場地圭介と姉3
「(帰りたい・・・)」
狭い室内、下手なカラオケ。来るんじゃなかったと今さら後悔する。
他校の男子を紹介してもらうからなまえも来ない?という、普段なら断っているような友だちの誘いに乗ってしまったのには理由がある。
親は夜勤、圭介は集会。誰もいない夜を一人で過ごすのがいやだったからだ。人の気配のない静かな暗い部屋は、自分が本当は独りぼっちなんだと錯覚させる。
「おまえジャイアンかよー」
「俺ジャイアンのやつ歌えるわ」
隣に座っている友だちは「えーウケる」と大声でげらげら笑う。私の分まで盛り上げてくれているような気がしてほっとしていると、こそっと彼女は尋ねた。
「なまえ、何時までここいる?」
「22時くらいかな」
おっけ、と彼女は私の分のグラスも持ってドリンクバーに向かった。
「ねーなまえちゃんだっけ、歌ってるー?」
「歌ってるよ」
名前も分からない彼は馴れ馴れしく脇に座ると「一緒にハモろうよ」とマイクを渡してくる。
「や、今はいいかなー」
するとジャイアンの歌が流れ出した。
「うわうぜーマジで入れたのかよ!」
ねー連絡先教えて、とジャイアンソングに負けないくらいの大声で相手は言った。
「彼氏いるからー!」
私も負けじと大声で嘘つきな返事をする。
「え!?なに!?」
「だーかーらー、」
手の中の携帯が震える。圭介からの着信だった。
「ごめんちょっと」
荷物を持って部屋の外に出る。
「もしもし?」
“おー、今どこにいんの”カラオケと答えると「なんでんな場所にいんだよ」と返ってくる。
「本当は帰りたいんだけど・・・来たの失敗だったみたい」
“迎え行く。駅前か?”
「うん。あ待って、もしかして特服?」
“そーだけど”
あの格好でバイクと一緒にカラオケに乗り入れるのはちょっと・・・と思い「じゃあ外に出て待ってるね」と答えた。
“10分くらいかかんぞ”
「いいよ、ありがと」
電話を終えると、ドリンクバーから戻ってきた友だちが他校の男子と一緒に戻ってくる所だった。
「あ、帰る?」
「うん、迎えに来てくれるっていうから」
「そうなんだ、おっけおっけ」
「誘ってくれてありがとね、ドリンクもごめん」
「いーよー2人分飲むし」
すると男子が「もう帰んの?」と口を挟む。
「親?」
私よりも早く友だちが言った。
「カレシに決まってるでしょ」
「マジ、へー男いんだ」
ちょっと、とささやくと彼女は「いーんだって」と笑顔を見せる。
「なまえがノリ気じゃないの分かってたよ。ごめんね、今日来てんのうるさいやつばっかでさ。私もどっかでハケようと思ってるんだ」
「そうなんだ」
彼女は「まーこっちは平気だから」とあっけらかんと笑った。
「気を付けてねなまえ、うちらは部屋戻ろ」
早く帰るように促してくれた彼女に感謝しながらタバコくさい階段を駆け足で降りる。外に出ると、冷えた夜風が肺の中の汚い空気を追い出してくれるような気がした。
圭介はまだ来ていない。流れていく車をぼんやり眺めていると、「なまえちゃん」と後ろから声がした。
「!・・・あ、」
「もしかして帰んの?早くね?」
まさか連絡先交換をスルーした相手が立っているとは思わなかった。
「迎えが来てくれるから」
「えーつまんな・・・てかマジでカレシいんの?」
「い、いる」
「どんなやつ?何部?てかさ、俺じゃだめ?」
なんでこんなにグイグイくるんだろうと辟易しながら適当に「だめかなあ」と返事をする。
「ちょっとでもチャンスない?」
「そんなに彼女欲しいの?」
「欲しい、あとなまえちゃんみたいな子がいい」
「私みたいな子ならたくさんいるよ」
なまえちゃんがいいんだよーと相手は食い下がる。
「俺さ、マジで好きになっちゃったかも」
「困ったなあ・・・」
その時、騒々しい音と目が眩むような光が私たちを包んだ。
「!」
下向きになるライトの向こう側、特服姿の圭介がこちらを見ている。
「帰んぞ、さっさと後ろ乗れや」
返事より先に体が動いた矢先「待って」と荷物がグイッと引かれる。
「え、まさかカレシってあの人?」
「エート、そう」
「え、マジ?やば・・・」
呆気に取られている彼を残しさっさとバイクに跨ると「ズボンくらい履けや」と呟く声が聞こえた。
「千冬くんは?」
「パーが乗せてく。メット被れ」
渡されたヘルメットを着けているとエンジンが苛立つようにふかされる。
「ごめん、終わったよ」
ゆっくりバイクをターンさせた圭介は、唖然としている彼に目をやると馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
流れるように車の波に乗って走り出すバイク。砂埃みたいな匂いがする特服に体を押しつけ圧に耐えながら考える。今夜も喧嘩してきたのかな。目立つ怪我はしないけど小さなアザを見つけるのはしょっちゅうだから、きっと今日もどこかに新しい傷ができているのかも。
古い団地の定位置にバイクを停め、静かな階段を登る。切れかかった蛍光灯のパチパチという音。
「ただいま」
あくびをしながら先に中に入った圭介は「ア?」と振り返った。
「おふくろいんの?」
「いないけど、なんとなく」
「フロ先入れ」
「いいの?」
「ああ」
お湯を沸かし始めたということはペヤングタイムなんだろう、そう思って脱衣場の扉を閉める。さっさとシャワーを済ませて出ると、入れ違いにトップクを脱いだ圭介が入って行った。そういえば乾くのが遅いってお母さんが文句を言ってたなあ。
髪を乾かしてのんびりしていると、
「おい」
「どしたの?あっ、髪まだ濡れてるよ」
「いんだよ別に」
「よくないの、乾かすから中入って」
スウェットの肩を濡らしている弟を中に引き入れドライヤーのスイッチを入れる。
「んで今日あんなトコにいたんだよ」
「え?」
「しかも絡まれてっし」
答えに迷っていると「オイ」と睨まれる。
「聞いてンのか」
「聞いてるよ、!」
ドライヤーを持つ手をグイと引かれ、部屋は無音になった。至近距離から鋭い眼差しが私を睨む。
「・・・普通だよ、あれくらい。まだ23時過ぎだったし、」
「ヤローもいんのにかよ」
だって、と口ごもる。私だって本当はあんな場所いたくなかったけど。
「・・・カレシ欲しいんか」
「や、そういうのじゃないけど・・・ただ・・・」
誰もいない夜がいやだから、なんて言ったら呆れられてしまうかもしれない。
「オイ」
「はい、ウッ!」
両頬を片手でムニッと掴まれてしまった。仕方なく「1人になるの嫌で・・・」とむぐむぐ答える。
「ア?」
「夜に誰もいないのあんまり好きじゃなくて・・・」
心ばかりのオブラートに包んで答えると、呆れたような気の抜けたような不思議な顔をして手を離される。
「集会来させるワケにもいかねえしよ」
「い、行かない行かない!」
「なんとかなんねえの、それ」
「え?」
「さみしんだろ」
ちゃんと伝わってることに驚く。
「毎回拾いに行くのヤなんだよ、千冬もいるし」
「次からはちゃんと自分で帰るよ」
圭介はため息をついた。
「分かんねーの?」
「・・・行って欲しくない?」
「・・・あんなクソにも絡まれてっし」
無骨な手がくしゃりと私の髪を撫でる。
「終わったらすぐ帰ってくっから。それまでガマンしてろ」
「うん、・・・うーん」
「ア?」
「我慢します」
「おー」
寝るか、そう言って当たり前のように私のベッドに寝転がる相手を「待った待った」とひっぱる。
「え?なんで?」
「もう動くのメンドクセー」
「めんどくさくないって」
「やだ」
圭介はすんっと目を閉じてしまった。
「じゃあ私が圭介の布団で寝ようかな」
「押入れで寝んの?」
「そうだった・・・もー髪もちゃんと乾いてないし・・・」
枕まで取られてしまい、仕方なく隣に横になる。
「ん」
「ん?」
差し出される腕。
「あ、電気消せや」
真っ暗になった部屋。でも不安じゃないのは隣に圭介がいるからに決まってる。背中に回された腕から感じる熱からとめどなく生まれる安心感。
とろとろとした眠気に意識が吸い込まれる前に「おやすみ」と呟いた。
- 10 -