場地圭介と姉 2
「・・・・・・」
帰宅して早々目に飛び込んできた、玄関に脱ぎ散らかされている大量のおそろいの靴。
圭介が集会やケンカの時に履いている短いブーツがこんなにあるということは、お友達が来ているんだな。
せめて揃えとこうと思い手を伸ばした矢先、「アッ触ンな!」圭介の大声にびっくりして振り向く。
「全部おんなじやつだからよ、脱いだ時のまんまじゃねえとワケ分かんなくなっちまう」
「じゃあ脱いだ時に揃えてよ」
「それができりゃ苦労しねえよ」
返答に???が浮かぶ。どーいうこと・・・?
「俺のどれだっけな・・・あー多分コレだ」
「みんな足大きいんだねー」
「なまえの足小っちぇえもんな」
「圭介も昔はこーんなに小さかったんだよ」
「んな手のひら団子なサイズなわけねェだろ」
仕方がないので離れた場所で靴を脱いで足を伸ばす。
「ん」
「ん?」
「地面に足着くのやだろ」
圭介の腕につかまり、無事に床へと着地することができた。
「ありがとね」
すると部屋から顔を出したドラケンくんが「お前らまたイチャイチャしてんのか」と呆れたように言った。
「ホント仲良し姉弟だな、羨ましーわ」
「別にフツーだろ」
自覚はある。私たちの距離感は多分かなり近い。
「普通か?まあ俺はそういうのよく分かんねーけど」
「マイキーんとこだって似たようなモンだろ」
「あーそうかも」
手を洗ってからそっと室内を覗くと、
「(うわあ・・・)」
1、2、3・・・6人もおる・・・そりゃ靴も散らかるわ。
バイト終わりの疲れた体を労わるためお風呂に入ろうと思い脱衣所に向かう。時計を見上げれば21時。あの子たちほんとに元気だなあ。
「お、」
カップ麺を持ったマイキーくんと台所で鉢合わせた。
「おかえりなまえちゃん」
「ただいま、?」
「こんな遅え時間までバイトしてんの?」
「今日が遅番だっただけなんだけどね。もしかしてみんな今ごはん?」
「や、どのカップ麺が一番うめえか決めてる」
「あー・・・」
夜中にカロリーの塊を躊躇いなく食べるっていいよね・・・。
「ごゆっくり」
「ん、あんがと」
沸かし直した湯船に浸かりながらふと考える。ごゆっくりって言っちゃったけど、もしかして泊まるのかな。そうなったら、人数分の布団はないので雑魚寝ということになる。
「(まあいっか・・・)」
風呂から上がり、半乾きの髪をタオルで拭きながら部屋に戻った。隣から「これうめえ!」「こっちもイケんな」と盛り上がる声が聞こえる。
ホットミルクでも飲もうと思い小鍋を火にかけていると、圭介がやって来た。
「寝んのか」
「うん、これ飲んだら。みんな今日泊まってくの?」
「布団ねえし無理だろ」
「そっか、だよね」
髪、と圭介は呟いた。
「乾かさねえの」
「ホットミルクできたら部屋で乾かすよ」
「フーン」
「圭介も飲む?」
飲む、と頷いたので牛乳を足す。
「あ、なくなっちゃった」
「味変に使った」
「ありゃーそうなの」
「なんかやな予感すんだよな」
「やな予感?」
「マイキーが飲みてえとか言いそう」
すでにげんなりとしている相手に「それなら3で割るからいいよ」と答えた。
「なんかよお」
「うん」
「なまえも男ならな」
「なんで?」
「したら一緒にいれんじゃん」
「男だったとしても圭介たちのグループ入ってないと思う」
「ヤなんかよ」
「だってケンカこわいし」
殴り殴られ、後遺症でも残ったらと思うとぞっとする。
「小っちゃいケガならいいけど、大きいのは絶対やめてね」
「んなヘマしねーよ」
「分かんないよ、いつかするかも」
二人分のマグカップに熱くなったミルクを注いだ時、
「なんかいー匂いする」
「ウソだろマイキー・・・」
「あ、ホットミルクじゃん。いいなー」
「やんねえからな、牛乳もうねえし」
先手を打たれムッとした顔をするマイキーくんに「半分こする?」と声をかけた。
「いーの?」
「いいよ、少ないけどごめんね」
トプトプと別のマグカップに注ぐ。
「やりー」
「なまえ、マイキーばっか甘やかすなよ」
「そんなつもりは、・・・」
マイキーばっか?圭介は何食わぬ顔でまぐの中身を飲み干している。するとマイキーくんがぽつりとこぼした。
「なまえちゃんて優しーよな」
「そうかな」
「だってバジが弟だぜ?」
「ンだよ」
「オレお前が弟なんてやだもん」
「いい度胸してんな、オレだってマイキーが兄貴とかぜってーやだワ」
パキポキと拳を鳴らす圭介、こんなにあっさり挑発に乗るんだから乗せるほうは楽しいに違いない。
「なあ場地。オレになまえちゃんくれよ」
私たちはそろってぽかんとする。
「はあ?お前何言って、」
からかわないの、と私はマグカップを差し出す。
「ちぇー」
ちっとも残念そうじゃない顔で彼は受け取った。
「なあ場地。怒った?」
「別に」マイキーくんは「なはは」と屈託なく笑う。
「あ、うめえこれ」
「よかった」
圭介は立ち上がると部屋へ戻ってしまった。それを気にもせず、マイキーくんは「あのさ」と私に話しかける。「なまえちゃん、シンイチローのこと好きだったよな」
「別に、あれは」
彼が時を止めて2年。5歳以上も年の離れた相手を好きだったかと今さら問われたら、違うと答えるしかない。
「憧れてただけだよ」
「ふーん。じゃあオレもそれ」
「え?」
「なまえちゃんのこと、そういう目で見てる」
「憧れてくれてるってこと?」
「そういうのは分かんねえけど、たまに場地んこと羨ましいって思うことはある」
心臓が凍る気がした。
圭介の罪を知っている彼が、どんな心境のまま一緒にいるかなんて私には分からない。圭介と羽宮一虎が佐野家にもたらした災厄を、もしも私が彼の立場だったら絶対に許しはしない。
色の濃い瞳に映し出されている私は、弟たちのために大切な人を失った彼に対して何をすることができるのだろう。
「・・・そっか」
「ん。オレ姉貴とかいたことねーからさ、分かんねえんだ」
「別に、たいしたことしてないよ」
「エマがさあ、お姉ちゃんがいたらなーって言うんだよ。おにーちゃんじゃダメなのかよって」
「エマちゃん元気?」
「うん。なまえちゃんのこと話したら会いてーっつってた」
「そっか。もうずっと会ってないもんね」
「なあ、連絡先聞いてい?んでアイツに教えたらダメ?」
「いいよ、携帯持ってくる」
赤外線を合わせる。佐野万次郎。
「ちゃんと行った?」
「うん、ありがとう」
「よし。・・・んじゃそろそろ帰るわ」
「あ、うん。またおいでね」
「いーの?」
「え?」
「バジがいなくても来るかもよ」
その言葉に「待ってるね」と答えた。
***
ドライヤーの音で気づかなかったけど、いつの間にかみんな帰っていたらしい。日付が変わるまで勉強しようと思い机に向かう。
マイキーくん、エマちゃん。・・・真一郎くん。
彼らと向き合う時、どんな顔をすればいいのか分からない。ある意味では、圭介もまた同じだった。
シャーペンを動かす手が止まる。窓を開けて夜風を深く吸い込んだ。胸の奥が苦しい。
暗い部屋、静かな家。一人の夜は好きじゃない。もう寝よう。早く帰ってこないかな。
そんなことを考えながら布団にくるまって目を閉じる。
しばらくしてカタン、と音が聞こえた気がした。
「圭介?」
「寝たんか」
「今起きる・・・」
ドアを開けると、特服を着たままの圭介が立っていた。
「おかえり」
「ん。これ土産」
手渡されたアイスクリーム。
「いいの?」
「コンビニ行ったから」
「圭介のは?」
「ある」
明かりを点け、入るように促す。
「楽しかった?」
「普通」
「そっか、わざわざ買ってくれてありがとね」
蓋を開けるとバニラはうっすら溶けていた。圭介の横顔は髪が邪魔をして見えない。ガジ、とソーダのアイスを咥えた口元だけが露わになった。
「みんなよく眠くならないね」
「慣れてんじゃね」
「私なんか意識が朦朧としてるのに」
ハ?と圭介は振り向いた。
「せっかく買ったアイスの味分かんねーじゃん」
「それはさすがに分かるよ」
一旦食べるのをやめてテキストを片付ける。マイキーくんの話題は出さない。圭介も、多分あえてそうしているんだと思う。
「ガッコ楽しいか?」
「普通かなあ・・・圭介は?」
すると返事の代わりに「ア!」と叫んだので驚く。
「やべ、明日小テストあった」
「ちゃんと点取れそう?」
「舐めんな、ダテに留年してねえワ」
「意味分かんないんだけど・・・」
後日、見事に赤点を取っていたことを千冬くんが教えてくれた。
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