武藤泰弘と姉
「・・・なんでいんだ」
大学の夏休み、久しぶりに会いに来た私の顔を見た瞬間、弟は開口一番そう呟いた。
「ひどい言い方するなあ」
「いや、フツウに驚いて・・・つかカギは?持ってねえだろ」
「 ポストんとこに入ってたよ」
アチャアみたいな表情を浮かべた泰宏に「だめだよ、あんな分かりやすい場所にしまっちゃ」とくぎを刺す。
「だな、やめるわ」
「でも私には合い鍵ちょうだいね」
「いいけどよ・・・今日はダチが来るから大人しくしてろよ」
いつも大人しいでしょ、というと返ってきたのは無言だった。立ち上がってあいかわらずスッカラカンな冷蔵庫の中身を確かめながら「今日ごはん作るから泊まってもいい?」と尋ねる。
「ああ、かまわねえ」
おかずは何にしようかと考えながらきれいにブリーチされた金髪を眺める。毛根が死滅しないか心配だな・・・もうしていたらどうしよう。
「なんか失礼なこと考えてるだろ」
「考えてないよ?」
「どうだか」
「ね、野菜炒めと焼肉をサンチュでくるむっていうのどうかな」
「いいな、うまそうだ」
アイツも食ってくかな、と泰宏は口にした。
「これから来る子?」
「ああ」
「そっか、なら先にお米研いどこ」
四合くらい炊いて余ったら冷凍しよう。
「ねー泰宏、彼女とかできた?」
「別に。なまえは」
「いないいない」
「そうか」
昔から泰宏は体が大きかった。顔立ち、体つき、どこをとっても似ていない。物騒なグループに入ってしょっちゅう人を殴っているようだけど、私にとっては優しくて寡黙ないい弟だと思う。
「お、」
来訪を告げる音が聞こえて泰宏は立ち上がった。お友達のために買い置きしてあった冷たいお茶を用意して待つ。
「なまえ」
「ん?」
「コイツがダチ、サンズ」
泰宏の後ろで、マスクをつけた金髪の美人がペコッと頭を下げるのが見えた。
この美人が・・・ダチ・・・?ダチとは・・・?
「・・・隊長、この人」
訝しげな様子のサンズさんにはっとして「はじめまして、姉のなまえです」と挨拶をする。
「は、ア?姉・・・えっ!?」
血ぃ繋がってんすか、と口にするサンズさんに泰宏は「失礼だなお前・・・」と呆れたように言った。
「メシ食ってけよ」
「いいんですか」
「なまえ、いいんだよな?」
「どうぞどうぞ!」
もしかして未来の妹になったりして・・・なんて考えてちらりときれいな顔に目を向ける。なんとなく居心地悪そうにしているサンズさんに私は尋ねた。
「あの、サンズさんてどんな字を書くんですか?」
「え?あー・・・三途の川のやつです」
「へー・・・さしつかえなかったら下のお名前なんか、」
「ハルチヨ。季節の春に、千の夜」
「えーすっごく綺麗なお名前ですね!いいなあ」
すると目を逸らされてしまった。
「すみません、不躾なことを聞いてしまって」
「別に」
泰宏はといえばあいかわらず無表情のままでいる。それにしても、特服というものを三途さんが着ているのが気になった。トーマン、こんな美人も参加しているのか・・・?
「じゃあ私ごはん作ってるね」
野菜を斬る用意をしていると、
「足らねえと悪いから肉とか買ってくる」
と泰宏が言った。
「いいの?じゃあバッグからお財布持ってっていいよ」
「いや、いい」
「でも」
「これ以上お前に金使わせたくねえから」
すると三途さんが「自分も行きます」と名乗り出る。
「お前も待ってろ」
「・・・ならせめてカネだけでも」
「いいから」
フッ、懐が広い男だな泰宏よ・・・。
「あの」
「あ、はい」
「手伝いとかありますか」
「え!いやいや、座ってて下さい全然」
しかし「そういうわけにはいかないんで」と三途さんは引き下がらない。
「じゃあ、こちらのサンチュを洗ってお皿に用意して頂いていいですか」
三途さんは短く「ッス」と頷いた。
今さらながら、稀有な雰囲気に圧倒される。レディース、ってやつなんだろうな・・・。
「・・・手」
「え?」
「いや、手がなんか、きれいだと思って」
「そうですか?」
ネイルも何もしていないさっぱりとした私の手。
「潔癖なんで・・・ホントは人の作るメシとかヤなんですけど、なまえさんのはなんか食えそうだなって」
ジーン・・・未来の妹(仮)にそんな風に言ってもらえるとは・・・。
「実は、私もちょっとそんな感じで。菌とか気になっちゃううんですよね」
「すげえ分かります」
「除菌シートとかアルコールスプレーとかいつも持ってます」
「最高すね」
なんだか意気投合してしまった。
「そういえば三途さん、すっごく綺麗な髪で羨ましい・・・特別なお手入れとかされてるんですか?」
「特には・・・前に、ロン毛のヤツに石鹸で洗ってるって言われてやったらバリッバリになったことはあります」
「えっ石鹸」
「それからソイツのことマジでブチ殺してやりてえって思ってて」
言葉選びがおっかないんだよな・・・。
三途さんの手はけっこう無骨だ。関節がゴツゴツしている。やっぱりこの子もケンカとかしてるんだろうなあ。
「終わりました」
「ありがとうございました。あの、私こっちのコンロで野菜炒め作るので、隣でお肉焼いてもらってもいいですか?」
「ハイ」
二人で立つとやっぱり狭く感じる台所。横から眺める三途さんの睫毛はやっぱり長い。
「なまえさんは、」
「はい」
「ホントにあの人と血ィ繋がってんすか?」
「あはは、繋がってますよー」
「ホントに?」
「似てないとはよく言われますけど・・・」
やべえっすね、と三途さんは言った。
「三途さんはご兄弟とかいますか?」
「・・・一人です」
「そうなんですかー」
ふいに彼女はマスクを下げた。
「!」
口元に残る痛々しいアザ。それでも美しさはちっとも損なわれていない。
「アンタさ」
「はい、・・・あ」
三途さんの手が私の腰に回される。色素の薄い三白眼に私が映っているのが見えた。
「オトコいんの?」
「い、ないです」
フーン、と彼女は無表情のまま私を見下ろす。
「綺麗好きみてェだし、アンタとならやれそう」
「何を・・・?」
何って、と三途さんはおかしそうにクッと喉の奥を鳴らす。そして、
「なんだと思う?」
とまるで抱きしめるように耳元で囁いた。かすかに感じる清潔な香り。この子本当に10代・・・?壮絶な色気にくらくらしてしまいそうな気がして思わずシンクに手を付いてしまう。
長くて綺麗な髪が頬をくすぐる。なんだか視線を合わせることさえ躊躇われてしまい、床を見つめながら小さく答える。
「分からない、です・・・」
三途さんは「知りたい?」と問う。そう紡いだ唇がゆっくりと近付き、間近で彼女の顔を見つめた。瞳の奥に隠されているはずの獰猛さが静かに私を捕らえる。
その時、ドアが開く音がした。
「あ・・・お、かえり」
かすかな舌打ちをして、三途さんは体を離した。再び隠されてしまった形の良い口元。残念、という声がこぼれた。
台所に顔を出した泰宏は、ドサリと無造作に買い物袋を床に置く。
「こんなにたくさん?」
「ああ。どうせ全部食うだろ」
三途さんは「便所借ります」と出て行った。炊けたごはんを盛り付けながら直前の出来事を思い出す。
「(びっくりした・・・)」
急に近づいた物理的な距離に心臓がばくばく言っている。
戻ってきた彼女と三人で小さなテーブルを囲んだ。
「いただきます」
食事の前に必ず手を合わせるのは昔から変わらない。
「うめえな」
「っす」
もくもくと食べ進める二人。ちょっと行儀が悪いなと思いつつ、中座してトイレに入る。
「・・・あれ」
便座が上がっている。まさか。え、え?もしかして三途さん、女の人じゃ、ない・・・・・・?
突然現れた可能性を抱えて部屋に戻る。端正な顔立ちの三途さん、その下の喉仏。
「・・・あの」
「ん?どうした」
「いや・・・なんでもない」
三途さんがふっと笑ったような気がした。食事の後、洗い物をしている私の後ろで二人は会話をしていた。
「メシ、うまかったです」
そう言って三途さんはぺこ、と私に向かって頭を下げる。
「三途さんも手伝ってくれたので、こちらこそ」
「それじゃ隊長、明日の夜」
「ああ」
玄関が閉まってすぐに私は切り出す。
「あのさ」
「ん?」
「もしかして三途くんだったりする?」
すると泰宏はおかしそうに笑う。
「おまえずっと女だと思ってただろ」
「うん・・・」
やっぱり・・・。
「うん、うんそっか、そっかー・・・」
「悪いことは言わねえ、アイツはやめとけ」
「は、何言って・・・もう!」
「男作るならカタギにしろよ」
「それ泰宏が言う?」
「まあ、そうだな」
アイツだけはやめとけ、と泰宏は再びそう言った。
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