真波と手嶋



「おーッギャラリーめっちゃ多いやん!」ざわつく人混みを見渡す鳴子にオレは「受付行くぞー」と声をかける。
「パーマ先輩が小規模って言うからどんだけしょぼいレースや思ってましたよ」
「天気がいいし、近くにレジャー施設があるからついでに観に来てる人も多いんじゃないか?」
「ああそういう・・・お、」
ハコガク、と鳴子が呟いた。
「あいかわらずぎょーさんおるなあ」
「あっちは層が厚いからな」
うちは少数精鋭、そう答えれば鳴子は「そっちのが強そうですやん!」と笑う。
にしても人数が多いからまとめていくのは大変だろう。泉田も黒田もすげえよなあ。
「箱学のマネージャーて美人やなあ」
「あそこにいる子だろ?3年だよ」
「へー、パーマ先輩の知り合いですか?」
「パーマ先輩てお前・・・少しだけな」
みょうじは真面目だけど気さくな性格だ。初対面の壁が薄いほうだとも思う。
「マネージャーさん、カレシいるらしいスよ」
「へー。なんで知ってんだ?」
「さっきハコガクの人がそんな感じのこと話してました」
別に驚きはしない。可愛いもんな。普通に考えてひとりやふたりいたって変じゃない。いや、ふたりは変か。
「スイマセン、ちょっとあっち行ってきます」
「ん?おう」
遠くで黒田と泉田の焦ったような会話が聞こえる。
「おい真波は!?」
「それがまだ来ていないんだ」
「んだよ、ったく・・・アイツ今日がレースだってホントに分かってんのか」
目が合うと黒田は「お」という顔をした。
「よう手嶋」
「はよ、黒田」
「エントリーしてたのか」
「ああ、個人で数人な。箱学も?」
「ああ、まあ・・・」
言葉を濁した黒田は、
「真波が来ねえンだよ」
と言った。
「苦労してんなあ」
「アイツには振り回されっぱなしだよ・・・あっ!」
真波!と黒田が叫んだ。
「おっせーよ!さっさとエントリーしてこい!」
「スイマセーン」
笑顔で答える遅刻犯の隣にハアハアと息を切らしたみょうじがいる。よく見れば真波が手を引いていた。
お前を探しに行って疲れてるじゃないのか?ほんとマイペースなヤツだよなあ。
「大丈夫か?いつも悪いな」
「いいよ・・・よくはないけど」
いやいや、どっちだよ。
「あ、手嶋くん」
「よ。大変だなみょうじ」
「ああうん、いつものことだから」
恒例行事か、と黒田がつっこむ。
「真波、受付に行くよ」
泉田にうながされ彼は「はあい」と素直に応じる。
「ふたりとも、レース頑張ってね」
「サンキュ。他校だけど応援してくれんのな」
関係ないよ、とみょうじは笑った。
「んじゃオレたちも行くか手嶋」
「おう。またなみょうじ」
真波の行き先を目で追いながら黒田は「頼むぜアイツ・・・」とぼやいている。
ホントに大変だな、箱学は。

***

レースが終わり、機材を寒咲さんの車に詰め込んだ後、オレはドリンクを買うため自販機の前まで来ていた。
「(えーとスポドリ・・・2種類あんのか)」
その時「手嶋くん」と声がした。
「おお、みょうじじゃん」
「おつかれさま。すごく速かったね」
「いやーハコガクの追い上げは圧巻だったわ」
うちも鍛えてますから、とみょうじは笑う。
「そういや、みょうじは真波と付き合ってんの?」
「え?」
彼女はきょとんとした。
「付き合ってないよ」
「あれ、ごめん。そうなんだ」
「どうして?」
「いや、だってさっき手つないでたから」
「ああ、あれは普通・・・って言うのも変だけど、気づいたらあんな感じになってて」
「へー・・・」
ふらふらされるよりはいいから、とみょうじは苦笑した。なるほどな、そりゃそうだわ。
「誰とも付き合ってないよ」
「え?そうなのか?」
「?うん」
「彼氏いるって聞いたけど」
「えっ誰に?」
うちの後輩、と言えばみょうじは「どこどこ?どこに私の彼氏がいるの?」と探す真似をする。
「可愛いからいんのかと思ってた」
「まさかーそんなことは全然!」
上手だな手嶋くんは、と笑う相手になくとなく、
「みょうじは彼氏ほしいの?」
と聞いてみた。
「うーん、そこまでは・・・今は部活で手一杯だし」
「あーだよなあ」
「手嶋くんこそどう?」
「ん?彼女?」
いないいないと首を横に振ってみせる。
「人気あるでしょ」
「いやー?だってオレ凡人だし」
しかも今泉が後輩だぞ?と付け足す。あのモテっぷり見たらそりゃ冷静になるわ。
「手嶋くんは彼女ほしいの?」
「んー、いれば楽しいだろうなとは思うけどさ。オレも今はいいかも」
正直、今は頭ん中が自転車でいっぱいだ。インハイだってある。
「部活が忙しいから連絡も頻繁にできないし」
「忙しいよねー」
「自分がふたり欲しい時あるもんな。みょうじこそ、マネージャーの仕事って大変だろ?」
大変だよ!とみょうじは答えた。
「まずボトル運びがきつい」
「ああ、人数多いもんな」
「そうそう。しかも味が濃いだの薄いだのって言われるし。ちゃんと計量してボトルを振ってるから、好みの問題だと思うんだよね」
「あるある。その日によって微妙に違う濃さが欲しくなるんだよな」
マネージャーあるあるに共感しながら耳を傾ける。分かるぜみょうじ、オレも去年まではほぼ裏方だったからな・・・。
しばらくふたりで盛り上がった。なんかすげえ楽しい。部活だけじゃなく、ロードのこともこんなに話せるとは思わなかった。
「それから真波」
「真波?」
「あの子は山登ってるか昼寝してるかだから、探すのが大変」
そういや遅刻常習犯のフィールドは山だもんな。
オレが口を開きかけた瞬間、
「あ!いたいた」
と声がした。
「ん?真波」
「もー、こんなとこにいたんですか?オレずいぶん探しましたよ」
「ごめんごめん、ちょっと手嶋くんと休憩してた」
ちら、と向けられた視線に「よう」と声をかける。
「えっと、総北の部長さんですよね」
「そ、手嶋な」
一応名乗っておく。多分覚えられてねえけど。
よろしくお願いします、と言った彼は、
「なまえ先輩、そろそろ戻ったほうがいいですよ」
と告げた。
「あれ、もうそんな時間?」
「黒田さん、この後ミーティングあるって言ってました」
「げえー、そっか」
みょうじは苦い顔をしてみせた。
「手嶋くん、いろいろ聞いてくれてありがとう。話せてよかった」
「こちらこそ。またいつでも愚痴ってくれよ」
「ありがとう、助かるなあ」
なまえ先輩、と真波が背中を押した。
「はいはい、行くってば。それじゃまたね、手嶋くん」
「おう」
見送るオレを、真波はちらりと振り向いた。
「!」
やっぱりな、と思う。みょうじを振り回す真波の行動はわざとだ。
それにしてもみょうじっていい子だな。話してて楽しかったし。できるならもうちょい喋りたかった。
あのまま真波に取られるとしたら癪だ、なんて考えが頭をよぎる。そう思うくらい、オレはこの短い時間で彼女のことが気になっていた。

***

レースの翌日の休み時間、携帯にメッセージが届いた。黒田からなんて珍しい。
“ みょうじが連絡先ほしいって言ってるんだけど教えてもいいか?”
ぽこんと続くメッセージ。
“苦労を分かってくれる手嶋くんはマネージャーのよき理解者なんだと”
なんだそりゃ、と思わず笑いがこぼれた。もちろんいいに決まってる。
次に会えるとしたらインハイの時だろうな。
ふと真波の顔がよぎる。・・・真波ねえ。
今のところ、ほっとけない後輩と分かってくれる友人というポジションであることに気付いて苦笑した。


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