--欠けた言葉は辿れるか


(「手折られた花のような、」の別視点)




まだ幼かった幼稚園の頃、僕は(そう、まだ自分のことを俺とは呼んでいなかった)その子に意地悪ばかりしていた。毎日会う度に嘘をついては、懲りずに毎回ひっかかるその子に、ばーか、またひっかかった。そう言って毎回笑っていた。

小学校に入学しても、僕は変わらずに意地悪ばかりしていた。入学式で緊張していたその子にいつも通り嘘をついて、偶然同じクラスの隣の席になった時に、やっぱりいつも通り、ばーか、またひっかかった。そう言って笑った。その時にその子が見せた、ほっとしたような微笑みに少し、いやかなり動揺して、危うく椅子から落ちそうになったのは秘密だ。僕は入学したその日にようやく、その子に恋をしていることに気がついた。

小学校二年生、僕は相変わらずその子に意地悪をしていた。ただ、嘘をつくのも、ばーか、またひっかかった。そう言って笑う回数はぐんと少なくなった。その頃は何やら女の子と話すのが恥ずかしいし、男子と遊んでる方が楽しいものだから、あまり気にはしなかった。少し変わったのは、たまにその子を見かけると、妙に気持ちがざわつくようになったこと。


それから、小学校五年生。偶然隣の席になったその子に、俺はとびきりの意地悪をしてしまった。

久々に間近で見たその子は可愛い、よりは綺麗が似合うような女の子に成長していた。
元気ですか、と、その子から話し掛けられて、気持ちがまるで本当に躍っているかのように高揚した。が、直後、また椅子から落ちかけた。いきなりのことで、俺は動揺したみたいだ。
必死で動揺を隠し、ぜーんぜん元気じゃないと嘘をついた。それを聞いて言葉に詰まったようなその子は、やっぱりその嘘を信じたらしい。思わず笑いそうになる、全然変わってないじゃないか。嬉しい、な。そして俺は、お決まりのばーか、またひっかかった。そう言って、笑うつもりだった。そのはずだった。

「こいつなんて嫌いだってば!」

周りの友達に冷やかされて、慌てた俺の放った言葉は、言おうとした言葉とまったく違うもの。けど、それに気づく前に、俺はまた言葉を重ねてしまう。周りと笑いあってから、ようやくはっとした。慌ててその子を見ると、下を向いて小さくなっていた。ああ、目立つのが苦手なのは変わってないみたいだと、半ば痺れたような頭で考える。それから数秒もしないうちに、その子は俯いたまま立ち上がり、教室を出て行った。あ、なんて情けない声が漏れた。俺、嫌いなんかじゃない。それこそ本当の嘘だ。まだ、さっきの嘘にすらまたひっかかったを言えてないのに、笑えてないのに。けど俺は、周りを気にしてその子を追いかけることすらできなかった。

「あ、……」「どうした虎丸、やっぱあいつが気になんの?」「ばっ…違うっ、て!」



あの出来事が嘘なら、どんなによかっただろうか。あれ以来、あの子と一度も話すことはなく(自業自得という言葉がピッタリだ)、俺は小学六年生になった。
普段の生活で、それを一々考えているわけじゃない。けど、ふとした拍子に思い出して、どうしようもなく悲しくなる。俺はあの時から、ずっと嘘をついたまま。そう後悔はするものの、結局何もできないでいるんだ。

(臆病な心に嘘をつかず、素直な気持ちに嘘をつく)

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