真波山岳の求婚
進学、就職。友だちの恋愛が人生の節目で終わったり始まったりする中、私の隣にはいつも真波がいた。
早々にプロへと転向した彼は、日夜生き生きと世界中の坂を登っている。自然消滅するんだろうなとなんとなく思っていた関係は、意外なほどマメに連絡をくれる彼によって成立し続けている。
見たことがないくらい晴れ渡る青空、どこまでも広がるカントリーロード、メッセージに必ず添えられう写真を見る度、彼が私の知らない遠い場所で戦っているのだと気付かされるのだ。
会いたいなあ、と思う。でも言葉にする勇気がない。伝えてしまったらきっと真波が困ってしまう。正直に言えば、会えない時間が長すぎてよく分からなくなってきた。
静かな晴れた午後、終わりかけの講義を聞きながらちょっとだけセンチな気分になる。
「(センチメンタルってなんだっけ)」
すぐに感傷的という言葉を思い出し、そっかと独り言ちる。
ふいにポケットの内側で携帯が震えた。真波からのメッセージ。
”帰国しました。空港にいるよ”
”空港?どこの?”
”成田”
「(なっ・・・)」
ナンデ・・・・・・?開いた口が塞がらないでいるところへチャイムが鳴った。
***
バスと電車を乗り継ぎようやくたどり着いた。思えば高校の時からいつも振り回されっぱなしだったかもしれない。
「もーどこ・・・・・・」
何番ターミナルだとかゲートがよく分からない。国際線なんてなおさらだというのに。いろんな人に聞いて回ってようやく目的地へ。
「あ、」
窓の外を眺める背中。
「真波!」
振り向いた相手は目を丸くした。おかえり、と声をかけると思い出したように「ただいま」と返事をする。
「会いに来てくれるなんて思いませんでした」
「自分から教えたくせに」
結局4限はさぼってしまった。
「びっくりした、帰って来るタイミングが思ってたのと違ったから」
なまえさんに会いたくなっちゃって、と真波は笑う。
「嬉しいけど、帰ってきてよかったの?」
「たぶん」
「本当に・・・・・・?」
よく見れば荷物だってとても少ない。ちょっとした国内旅行程度の量だ。
空いているベンチに並んで腰を下ろす。
「ホントは帰ろうなんて全然考えてなかったけど、なまえさんのこと考えてたら体が勝手に動いちゃって」
昔と変わらない笑顔で真波は話す。
「一番早く着く便はどれかなって調べたり、チケットも自分で手配したんですよ。言葉とかよく分かんなかったけど翻訳機使ってなんとかして」
「なんで、いきなりそんなに?」
思わずこぼれた疑問に真波は「なんでだろうね」と言った。
「なんかオレ、ずっと先輩のこと思い出してた。ホームシックかなって思ったけど違うんだ」
向こうでやってくのって大変だけど、楽しいこともいっぱいあって。そういう時、「なんで今さんが隣にいないんだろう」って考えちゃってるんです。
敬語混じりに会話をするのは真波の癖だった。先輩後輩だった時のまま抜けていない彼の言葉で、胸の奥がなんだかじわじわと熱くなる。そんなふうに思ってくれていたんだ。
「・・・どうすればいいのか、たくさん考えたんだ」
ふいに真波が私の手を取る。
「なまえさん、オレと結婚してほしい」
全部が止まったような気がした。時間も呼吸もすべて。ありえないようなことが起きたんだって頭のどこかが認識していて、心臓が痛いくらい速い。
大学生だし、真波のキャリアだって始まったばかりだし、これからどんどん遠くなると思っていたのに、
「あ、」
ぽろりと涙がこぼれた。ふしぎ、なんで泣いちゃったんだろう。
「・・・結婚、する。したい、真波と」
張りつめていた真波の表情がふっと和らいだ。
「よかった。まだ早いって言われると思ってた」
「断られるんじゃなくて?」
彼はきょとんとする。
「それは考えてなかったかも」
「遠距離恋愛なのに」
「距離とかそんなの関係ないよ。オレの隣はずっとなまえさんがいい」
この人だと思った。
「私も、真波がいい」
飛行機が飛び立つ音がする。すぐそばでたくさんの人の声がするのに、私たちの空気だけが穏やかな気がした。
「私、英語しゃべれないよ」
「オレも全然。でもなんとかなってるよ」
たくましくなったなあと思う。
後期の授業は英語を履修してみようかな。泣いたと思えばそんなふわふわした思考になる自分がおかしくて、だけどなんだか幸せな気がした。
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