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少しだけ早く講義が終わった日。
入口のドアにもたれかかる背の高いシルエットを横目に、靴を履き替える。
「あ」
その声に振り返ると、相手は口元にニヤニヤと笑みを浮かべて言った。
「スカートめくれてる」
「え!」
ぱっとお尻を触る。
「ウッソー」
「は?」
奇異なものに対する目を向ける。着崩された制服、金髪のトサカ。
「(不良や・・・)」
そういえば稀咲くんもインセクター羽蛾から似たような髪型にチェンジしてたな。もしかしてソフトモヒカン流行ってるのかな。ベッカムも一時期そんな頭してたな。
「サッカーする人?」
なんとなく尋ねてみる。
「は?しねーけど何?」
そっかと思い、曖昧に頷いて塾を後にした。
***
「あ、」
またいる。ぱぱっとスカートを確かめていると「おい」と後ろから稀咲くんの声がした。
「ジャマ」
ひでえ・・・ちょっと立ち止まっただけなのに。
「こないだスカートめくれてるって嘘つかれたから」
フーンと稀咲くんはさっさと私を追い越す。ドアの外に出ると「半間ア」という彼の声がした。
「ンなとこで待ってんじゃねえ」
「いーじゃん別に」
「よくねえよ、さっさと行くぞ」
「ハイヨ」
稀咲くんと並ぶとやけに相手の背が高く見えるような気がした。ふいに振り向いた彼は「お」とあの笑いを見せる。
「パンツ丸見えの女じゃん」
「こないだも今日も見えてない」
ハア?と稀咲くんが呆れたような声を出す。
「知り合いか?」
「んや」
「いわれのない辱めを受けました」
被害を訴えてみると稀咲くんはメンドクサイと言わんばかりの視線を向ける。
「半間、絡んでんじゃねえ」
「あ?コイツお前の女?」
「なワケねえだろ」
「んじゃよくねー?」
不良の考えてることはなんだか分からないなと思いながら「稀咲くんまたね」と声をかける。返事はない。
「ちょい待ち」
ペラッと下半身に風が通った。
「!?」
「テメッ半間!」
「ンだよ見せパン履いてんじゃん。ツマンネ」
「は・・・?ハ!?」
あわてて距離を取り、しっかりお尻を押さえて睨む。
「この、ヘンタイ!」
「おーいいね、もっと言ってみ」
「痴漢野郎、変質者め、犯罪者予備軍!」
「ばはっ意味ワカンネーことばっか言ってる」
「いや意味分かるだろ・・・」
オマエが悪い、そう言って稀咲くんは痴漢の尻をボスッ!と蹴り上げた。
「あでっ。ンだよ、やっぱお前のスケなんじゃん」
「違うっつってんだろ。アブラ売ってるヒマなんかないんだ、さっさとアジト行くぞ」
へーい、と振り返りもせずに痴漢は稀咲くんの後ろを着いて行く。
なんなんだと思ったけど、まあいい。しっかり制裁もしてくれたし、さっさと帰ろう。
***
「よお」
「・・・・・・」
またいた。スカートを押さえてジリジリと距離を取る。
「ばはっ、なんそれ」
「近寄るな痴漢」
つめてェじゃんと痴漢は笑う。
「つか稀咲はあ?」
「まだ授業じゃないですかね」
「フーンそうなん」
手の甲に刻まれた”罪”と”罰”の文字。・・・え、まさか彫ってる?この界隈の不良のタトゥー率は半端ない。ということはこれも・・・?
「センス・・・」
「あ?」
分からない、なにも分からない・・・しいて言うならテストで出題された時に手の甲にあったラッキー、くらいのメリットしか思い浮かばない。
「ま、いーや」
「え、はッ?ちょっと!」
いきなり距離を詰めた痴漢はいきなりスカートの裾を掴んだ。そのままグイと引っぱられるのであわてて着いて行く。
「何すんのやめてよ」
「めくられたくなけりゃ着いてきなー」
「最低!変質者!このッ、離してよー!」
「ばはっウケるめっちゃ吠えんじゃん」
***
ファミレス。
「機嫌直せよおごってやっから」
「奢ってほしくて着いてきたんじゃない」
まーそう言うなってー、と痴漢に差し出されたメニューの一番高いものを指さす。
「は?おまえクソじゃん、いいけど」
「どうも」
タブレットで注文をした相手は「てか俺の名前知ってる?」と尋ねた。
「痴漢」
「ヒデー。半間っつうの」
「ふーん」
興味ない。携帯を取り出そうとして、ふと取り上げられるかもしれないと思いやめる。
「なあ」
「はい」
「もしさあ、大事な奴に裏切られたらアンタならどーする?」
「は?」
禅問答・・・?多分、自分の手の甲の文字に絡めて聞いてきたんだろうな・・・。
「・・・裏切りは罪なので、罰を与えます」
「お、いいねえ。どんな罰?」
知らんわそんなん。どうせタコ殴りとか言わせたいんだろうと思いつつ「考えたことない」と答える。
「へー。あ、来た」
お先、と言って半間はグラタンを口に運び始める。
「稀咲くんはいいの?」
「ア?いーよ別に。用があるワケじゃねーし」
「なんだ、そうなの」
「おー。どっちかーつーとアンタと話してみたかった」
「なんでよ」
「なんか稀咲がおもしれーヤツみたいなコト言ってたから」
なんと。稀咲くんにおもしれー認定をもらっていたとは知らなかった。
「ヤローだったらなあ、みてーなのも言ってた気がする」
「そういえばそんなこと言われた気もする」
「へー、本人にも言ってんだ。あ、アンタのも来たじゃん」
ほかほかのグリルプレートにはお肉やポテトがたんまり載っている。
「カロリーの暴力・・・」
「気にしてんの?食ってやろーか?」
「いいです、全部食べます」
「ばはっいいねえ、食いな」
限界まで頼んで痴漢のサイフを空にしてやろうかと思った。
***
「うっ、お腹苦しい・・・」
「食ってる時にあんなガブガブ水ばっか飲んでりゃそうなるわな」
限界ギリギリのお腹を抱えてゆっくりと歩く私の横で半間はゲラゲラ笑っている。
「そだ、あのさあ」
「なんですか」
「アンタ人殴ったことないだろ」
「ないよ・・・」
したらさ、と半間は言った。
「ちょっと俺のこと殴ってみ」
「は?」
「お試しお試し」
意味が分からない。半間はニヤニヤ笑っている。
「・・・どこでもいいの?」
「いーよ」
利き手でグーを作ると「小っちぇえ手」と笑われる。
スカートのことを思い出し、ちょっとだけ中指の節を突き出した。ヨシ、と気合を入れて思いっきり顔面にパンチを入れる。
「ぐッ、・・・ハア?」
ギロリと目を向いた半間の鼻からタラリと血がこぼれた。
「あっ、うそごめんティッシュ」
あわててカバンから取り出したそれを手渡すと、半間は何も言わずに血を拭う。
「あんさあ、関節使ったろ」
「え?うん」
「アレやんないほうがいいぜ。突き指なるし、ヘタすりゃ骨折れっから」
「へー・・・そうなんだ、知らなかった」
コブシ作る時はさ、と半間はやってみせる。
「こう。親指を中に入れんだよ」
「こう?」
「そんでメチャクチャに殴る。おしまい」
思わず「はあー」と頷いてしまった。なるほどね・・・。
「そんじゃ帰るワ。じゃーな」
「あ、え、・・・ごちそうさまでした」
「そういや奢ったんだった。今度オマエ金出せよ」
「いやだよ・・・」
あっさり背中を向ける半間。ほんとになんの時間だったんだろうなあ、と思う。グリルプレートは美味しかった。
「帰ろ・・・」
***
「稀咲ィ」
「・・・・・・」
「ヒマあ」
「うるせえ黙れ」
つれねえなァ、と半間は唇を突き出す。
「そいやこの前なまえチャンとメシ食ったんだわ」
稀咲の眉間がピクリと反応する。釣れた、と半間は思った。
「・・・お前と?」
「そ」
「あれだけ痴漢だのなんだの吠えてたくせに」
「俺がスカート引っぱって連れてったからなー」
「クソだな・・・マジで通報されるぞ」
「そんでさあ、殴られたわけ」
「は?」
あの日の会話を半間はトロトロとした口調で説明する。
「ヘンな女だよなあ」
「ああ」
「気に入った?」
「別に」
案の定の答えに半間はニヤリとする。
「じゃあオレがもらっちまおうかな」
「知るか。勝手にしろ」
「フーン。あっそお」
立ち上がった相手に稀咲は怪訝そうな目を向ける。
「?どこ行くんだ」
「なまえチャン塾にいっかなー」
「オイ」
「ア?」
「・・・アイツの受講時間はオレと被ってるから今日はいねえよ」
あそお、と半間は肩をすくめる。
「んじゃガッコまで行ってみるワ」
「とんだストーカー野郎だな」
「意外と素質あンのかもなあ」
ひらひらと手を振る背中に、メンドクセエことになったな・・・と稀咲はうんざりしたようなため息をついた。
***
いる。あのヒョロヒョロした猫背の後ろ姿は絶対に半間だ。まさかねとは思うものの私の出待ちなんじゃないかという疑念が捨てられない。
下駄箱で様子を窺っていると友だちがやって来た。
「ねえ、あの背の高い人なんだけどなまえのこと待ってるんだって」
「(やっぱりか・・・)」
教えてくれてありがとね、とお礼を言い、覚悟を決めて痴漢の元に向かう。
「ちょっと」
「お、来た」
無視して帰ろうかと思ったけど、会えるまで待ち伏せさせる可能性があるので早々に顔を合わせることにしたのだ。
「なんでいるの」
「デートしようぜ」
「え・・・いやですけど・・・」
歩き出した私の隣に半間は並ぶ。
「ちょっと、着いてこないでよ」
「やだね」
「子供か」
「義務教育中だし」
「腹立つわー」
あっち、と半間は私の腕を取る。
「なに、」
「マック行こ」
「行かないよ・・・」
「塾ねえって稀咲が言ってた」
「じゃあ授業ないけど予習しに行くことにする」
「いーじゃん。ちょっとだけ、つま先だけ」
つま先だけ入店するってこと・・・?それにしてもやな言い方だな・・・。
あまりにもダダをこねるので根負けしてマックのドアをくぐった。
「おごってね」
「しゃーねえなァ」
中学生にたかるという最低なことをしているのだけど、そもそも貴重なお小遣いを出してまでこの時間を過ごそうとは思わない。半間もいいよと言ってくれたしよしとする。
「何食うの」
「ビッグマック」
「ウケるめっちゃ食うじゃん」
席取っててと言われて適当な場所に座って待つ。にしても、手の甲に罪と罰って彫られた男子とマックに来てるって謎のシチュエーションだな・・・。
しばらくして、トレーを持った半間がやって来る。
「ん」
「ありがとう・・・あの」
「ん?」
「なんで稀咲くんじゃなくて私?」
んー、と半間はあさっての方向を見ながら考える。
「別に?こないだ面白れーと思ったからまた誘っただけ」
やっぱり不良の考えてることは分からない。特にコイツ、脈絡がないというか、どうしてその答えに至ったのか道筋が読めないからだ。
「私、君のこと好きじゃないわ」
「あっそ、別にどーでもいいけど」
ポテトを口に運びながら淡々と答える半間。しょうがないので私もハンバーガーに齧りつく。
「一口」
「・・・・・・」
「んだよ、つれねえなァ」
アー稀咲くん来てくれないかなあ・・・。その時、いかつい格好の男たちが「よお半間」と親しげに声をかけた。
「おお」
「お前のオンナ?」
「まあそんなとこ」
ちがわいと心の中で否定しながらちらりと目を向ける。アザが浮いた手の甲、黒ずんでいる関節。半間が彼らとつるんでいるのは理解できる。え、じゃあ稀咲くんは?稀咲くんも?
「地味だけどかわいーじゃん」
「うるせー散れ」
ヘラヘラ笑って男たちは奥へと消えて行った。
「半間くんさあ」
「・・・なに」
「ポテト一本ちょうだい」
すると彼は「ばはっ」と笑い声を上げた。
「自分のはくんねーくせにオレのイモ取るんだ」
「Lサイズなんだから一本ちょうだいよ」
「全部やるよ。そんかわり、」
マジでオレのオンナになれ、と神妙な顔をして言うものだから「いやだよ」と即答したのだった。
***
「稀咲ィ」
「・・・・・・」
つれねえなァと半間は唇を突き出す。
「今度オマエの塾の時ついてっていい?」
「いいわけねえだろバカか」
「ツマンネ」
「・・・お前、本気であの女に興味持ってるのか?」
「そーだけど」
シュミ悪リィ、と呟いた稀咲に半間は思わず笑い声を上げる。
「先に相手してたの稀咲のほうじゃん」
「向こうから絡んでくんだよ」
満更でもねえクセに、と言うとギロリと睨まれる。
「にしてもあの女、マジで変わってンな」
「ああ」
「躊躇なく殴ってくるし」
「・・・・・・」
「稀咲とウマが合いそー」
「バカにしてんのか?」
「いンや?退屈しなさそうだと思って」
稀咲は思った。オレもオマエもあの女も、全員イカレてるよ、と。
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