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顔も名前も知らないクラスメイトたちの中でなんとか1日を終えた。
「(きっつ・・・)」
カスミちゃんナビキちゃんアカネちゃんアミちゃんレイちゃんマコちゃんミナコちゃんエトセトラ。
授業についていくのもヒイヒイで、仕方がないので帰って参考書や過去問にかじりつく日々。
勉強だけじゃなく何ひとつ知らない人間関係まで履修しないといけないなんてハードル高くない?と思っていたけど、やっぱり花垣武道のほうがしんどいかもと思い直す。マンガではめちゃくちゃ血が出てたし、サンドバッグ状態だったのを思い出し身震いする。
この世界、当たり前のように治安が悪い。中学生がバイクを乗り回し、昼夜関係なくケンカに明け暮れる。小学生の頭にタトゥーを彫るなよ。そのうち刃牙みたいな家が出てくるんじゃないかと半分本気で心配している。
「お、」
曲がり角でドンと誰かにぶつかる。
「っすいませ・・・」
「あ、昨日の」
見上げればドラケンだった。あわてて「昨日はありがとうございました!」と頭を下げる。
「お礼も言えずに申し訳ありません!」
「別に、オレらのが先帰ったし。てか足」
「え?」
「アザんなってんじゃねーか。大丈夫か?」
指摘をされてしまい、ごまかしつつ履き慣れないソックスを伸ばす。
「痛くねえの」
「触らなければ平気です」
これでもだいぶ治ったほうなのだけど、きれいになるまではもうしばらくかかると思う。
「オンナ階段から突き飛ばすとか最悪なヤツだな」
そう吐き捨てたドラケンは「帰り道どっち」と口にした。
「?えーと、あっちです」
「送る」
「えっ?!いや、でも誤解されたら申し訳ないし」
「誤解?」
エマちゃんに、とは言えない。するとドラケンは「ああ、」と頷いた。
「カレシ」
「カレシ!?誰の!?」
「アンタの」
「い、ないので・・・多分・・・」
分からないけど。失礼だとは思いつつ、片っ端から目を通したメールや着信の履歴にはそんな感じの相手はいなかったような気がする。
「誤解されるのは私じゃなくて、」
ドラケンくんが、と言ったら「なんで名前知ってんだよ」となるため口ごもっていると、
「オレもそういうのいねーから別に」
とアッサリ返ってくる。
「はっ、えっ、あの」
「行くぞ」
さっさと歩き出してしまった彼の後をあわてて追いかける。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「お名前、聞いても・・・?」
「龍宮寺堅。ドラケンって呼ばれてる」
「ド、ドラケンくん」
やっと呼べた・・・!喜んでいると「アンタ高校生?」と尋ねられる。
「あっはい」
「なら敬語いらなくね?」
ドラケンに、タメ口を・・・?放心していると、彼のポケットから着メロが流れる。
「んだよマイキー・・・あ?こないだケガしてたヤツ家まで送ってる、そう」
なんでこんなことになっちゃったかな、とぼんやり思う。大好きなマンガの世界、とはいえ今すぐ元の世界に帰りたいのが本音だった。すると今度は私の携帯が震える。
「ん?・・・!」
はっ、花垣武道からのメール・・・!
”お疲れさまです!ケガの具合はどうですか?”
この人やっぱり26歳なんだよなあ、としみじみ思う。中学生は「お疲れさまです」なんて挨拶しない、多分。きっとこれは染みついた社会人としての性だ。
”ありがとうございます、大丈夫です。先日は突然すみませんでした”
”いえいえ、でもスゲーびびりました(顔文字)”
"もしかしてみょうじさんもタイムリーパーなんですか?"
”そうではないんですけど、この世界で起きることをいくつか知っているという感じです”
そう返信していると、電話を切ったドラケンに「カレシ?」と尋ねられた。
「違いますよ」
「敬語」
「えっ、あ、すいません」
呆れた表情を見せた彼は「マイキーも合流してえんだと」と言った。なんやて!?
「こないだ一緒にいたヤツ、あー二人いたけどハーフアップのほう。アンタといるって言ったらその先の公園で待ってるってよ」
はっとする。
私が通っているのは有名私立女子高(らしい)、お財布にはお小遣いがちょっと多めに入っていた。しかもマンションを一人で使わせてもらっているとくれば、生活水準が高い家庭としか考えられない。
タカられる・・・!?
私自身のお金ではないからできるだけ使わないようにはしていた。でもトラブル回避のためだし、ファミレスくらいならまあ・・・でも中坊の食欲はあなどれないしな・・・
「オイ」
「!ハイ」
着いた、とドラケンに言われて前を向けば、マイキーが滑り台の上から手を振った。
「ケンチーン」
「マイキー。ガキの遊び場占領すんなよ」
「いーじゃん、誰もいねえし」
守りたいこの笑顔・・・お願いだから闇落ちなんか絶対しないでほしい。
「あ、そいやケガどーなった?」
「大丈夫です、ありがとうございました」
「つかマイキーこの人に用でもあったんか?」
「ん?別に。ケンチンいねえしヒマだったから」
「あ、なら私はこれで・・・」
するとマイキーは「なんで帰んの?」と首を傾げる。ケンチンいればいいってことじゃないの・・・?
「いーじゃん、オレらと話そうよ。てかどこ中?あ、コーコーセーだっけ」
にこにこしながら尋ねられ思わず頷く。滑り降りてきたマイキーは「あっち」とベンチを指さした。
「座って喋ろーよ」
素直に従う。話そうとか喋ろうとか誘われているようで、実際は命令形にしか聞こえない。「名前なに?」
名前を明かしていいのか迷ったものの、観念して「みょうじなまえです」と告げる。
なまえちゃん、なまえちゃんと彼はくり返す。「なまえちゃんはさあ、コーコーでどんなベンキョーしてんの?」
「頭でも打ったんかマイキー」
「あ、ひでーなケンチン。オレ進学する気ねーから、どんなことやってるか気になっただけ」
教科書を取り出して手渡すと、二人はぱらぱらとページをめくる。
「うわーやべえ全然分かんねえ、ケンチンこれ解いて」「できるわけねェだろ」チンプンカンプンなのは一緒だ。しかもこっちの私の選択科目は理数系だったため、文系だった身にはつらい。「ダチにさ、場地ってヤツいんだけど。ソイツ留年してんだよね」「そうなんですか・・・」知ってる、と心の中で呟く。
「義務教育で留年とかだいぶやべーよな」
ドラケンがそう言った時、マイキーが顔を上げる。
「あ、来た。おーいタケミっち!」
タケミっちと聞いて振り向く。私に気が付いた相手が軽く会釈したのを見て、私も頭を下げた。
「なータケミっちこれ分かる?」
「はっ?いや無理です絶対」
「スゲーよな、お嬢はこれ全部分かるんだって」
「オジョウ?」
「なまえちゃんお嬢様学校に通ってっから」
だいぶ偏見に満ちたあだ名だなと思っていると、
「ンなダセエ呼び方やめてやれって」
とドラケンが肩をすくめた。
「そお?いーじゃんお嬢、まあなまえちゃんがやならやめるけど」
会話を続ける彼らを見ながら思う。頭がいいのはこの体の持ち主で、お金持ちなのはこの子の親。本当の私は何も持っていない。
騙してるなんて意識はもちろんない。だって望んでこうなったわけじゃないし。だけど、
「(なんでこうなったのかなあ・・・)」
花垣武道みたいに過去を変えたいとか、そういう意思が私にあるわけでもない。ただ単純に、純粋に、この物語の結末がどうなるのか楽しみにしていた。それだけ。
そりゃあ推しの三ツ谷くんを生で拝むことができたらその瞬間に死んでもいいけど、かと言ってそこまでの熱量みたいなのがあったわけでもないし、あったとしてもこんなの絶対あり得ないし・・・。
「そういや今日オレらこの近くの神社で集まるからさ」
あぶねーから今夜は来んなよ、とマイキーくんは笑顔で言った。
「絶対に来ません」
「アハハ、そんなに?」
つか腹減ったんだけど、とふいに彼は言った。
「ファミレスなら先行ってろ、オレはなまえちゃん送ってから行く」
「あ、そういや送りの途中だっけ。ならオレも行こーかな。タケミっちも来いよ」
東京卍會総長と副総長に送ってもらうことになってしまった。すれ違う人の視線が刺さる。
「(最強のボディーガードだな・・・)」
「ぞろぞろと悪ィな、なんか」
謝るドラケンに「ううん、ありがとう」と答える。すると彼の表情がふっと和らいだ。
「敬語、なくなったじゃん」
「え?あ、ほんとだ」
正直まだ普通に怖い。でも悪い子たちじゃないとも思える。いや、悪いことはめちゃくちゃしてるんだけど。
しっかりマンションの前まで送ってもらい、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「おう」
「じゃーななまえちゃん」
エントランスの中に入ってゆっくりと息を吐く。
「(疲れた・・・!)」
エレベーターの中、 緊張が一気に解けてへなへなとしゃがみこんだ。
マイキー、ドラケン、タケミっち。存在の圧がハンパない・・・。
適当にご飯を食べて、予習と復習をする。あまりにもチンプンカンプンすぎるので、課目によっては中学まで遡る。つらい。
シャワーの後、ようやく一息ついてコーヒーを淹れていると、携帯がピカピカ光っていることに気付いた。再び花垣武道からのメール。
”お疲れさまです!今ファミレス出ました”
”お疲れさまです。なに食べたんですか?”
デミグラスオムライス、と返ってきた。いいな・・・食べたい・・・
少し話せますか?というメールに「大丈夫です」と返す。電話番号が送られてくるのかと思いきや、
”実はマンションの前にいます(ストーカーではないです!)”
と返ってきたため、びっくりして思わずベランダから下を見下ろした。街灯に照らされている明るい色の髪。ほ、本当にいる・・・。
あわてて下に降りて「花垣さん!」と声をかける。
「あ!スイマセン、急に来ちゃって・・・」
「 全然!とりあえずエントランスの中入ってください」
制服姿の不良と、部屋着の私。形ばかり豪奢なシャンデリアを見上げて「すげえ・・・」と呟いている花垣武道をロビーのソファに座るよう促し、私は切り出した。
「えーと・・・何から話せばいいんだろ・・・」
「なんでも、分かるとこからでいいんで全然」
「コイツ頭おかしいんじゃ、と思われるかも」
大丈夫です、と笑う彼を信じる。
私にとってこの世界はマンガで、主人公は花垣武道だということ。本当は成人した社会人であり、自分と同じ顔と名前の体に入ってしまったこと。
「うっ、そお・・・それってマジ・・・?」
「マジです、 嘘じゃないです・・・!」
お願い信じてくださいとヒンヒンしている私に花垣武道は「あいや、疑ってるワケじゃないです!」とあわてる。
「だから、オレがタイムリープしてんの知ってたんすね!」
「はい、知ってましたすみません」
すげーなんか映画みてー!と興奮していた彼だったが、
「え?てことはもしかしてオレがフリーターでダラダラしていたってことも、」
「はい・・・知ってました、すみません・・・」
「あー・・・そっすか・・・いやまあ、事実なんで・・・」
ははは、と花垣武道は乾いた声で笑う。
「じゃあどうやってオレが過去と未来を行き来しているのかとかも、」
橘直人くんとの握手、と答えると言うと「それも知ってるんだ・・・」と彼は目を丸くする。
「それじゃもしかして、未来が分かるってことですか?」「もちろん、・・・」
その先を言おうとして不意に喉の奥が窮屈になる。・・・あれ?
「・・・・・・ッ」
離そうとすると苦しくなって思わずゲホゲホと咳込んだ。
「っあ、あれ?なんで・・・」
ちゃんと話せる。なのに、大事なことを言おうとするとその瞬間まったく声が出なくなってしまうのだ。
「あの、大丈夫ですか・・・?」
「はい・・・場地くんが、・・・っ」
再び急咳込んでしまう。そうだ、メールで伝えればいいんだ。しかし、携帯で打った瞬間に文字化けして消えていくのを見て、花垣武道が息を飲む音が聞こえた。
「これって・・・言うなってことですかね・・・?」
「でも、あ!ゆっくりボタンを押すから、それを読み取ってくれたら伝わるんじゃ、」
やめたほうがいいです、と彼は遮る。
「声が出なくなって、文字が消えて・・・今度はみょうじさん自身に何かが起きるかも」
「でも、それじゃあ・・・」
知っているだけの未来を何一つ伝えることができない。
「すみません・・・」
消えてしまいそうな声で彼に謝る。俯く私の耳に「大丈夫ですから」と焦ったような声が聞こえた。
「自分の過去を変えようとしてるんだから、やっぱ自分で頑張らなきゃだめっすよね」
「だって、なら私はなんのために来たんですか・・・」
「それは、オレにもよく・・・」
だめだ、こんなの八つ当たりなのに。花垣武道だって困っている。「すいません・・・」
情けなさとやるせなさ、不安が入り混じったものが目からあふれるのをこらえる。
「・・・オレにとっては過去ですけど、みょうじさんにとってはまったく知らない世界すもんね」
「マンガ、読んでたので・・・」
「自分がいた世界じゃないのに?」
見た目に似合わない冷静さで26歳の花垣武道は言った。
「なんでそれ言っちゃうんですか・・・」
「ああー泣かないで、困ったな、ハンカチとかないし・・・」
ぐしぐしと袖でこすっていると、目の前にいた彼は私の隣に座り直した。
「なんもできねえけど、オレ、みょうじさんのこと信じます。元の世界、に帰れるかは分かんないけど・・・東卍とかマイキーくんとか、そういうの全部変えられるように頑張るんで、そしたらたぶん未来もマシになるはずだから」
そしたらみょうじさんもこっちの世界でなんとかやっていけるんじゃないかと、思うんすけど・・・と尻すぼみになりながら彼は言った。
「・・・はあー・・・・・・」
「あ、もしかしてオレ変なこと言いました!?すいません」
「違うんです、なんか、力が抜けちゃって・・・頑張らなきゃいけないなあって」
「・・・別に頑張らなくてもいいんじゃないかなあ」「え?」
「普通でいいと思いますよ、じゃないと息しづらくなっちゃうし」
私の知っているタケミっちの、凛とした眼差しがそこにあった。
「そうですね、ありがとうございます・・・でも、勉強とか本当についていけなくて・・」
「あっ!分かります、全然分かんないっすよね!?」
食い気味に同意してくるのがなんだかおかしくて「どっちなんですか」と思わず笑ってしまう。
「いやーなんか、ていうかちょっと嬉しいんすよね。大人仲間ができたみたいな」
「大人仲間?」
「マイキーくんもドラケンくんも、すげー大人っぽくてケンカも強いけど、やっぱ中学生なんで。だから26歳のオレのまんまで話せるのはありがたいです」
ジーン・・・たしかに・・・。
「花垣さんって、めちゃくちゃいい人ですね。さすが主人公」
「いやいや、てかホントにオレが主人公?何かの間違いじゃなくて?」
「間違いなんかじゃないですよ。私の知っている主人公の花垣武道は、」
どんなことがあっても絶対に諦めないで、前を向いて進み続けるヒーロー。そう言おうとして、やめた。
ヒーローという言葉はきっと、私みたいな存在が軽々しく口にしていいものじゃない。
「・・・とにかくめちゃくちゃかっこいい人なんです!」
「ええー?なんかそれ照れるなあ・・・あ、そうだ。そういえばみょうじさんってお酒とか飲めるんですか?」
「あ、ちょっと飲みます。強くはないんですけど、ハイボールとか」
「いいっすねーハイボール!あー飲みたくなってきた」
あ、やば、と花垣武道は口を押さえる。
「中学生がこんな場所でしていい会話じゃねえな」
言われてみればたしかにそうだ。
「そういやマイキーくん、今日ずっとキゲンがよかったんすよ」
「へーなんで?」
「さあ・・・なまえちゃんにまた会いてえって言ってました」
「な、なんで・・・!?」
会いたいけど会いたくない。
「思ったんですけど、なまえさんは未来で何が起きるのか知ってるんですよね」
「知ってるけど、全部じゃないです。それに・・・私が来たことで、正解の未来が変わるかもしれないし」
最悪の世界線だって知っている。梵天が牛耳る世界。マイキーがいなくなる世界も。
「オレ、何回か過去と未来を行き来してるけど一度もなまえさんに会ったことがないんです」
「はあ、そりゃまあ・・・」
花垣武道は「こっちの世界のなまえさんにも」と言い直す。
「だから、なんかちょっと期待してもいいのかなって」
「いやいや、やめて下さいホントに!私が来たことで死ななくてもいい誰かが死んじゃうかもしれないのに」
「死神ってこと?だったら自分から名乗んないでしょ普通」
ちょっとでもいい方向に行くって期待させてよ、そう口にする彼の目は真剣そのものだった。
「あ、てかオレもしかしてずっと下の名前で呼んでる!?すいません」
「えっ、あ、全然、花垣さんさえ良ければ呼びやすいほうで呼んでください」
おろおろ、社会人同士の手探りの会話。プッと花垣さんは吹き出す。
「じゃあ下の名前で呼ばせてください。あんまり他人行儀だとマイキーくんたちに不審がられるかもしれないし」
そうですね、と頷く。
「そういえばなまえさんって本当は何歳なんですか?」
「今それ聞きます?」
私が答えると、彼は「へーっ、そうなんですか」と目を丸くした。
「やっぱなんか心強いっす。お酒の話もできるし」
飲めないですけどね、と返しながら考える。
もしも正解の未来じゃなくなったとしたら、彼も私も、それ以外のみんなもどうなっちゃうんだろう。死ななくてもいい人が死ぬ未来。死んでほしい人間が生きている未来。
「これだけは言っておきたいんですけど・・・ちゃんと言えるかな・・・」
「え?」
「どんなにボコボコになっても絶対に立ち上がるところが大好きです!あ、言えた!」
「え!?あ、ありがとうございます・・・ていうかオレ、そんなにボコボコにされるんですか・・・?」
「あ、まあ・・・それなりに・・・」
「えーっ・・・」
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