴重すぎて心の瞳からつう、と涙が流れる。
”たっぷり寝たからだいぶ良くなりました。明日はちゃんと行きます”
つい「出社します」と書きそうになる。仕事・・・ウッ、頭が・・・。
すぐに既読がついてスタンプが送られてきた。同じやつ買おう。
”昨日は元気だったんでびっくりしました”
”ドアんとこに差し入れ掛けといたんで良かったら食べてください”
確認してみると中身の詰まったビニール袋があった。フルーツの缶詰め、田所パンのサンドイッチ、おかゆやスポドリ、ゼリー。こんなにたくさん、きっとみんなで用意してくれたに違いない。
「ん?」
折りたたまれたルーズリーフを広げてみる。
”みょうじいないと調子くるうから早く治せ”
一行だけのメッセージ。名前は書かれてないけど、ノートを借りたことがあるから誰の字か分かる。
「巻ちゃん・・・」
嫌われてしまったんだと思っていた。私、無神経だったのになあ。
メッセージを送ろうとして、そういえば純太以外の連作先を知らないことに気が付く。まあ部活に入るまでは無関係だったし・・・。
明日までに絶対治そう。そして連絡先を交換してマネージャー業に勤しむのだ。
***
翌日。
田所くんと金城くんへのお礼行脚を無事に終えることができた。T2は部活の時だとして残るは、
「まーきちゃん」
同じ授業を選択している巻ちゃんに声をかける。
「おー、みょうじ治ったんか」
「うん、おかげさまで」
巻ちゃんは「フーン」とそっけない。
「差し入れも手紙も、どうもありがとう」
「別に。思いついたの金城だし」「私がいないと調子狂うってほんと?」
私の問いに巻ちゃんは「ちょーし乗んな、あっち行け」とシッシッと手を振ってみせる。あいにく、この時間の私の席は巻ちゃんのお隣だ。前回の席替えで手に入れたたラッキースペース。それを知っているから巻ちゃんもわざとそんな仕草をしてみせたのだろう。
「・・・てか連絡先、知らねンだけど」
不満気な声に「え、あ、そうだね」と答える。
「こういうことがまたあったら困るからよォ・・・教え、」
先生が入ってきて途切れる会話。絶対に「教えとけショ」って言おうとしてたと思う。
巻ちゃんと、連絡先を交換。巻ちゃんの連絡先・・・。私、明日死ぬのかもしれない。
授業の後、今は懐かしき赤外線で連絡先を交換する。
「ん、来た」
さっそく届いた空メールのアドレスをもたつきながら登録する。
「金城たちにも教えていーか?」
「あ、うん!もちろん!」
ポチポチと気だるげに操作する指先を眺めながら、いよいよ自分がこの漫画のメインキャラクターたちと関わっていくのだなあと感じた。どこかのタイミングでスマホにチェンジしたりするのかな。
廊下から「ねーバレンタインどうするー?」というきゃいきゃいした声が聞こえる。
「・・・・・・」
「・・・バレンタインどうする?」
「そこ拾うのかよ・・・別になんもねえショ」
そう言いながら巻ちゃんはポチポチと携帯をいじり続ける。
「金城とかはもらうんじゃねえの、アイツ意外と人気あるしよォ・・・オレとか田所っちはそういうの無縁だな。去年なんか普通にチョココロネ食ってたし」
意外、ではないかもしれない。ふたりとも分かりやすいカッコよさではないもんな。
「手嶋くんたちは?」
「さあ。アイツらの交友関係とか知らねーし」
つかそんな話すんならオメーが持ってこいショ、と言われ思わず目を見開く。
「え、い、いいの!?」
「は?」
「だから、チョコを渡してもいいの・・・?」
「お、おお・・・よく分かんねーけどくれンならもらうショ」
総北メンバーにチョコを渡すイベントが発生するとは。
「お腹壊すといけないから既製品を渡すね」
「別になんでもいーけど・・・別に無理すんなショ、金かかるしよォ」
「そんなこと言わずにぜひお渡しさせてください、あ、日頃お世話になってるから感謝の気持ち!」
「そういう日じゃなくね?」
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