羽宮一虎


ただいまあ、と玄関から声がした。
「おかえり一虎」
「なんかすげーいい匂いしてんだけど。今日なに?」
ハンバーグと答えると「マジ!?」と目を輝かせる。
「頑張って働いた甲斐があったぜー」
ぎゅ、とお互いを抱きしめる。肩に動物の毛がくっついているのがなんだか可愛い。
「・・・ただいま」
「おかえり。さっきも言ったよ」
「何回言ってもいーんだって」
「お風呂どうする?」
「先メシがいいー」
上着を脱ぎながら「まーじで千冬のやつ人使い荒くて参るわ」と一虎は口にする。
「それだけ繁盛してるってことじゃない?」
「いーけど冷やかしも多くてさあ」
お鍋をかき混ぜていると「それなに」と一虎は覗き込む。
「ミネストローネ、飲める?」
「肉も入ってんならたぶん」
そう言いながら一虎は私を後ろから抱きしめる。
「もうちょっと待ってね」
「んー・・・待つからこうしててい?」
「いいけど、肘とか当たっちゃうかも」
「なまえのエルボーなんか痛くも痒くもねーよ」
「エルボーはしないよ・・・」

***

一虎は一口が大きい。
「・・・うま!」
なにこれめっちゃうまいんだけど、と一虎は連呼する。
「良かった、そんなに褒めてくれてありがとね」
「いやマジでこれうめーよ・・・オレのヨメ最高すぎんだろ・・・ 」
付き合ってから気付いたこと。一虎は食べ方がきれいだ。本人はいい思い出はないかもしれないけど、しっかり教育されたんだなーと感じる。
「千冬と場地に自慢してやりてーな」
私は「今度2人とも呼んじゃう?」と提案した。
「そんなにレパートリーないけど頑張るよ」
すると意外にも「えーやだ」という答えが返ってきた。
「オレの分が減るじゃんか」
「いっぱい作るよ、普段お世話になってるし」
「オレがアイツらのお世話してやってんの」
もりもりと肉を口に運びながら一虎は、
「なあ、明日おべんとにして」
と言った。
「明日お休みじゃなかった?」
「!・・・そうじゃん!今夜は夜更かしだな」
そう言いつつ寝落ちるのが彼なのだ。

***

1時。
ソファで映画を見ているとリビングのドアが開いた。
「寝れねー・・・」
「ごめん、音大きかった?」
「いや、なんか眠ィのに寝れねーだけ・・・」
隣にぽすんと座ると、一虎は私の肩口にぐりぐりと顔を埋める。
「寝ねえの?」
「もうちょっとで終わりそうだから、あと少しだけね」
一虎は興味なさそうに「フーン」と呟く。
「なあ」
「ん?」
「散歩行かね?」
「・・・散歩?」
「うん。飲んだからバイクは乗れねーし。歩こ」
エンドロールが始まりテレビを消す。
「いいよ。行こう」
「ん」
スウェット姿で玄関に向かう彼に「着替えるから待って」と声をかけると、
「いーよそのままで。誰もいねえって」
「そうだけど・・・やっぱり下だけ替える」
ダボついた黒いスウェットの一虎、ルームウェアにデニムの私。当たり前のように手を繋いで静かな夜の中を歩き出す。
「ペケもだいぶ年とったよなあ」
「長生きしてくれてるよね」
「すげーよぼよぼしててさ・・・てかアイツ売られてる他のネコ見てどう思ってんだろうな」
今ではペットショップの看板猫になっているペケちゃんは、勝手知ったるという顔で店内を歩いている。「ペケちゃんに会うためにきました」というお客さんもいるくらいだ。
「なんかオレらも年とったよな」
「老けたかなあ」
「ちげーよ、それだけ一緒にいたんだなってこと」
子供の彼と出会い、万次郎くんたちと一緒に東卍を創り、道を外れず、大人になる姿を近くで見てきた。そして私たちの関係は幼なじみ、友だち、先輩と後輩、恋人という形を経て夫婦になった。10年、20年、その先もきっとずっと。
「ガキの頃からなまえは可愛かったよな」
「あはは、ありがとね」
「あ、冗談だと思ってんだろ。言っとくけどマジだから」
繋いだ手の力が少しだけ強くなる。
「いっつも比べちまうんだよな・・・んで結局コイツよりなまえの方が可愛いってなるんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ、どうしてくれんだよ」
「じゃあでもほら、こうして責任とって結婚してるし」
「そうだけどなんか違くね?」
違くないよ、と私はごまかした。一虎は「あのさ」と口にする。
「ファミレス行かね?」
「えっ?ファミレス?なんで?」
「なんか腹減ったから」
「ええー・・・だってお財布ないよ」
「携帯に金入れてるからヘーキ」
1時過ぎなんだけどなあ・・・とはいえ帰るよりもファミレスのほうが近い所まで来てしまっていた。
「やっぱり着替えてきてよかった」
「だなー、まあオレはスウェットだけど。どうせこんな時間にいんのなんて輩とかだろ、オレらもそうだったし」
「その時の店員さんはきっと怖かったよねえ」
首筋に墨を入れた一虎ももれなく恐怖の一味の1人だったに違いない。けれどそれも今となっては私の好きな彼のチャームポイントのひとつになっている。
「何食おっかなー、やっぱドリアは外せねえよな」
「ほんとに食べるの?お腹痛くならない?」
「ならねーよ、まだ若ぇもん。なまえもまだまだイケるって」
「いやー私はドリンクだけでいいかな・・・」
もう少しでファミレスに到着する。手を繋いでいる時に親指で私の手をすりすりする癖を無意識にしながら、一虎は「こないだ明石兄弟の動画見てさー」と話す。
「アイツらマジでゲームとかやって金もらってんのな・・・すげえ世界だわ」
「でも多分スポンサー?とか、世間の目にさらされてる部分もあるしね」
「千冬が、また炎上してるんスけど春千夜くんたちって場地にいちいち報告してんだよな」
東卍のメンバーが今でも繋がっていることがなんだかとても嬉しい。
「千冬くんたちも今から来られればいいのにね」
「いやーアイツらはな・・・まあオレは明日は休みだから何時間でもいけっけど?」
夜デート、と一虎は機嫌良く口にする。
部屋着とスウェット、真夜中のファミレス。繋いだ手の確かな熱が、きっと私たちにとっての幸せの形なんだろう。


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