最悪だ。いつもなら家を出る前に天気予報をみて、ちゃんと傘を持ってきていたのに。それに今日は何だか早くに目が覚めたため、通常の時間よりもずっと早く学校に到着した。まだ校舎内はしーんとしている。
「ゲリラめ……許さん」
「邪魔」
「うわっ」
靴箱で必死に体を拭いていれば、後ろからすっと現れたのは無愛想な幼馴染だ。ていうか今邪魔って言ったな?頭の先からつま先まで見事にびしょ濡れの女子をもっと労わってほしい。
「……」
「な、何です?」
「バカじゃないの」
靴を履き替えた勝之は視線だけをこちらに寄越して毒を吐く。毒じゃなくて心配の言葉を述べてほしい。
「そんな小さなハンカチで拭いても意味ないでしょ」
「これしかないもん」
「鈍くさ」
なんで傘持ってこないわけ?と呆れられる。だから今日は朝から別のこと考えててそれどころじゃなかったんだってば。どうせ言っても『言い訳だな』って返ってくるだけだから言わないけど。
「……何」
「ジャージ貸して」
「は?嫌」
「下着!透けてるの恥ずかしい!」
胸の前で腕をクロスして、できる限り隠す。今日に限ってちょっと派手目な下着を身につけていた。なんたる失態。みせる相手もいないのに奮発して買うんじゃなかった。
「……」
「じっとみないで!」
「うるさい」
「へ、変態」
小声で呟けば、勝之はふいっと体の向きを変えて歩き出そうとする。正気かこの男。私は慌てて勝之の腕を掴む。
「ごめん、今のなし!やっぱなし!」
「……何?」
「ジャージ貸してください」
「だから無理」
「じゃあタオルを……」
「……」
眉間にしわを寄せて渋々重そうなエナメルバックを地面に下ろす。迷惑をかけているのはわかっているが、このまま保健室に向かうわけにもいかない。人がいないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「お手数おかけします」
「本当にな」
勝之はゴソゴソと中から大きめのタオルを取り出した。ありがたく受け取ろうと手を差し出せば、不意に腕を掴まれて壁側に寄せられる。えっ。
腕で胸元を隠していたのに、これじゃあ丸見えじゃないか。
「ちょ、ちょっ」
「昨日何してた」
「どういう悪ふざけ!?」
「質問に答えろ」
「なんか今日いつにも増して意地悪……」
上から冷たい視線を感じる。昨日。昨日はカラオケに行って、初めて会った男の子と喋って、
『男子が女子の寝顔見つめる時って、どんな気持ち?』
『可愛いなあ、とか』
『ほう』
『あ〜好きだなあ、みたいな?』
絶対にこの状態で思い出してはいけないことを思い出してしまった。あれは例え話であって、必ずしも勝之がそう思ったとは限らないわけだし。やばい、不本意ながら顔に熱が集まる。
「……チッ」
「わわっ」
ぱっと手を離されたかと思えば頭にタオルをかけられる。雑だなあと思ったが、これ以上機嫌を損ねると後が怖いので口にするのはやめた。
「ありがと――って、もういないし」
勝之はその場から一瞬で姿を消した。
頭にあるタオルからほんのりと勝之の匂いがする。清潔で爽やかな香りにぐっと胸の奥が熱くなった。本当、どうしちゃったんだろう。勝之のこと、意識し過ぎて変な気持ちだ。
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