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花垣武道と決めたルール。
私のアドレスは登録しない。
こちらから連絡する時は、必ず空メールを送る。
電話もメールも、やりとりした履歴は残さない。
理由は、この時代の花垣武道と私は他人だから。未登録のアドレスからの空メールなら、見覚えがなければ無視するはず。
「戻ってきてたら、オレからは必ず連絡します。未来に戻る時も伝えます」
これなら大丈夫、と2人で何度もシミュレーションをした結果だった。
「あ、花垣さん22時回ってますよ」
「え!?やべえ、帰んなきゃ」
あー宿題!と彼は天を仰ぐ。
「まあいーや・・・週末だし」
「花垣さんはまだいいですよ・・・私ほんとにもう無理」
「確かに・・・しかも理系でしたもんね」
高校2年生。こっちの私は花垣武道より3歳上の学年だった。
「受験生になる前になんとかしたくて・・・ほとんど受験生みたいなもんですけど」
うわーそっか受験、と彼は頭を抱える。
「帰って勉強しますか・・・」
「そっすね・・」
花垣武道と別れ、部屋に戻る。
・・・うん、まあ、うん。手探りだけど、不安しかないけど、とにかく前に進むしかない。
今は7月。正直、今が漫画のどの位置にいるのかよく分からないけど、血のハロウィンまではまだ日がある。たしか夏祭りだっけ?ヒナちゃんと花垣さんがキスしたり、ドラケンくんが刺されるとかそんな展開だったと思う。
あまりにも朧げな記憶。思い出せ・・・!
とにかく夏祭り、その日だけは家から出ないことにしよう。花垣武道は期待してるって言ってたけど、正直関わるつもりはない。
ケンカに巻き込まれるのはこわいし、ストーリーが変わってしまったらそれこそ大変だ。うん、よし。そうしよう。
「・・・寝よ!」
***
ブォンッヴォンヴォンヴォンッッッ!!!
「(治安悪すぎるだろ・・・)」
朝昼夜関係なく聞こえるバイクをふかす音。コンビニにたむろするヤカラども。マイキーとドラケンも他校に平気で乗り込んで生徒をボコっていたし、ここは修羅の国か・・・。
幸い私の学校はお嬢様女子校らしいので不良は乗り込んでこないものの、やっぱり制服が目立つのかやけに視線が絡みつく時がある。なるべく一人で帰るなと指示が出ているくらい、用心を促されているのは確かだった。
ヴォンッッッ!と風を切って横切っていくバイク。
「ッ、こわー・・・」
どうせどいつもこいつも無免に違いない。事故でも起こしたらどうすんだと胸の中で悪態をつきながら歩いていると、
「あーれー?カワイイ子がいるじゃん」
という声がした。
にやにやウロウロと付き纏う輩。よく見ればスミまで入っている。うざい、こわい、まずい。
「無視すんなって、遊ぼうぜー?」
「(やばい・・・殺される・・・)」
路地裏に連れ込まれて金品を巻き上げられ、連絡先を知られてつきまとわれ恐喝され売り飛ばされる運命を悟っている時だった。
「おいテメーら、何やってんだア?」
現れた第二のチンピラ。終わった・・・。
「あァ?なんだテメー」
「絡んでンじゃねーよ、怖がってんだろうが」
クールな美女が私のためにヤカラにガンをくれている。
「ババアには関係ねーだろ」
「ハ?おまえ今なんつった」
瞬間、ヤカラの顔面に容赦のないこぶしがめり込んだ。
「ヒェッ・・・」
「大丈夫?行くよ」
言われるがまま腕を引かれ、小走りで離れた公園に連れて行かれる。
「このへんあーいうクソガキが多いから気をつけな。ほら、その制服目立つから」
「あ、ありがとうございます・・・気をつけます」
「オウ」
かっこいいな・・・。
「家どのへん?送ったげようか」
「え!そんな、助けて頂いたのに申し訳ないです」
「いいよ、うちすぐそこだから」
あまりのかっこよさに雌猫状態になりながら「あ、でしたら、あの、ぜひお願いします」と答える。
こんなキャラいたか?見覚えないんだけど・・・マンガに出てこないお姉さんもこんなにかっこいいとは知らなかった。
幸いマンションも近かったため、すぐに到着してほっとする。
「あ、ここです。ここの3階」
「エ!?ここ?でっか!!!」
いや声でっか。
「本当にありがとうございました、助かりました」
「いいって。じゃーね」
遠ざかるスタイルの良い後ろ姿。私の目、♡になっていないかな。
***
夜のコンビニ。
「でよー」
「マジで、ウケんだけど」
できるだけ目立たない格好で入り口前にたむろするヤンキーの脇を通って店内へ入る。
まったくこの世界のヤカラは治外法権か?明日の朝食ひとつ買うのも命懸けすぎる。アルコールを買いたいのをぐっと我慢して、パンやお菓子を適当にカゴに放り込んでレジに並んだ時だった。
「あ」
「え」
あの時の・・・!スウェット姿の命の恩人(美人)と再会するとは。
「あ、お先どうぞ」
「おーマジ?ありがと。ケースケもう買うぞー」
すると武骨な手が彼女の持つカゴにポイとペヤングを放り込んだ。
「これも」
「!」
場 地 圭 介!!
「あ、コイツ息子」
「あ、えっ・・・親、子・・・?」
言われてみればそっくりだ。
「誰?」
「こないだ絡まれてたから助けた子」
フーン、と場地圭介は興味なさそうに私を見る。
「その節はありがとうございました、ほんとに助かりました」
会計を済ませながら彼女は「いーって」と明るく答える。
「困ってる相手を助けるのは当然でしょ」
ジーン・・・かっけえ・・・。
「つかこんな遅い時間に1人で出歩くの危ないって」
「ハイ、すみません・・・明日のごはんがなくて・・・」
セルフレジ、体の持ち主に心の中でごめんねをくり返しながら支払いをする。
なんかもういっそ開き直ろうかな?だって買い物の度に罪悪感に駆られるのしんどい。食費はこの体が生きるため、交際費だって経費。
そう考えることにして、ポテチを一個手に取った。
「圭介、ちょっと遠回りするけどいいよね?」
「ア?」
「この子んち通って帰ろ」
「え!いやいや、大丈夫です」
「ダメだって、アブネーからマジで」
ダリィと場地は口にする。すいませんやっぱりダリィですよね!
「アタシが金出してんだから言うこと聞け。行くよ」
うながされるまま彼女の後を追いかける。
「あの、ほんとすみません遠回りになるのに」
「いーのいーの、散歩だと思えば」
気さくでいい人だなあ。
場地は少し離れた位置を歩いている。
ふいに、彼がもうすぐ死ぬことを思い出して暗い気持ちになった。
とはいえ、仮に助かってしまったらどうなるんだろう。私は途中までしかストーリーを知らない。深く読み込んでいるわけでもないから、細かいところまで覚えている自信はないけど、最悪な状況に向かっているのは確かだ。
私が彼らとの関わりを最小限にすれば、きっとストーリーが変わることもなくなるはず。誰かが死んでも、キャラクターが退場しただけと受け入れられる。
場地のお母さんととりとめもない話をしながらそんなことを思った。
「送って頂いてありがとうございました」
「全然、あぶねーから気を付けてね。それじゃおやすみ」
ふたりの姿が見えなくなるまで見送る。本当にいい人だな。
「場地かあ・・・」
只者ではない雰囲気だったな・・・腹が減ったからクルマ燃やす男だもんな。
「ポテチ食べて寝よ・・・」
***
ようやく慣れない学校生活も落ち着いてきた。
わけのわからん数学の小テスト、必死に頭に叩き込んだ英単語の書き取り、体育の後の制汗剤の交換会、きゃっきゃうふふな調理実習。
「(疲れた・・・)」
1日の終わり、もうキャパオーバーだ。帰り道をとぼとぼ歩いていると、ふいに黒い猫が目の前を横切った。
「うそ・・・縁起が悪い・・・」
でも猫は可愛いので後ろをついて行ってみることにした。逃げるでもなく、時々振り返って私の存在を確認しては歩いていく。
人慣れしてるんだなーと思いながら距離を開けて足を進めて行くと、たどり着いたのは団地の敷地だった。
「お、」
猫ちゃんがゴロンと寝転がってお腹を見せてくれたので、ここぞとばかりに撫でる。野良かな、それとも誰かに飼われているのかな?そんなことを考えながらフワフワな柔らかさを堪能していると突然、
「ペケジェー」
という声が降ってきた。
「え?」
はっ、アッ、場地圭介・・・!思わず目を白黒させていると、彼は隣にしゃがんだ。
「コイツ、ペケJつうの、名前」
「へ、へえー・・・そうなんですか」
わしわしと慣れた手つきで撫で回されるのが気持ち良いのか、ペケJはごろごろと喉を鳴らしている。か、可愛い・・・。
ごつごつした手。よく見れば関節がくすんでいる。ボコり慣れている手だ。ちらりと横顔に意識を向ける。
「(もうすぐ死んじゃうのか)」
彼の死はストーリーに必要な要素だ。私はこの世界を内側から見ているだけ、だから感傷的になる必要はない。
けれど息子を亡くした後の彼女と再び顔を合わせた時、凪いだ心でいられる自信はなかった。
これ以上言葉を交わす前に帰ろうと決めて立ち上がる。
「オイ」
「ハイ」
勉強教えてくんね?と彼は言った。
「へ、え?勉強ですか?」
「なんかアタマいいガッコなんだろ?」
「頭良くないです」
「オレよか良いだろ」
それは多分そう。
「でも本当にめちゃくちゃ悪くて、あ」
なぜ今足元に絡みつくペケJ・・・!場地はひょいとペケJを片手で抱え上げると、
「オレんちあっちだから」
と指した。
「あ、ハイ・・・よろしくオネガイシマス・・・」
なぜ・・・無造作に開けられたドアの向こうへおそるおそる足を踏み入れる。
「お、おじゃまします・・・」
すると奥から「ケースケ帰ったん?」と声がした。
「ん?・・・あ!」
「今からコイツにベンキョー見てもらうワ」
「は!?勉強!?つーか友達だったん?」
「ペケJといたから連れてきた」
「アンタそれ誘拐じゃん・・・ごめんねウチのバカが」
「いえ・・・突然お邪魔してしまって申し訳ありません」
「全然いーよ、てかなんならご飯食べてく?」
今日エビグラタンだからさ、と彼女は笑った。
「あ、もうお家の人ごはん作っちゃってるかな?」
「一人暮らしなのでそれはないんですけど、」
「えっ一人!?あんなでっかい家に一人で住んでんの!?」
「一応そんな感じです・・・」
ペケJと戯れていた場地が「「つかベンキョー」と口にする。
「ほんとにうちのアホの勉強見てくれるの?」
ここまで来てしまったら今さら引き返すわけにはいかない。
「私で分かる範囲なら・・・でも全然期待しないでね」
「ごめんね本当に、ありがとね」
コーラ持ってくわ、と言う彼女をキッチンに残して私は場地の部屋に通された。
お。おお・・・・・・。生々しい空間。これが不良男子中学生の部屋か。それなりに散らかっているけど物はあまり多くはないような気がする。
「適当に座れや」
「あ、はい」
ああやばい、緊張して吐きそう・・・しかしそんなことなど知りもしない場地はテキパキと髪の毛を結び厚口のメガネをかける。しかし襟元は緩いので中途半端な姿だ。
「エート・・・あーこれだこれ」
おもむろに開かれたページを覗き込む。Ms.Green・・・懐かしい・・。
「過去形だの未来形だのイミ分かんなくてよぉ」
ドゥーがディドゥんなって何がどうなるん?という質問に頭を抱えながらなんとか問題を解き進めていく。
「モンデー?」
「マンデー」
場地はイライラした様子で問題文を眺めている。
「スシエイズ、イズ・・・」
「スージーね」
「ア?どう見たってスシエだろうが!」
Susie、たしかにどう見たってスシエだけど・・・そもそもこんなところで躓いていたのでは肝心のテスト範囲にたどり着かない。
「あのう、未来形についてお話したいんですけど・・・」
「ア?ミライ?」
「そう、be going toとかwillとか」
「???」
だめだこりゃ〜〜〜〜〜。私は早々にさじを投げた。
***
「おーおつかれ。どう、ちょっとはアタマよくなった?」
「まあな」
ものすごく疲れた。結局、( )が一つならwill、( )( )が二つならgoing toを入れることだけは覚えてくれたはずなので穴埋めだけは何とかなると思う。
「へえ、すごいじゃん。頼むよ、アンタただでさえ留年してんだからさ」
「おー」
知っているので、なんでとは聞かない。羽宮一虎と組んで起こした最悪の事件を思い出して身がすくむ。
考えてみれば、隣に母親がいたとはいえさっきまでひとつの部屋にいたのだ。
ペケちゃんを撫でている手は、よく見れば関節が少し黒ずんでいる。無免許でバイクを乗り回し、暴力をふるうことをいとわない手。・・・そんな世界にいなければ、命を落とすことなんかないのに。
「・・・場地くん」
「んだよ」
「be動詞言ってみて」
「アム、イズ、アー」
「私は、家に、行くつもりです」
「ハア?・・・アイ、アム、・・・ゴーイングトゥー、ゴー、・・・ハウス?」
「ホーム」
「チッ、ハウスも家じゃねえのかよ」
できたよー、と場地くんのお母さんが大きなグラタン皿を持ってくる。こっくりとしたホワイトソース、おいしそうに焦がされたチーズ。
「すご、おいしそう!」
「あはは、今日は上手くいったんだよ」
「いつもはもっとコゲてるもんな」
「るせーバラすな」
お母さん、場地くん、ペケちゃん。当たり前のような光景が壊れる日は近い。
***
食事を終え、くつろいでテレビを眺めている。
「(めちゃくちゃ居心地良い・・・)」
その時、いつの間にか特服に着替えた場地が「ちっと出てくる」と言った。
「また?いいけど、なまえちゃん送ったげてよ」
「ア”ァ?ったく、めんどくせーなー」
「こんな夜遅くに女の子歩かせるワケにいかねーだろ、ちっとは考えな」
本当は「遠慮します」と言いたい。でもこの世界は治安がスラムなので絶対に夜道の一人歩きはしたくない。
私の格好を眺めた場地は、
「ジャージとか持ってねえんか」
とぶっきらぼうに言った。
「え?あ、ないです・・・」
「ハアー・・・」
そのへんにあったジャージズボンをポイと投げて寄越すと、
「後ろ乗るならそれ履け」
と言った。
「え、でも」
「履くなら送る、履かねえなら歩け」
「履きます!」
あわててスカートの下にそれを履く。
「さっさと行くぞ」
「はい!あの、ありがとうございました」
おー、とお母さんは軽く手を振ってくれる。
「またおいでよ」
「ありがとうございます」
考えときます・・・。下に着くと、場地から「ん」とヘルメットを手渡される。
「被っとけ」
「はい」
ひょいとゴキにまたがった場地くんの後ろにおそるおそる腰掛ける。
「もっと深く座れや」
「こんなの初めてで・・・」
「しっかりつかまっとかねーと振り落とされんぞ」
「それは無理!」
やけくそになってがばりと抱きつく。
「うお」
「よろしくお願いします」
中身出るわとぶちぶち言いながら場地くんはエンジンをかけた。
「行くぞ」
「はい!」
ダイレクトに伝わってくる振動、身体を切る風。
「うおお、すご!」
「うっせえ!」
景色も車もびゅんびゅん追い抜いて進むバイク。場地はさらに速度を上げる。すると、
『そこのバイク、止まりなさい』
「え!」
「クッソ、サツに見つかった」
その瞬間グンと舵が切られる。
「うわっ」
「しっかり掴まっとけよ!」
そう叫んで場地は思い切りスピードを上げる。私は今日が命日になることを覚悟した。
***
「おい、着いたぞ降りろ」
「はっ・・・」
意識が半分どこかへ行っていた。ふらふらになりながらなんとか地面に足を付ける。
これは死ぬわ・・・へなへなになっている私を場地は舌打ちをして支えてくれた。
「悪ィな、巻き込んじまって」
「いえ・・・」
ノーヘル無免許運転のニケツ、白バイとの追いかけっこ、連続するスピード違反に信号無視、どれも新鮮な体験だった。絶対に真似してはいけない。
もしかして血のハロウィンよりも前にこの子死ぬのでは?とふと思った。
「場地くん」
「ア?」
「生きて・・・!」
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