羽宮一虎と姉


週末、夕方、仕事帰り。
いつものように電車に揺られて帰るつもりでいたら、一虎からメッセージが来ていることに気付いた。
“今どこ?”
“駅にいるよ”
“駅のどこ”
”南口の改札前だよ”
すると“そこから動くな”と返ってくる。
”来るの?”と聞いたものの返事がない。しょうがないので、改札が見えるカフェで待つことにした。
「(特服だったらどうしよう・・・)」
一虎は不良でガラが悪い。派手で軽薄で好戦的。甘え上手で手がかかる、たった一人の可愛い弟。
一生消えない罪の償いを終えて戻ってきたあの子は、もう前と同じじゃない。それでも大切なのは変わらなかった。
冷たいカフェラテをちびちび飲みながら携帯をいじって待っていると、隣に制服を着たカップルが座った。まるでお互いしか見えていないみたいに腕を組んだり、ひそひそ会話をしては笑い合う。
手の中の携帯が震える。
“どこいんの”
“目の前のカフェにいるよ”
しばらくして、
「お、いたいた。動くなっつったじゃん」
そう言いながら一虎は当然のように私とカップルの間に体を割りこませようとする。
「あ、こっち側に座って」
「なーに1人で美味いモン飲んでんだよ」
「カフェラテ、だっていつ来るか分からなかったから」
一虎は「オレもなんか買ってこよ」と言い残してレジに向かった。オフィスカジュアルの私と制服姿の男の子。カップルからの視線が刺さる。なんか誤解されそう・・・弟なんですと伝えたい。
戻ってきて隣に座った一虎のカップにはクリームがうず高く乗っている。
「それなに?」
「なんか全部乗っけフラペ。飲んでみ、うめーから」
つんと向けられたストロー。
「あ、おいしい!」
「だろー?カロリー鬼だけどな」
機嫌良く笑う彼の首元から覗く虎の彫り物。その存在に気付いたらしい男の子が小さく息を飲む音が聞こえた。
「・・・あ?なんだよテメー」
「ヒッ、あの、」
「ちょっと一虎、やめよ」
ね、となんでもないことのように宥めながら固く握られた彼の拳に触れ、身を乗り出して視界を遮る。
ばたばたと席を立ったカップルに対し舌打ちをした一虎はガンッとテーブルの足を蹴った。
「一虎」
「ッせーな、分かってるよ」
拳をほどき、ごつごつした指を私の指先に絡ませる。拗ねたような口調。
「飲みながら帰らない?」
「・・・居づらくなったんだろ」
「今日ハンバーグにするから、できれば早く買い物行きたくて。いいお肉が売り切れると困るし」
ハンバーグ、と一虎は小さくくり返す。
「もともと一虎を待つためにいたんだし、長居する必要ないから。一虎はどうする?まだいたい?」
「・・・行く」
じゃあ行こ、と荷物を手に立ち上がる。片手に全部乗っけフラペ、もう片方の手は繋がれたまま。
「一虎、いやじゃない?」
「んー?なにが?」
「手、繋いでるの友だちに見られたらいやかなって」
「なんで?」
一虎はわざとにぎにぎとしてみせる。
「オレなまえのこと好きだからいーよ」
「そっか」
「なまえは?もしかしてやだ?」
いやじゃないよ、と答えると弟は満足そうに笑った。
「オレのこと大好きだもんなー」
「はいはい。ねえ、ハンバーグどんなのにしよっか」
「どんな?でかいやつがいい」
「味、デミグラスとかトマトとか、チーズソースとか和風」
「あー・・・分かんねえからなんでも。ネンショーじゃ食えなかったし」
私に歩調を合わせた一虎は身を寄せる。
「どしたの?」
「別に?なんでもねー」
ぎゅう、ときつく手に力がこめられる。
「一虎、ちょっと痛い」
「あ?なまえマジで弱っちいな」
「一虎と比べたらね」
「オレが守ってやるよ。だから、絶対オレを裏切んなよ」
笑顔の奥で揺れる不安定な感情。一虎が少年院から出てくる時、親からは「あなたはあなたの人生を生きなさい」と言われた。あの子に関わっていたら就職も結婚もできなくなるから、とも。
世界にたった1人だけの私の大切な弟。目を離したら、きっとどこまでも堕ちていってしまう。
「どこにも行かないよ。・・・だから一虎も、絶対にどこにもいなくならないでね」
「・・・行かねーよ」
「私には、一虎しかいないよ」
「なまえ・・・、オレ、」
決めた!と私は叫ぶ。
「今日はデミグラス!決まり!」
「・・・イミ分かんねー」
「一虎は?」
「んじゃオレはチーズ。あー早く食いてえな」
人波の中、誰も私たちのことを目に留めない。世界に私たちたった2人だけならどんなに良いだろう。
「一虎」
「んー?」
「大好き」
目を丸くした一虎は「オレも」と彼は笑う。
「ずっとこんなんが続けばいんだけどなー」
続くよ、と私は答える。
11月が近づいている。




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