--意地悪な真似も許してね



北海道の空気の刺すような寒さに変わりはない。けれど今日の陽射しはとても暖かく、ぽかぽかした陽気である。

だが、そんな陽射しとは対象的に、私の心境は冷え込みつつあった。もうすぐ雪が降りそうな感じだ。

校舎の入口付近、というか女子に囲まれている吹雪を見てため息をつく。ああそうだ、白恋ではいつもこう。まして今日は久しぶりのことだからか女の子達もかなり多い。吹雪も声をかけられたり物をもらったりする度に微笑んで応えているから女の子達のテンションは上がりっぱなしな状態だから、近づくどころか声をかけることさえままならないのである。
それにしたって、いくら女子に囲まれていても、雷門のジャージは目立つのだから吹雪も私に気づいているはず。それなのに無視、スルー?まあ、確かにあの子達は愛嬌があってとても可愛いけど、私だって一応彼女なのだ。吹雪のことが、す、すす、好きだから、あんまり言えないけど一緒にいたいとか思うし、もちろん嫉妬だって、してる。


…久しぶりの北海道だから、二人でゆっくりしたいなんて考えた私が馬鹿だったらしい。再び吐いたため息はやっぱり白く曇っていて、まるで冷え続けている私の心境のようだった。


ふと、辺りが陰った。雲に陽射しが遮られてしまったらしい。陽射しがなければ空気は当然寒く、ぶるりと身震いをした。
もういいや、帰ろう。夜になれば会える。何より、これ以上見ていたら、私はもっと嫌な子になってしまいそうだ。


例えばほら、いつかの校舎裏で見てしまった君への告白。頬を紅潮させて君に告白した女の子を見て困ったように微笑む君。断ってはいたけど、やっぱり寂しかった。
(ごめんね、でもありがとう。)
君のそんな声が聞こえてきて、それを見てしまった私は、思う。
吹雪は優しいから、私と付き合っているという建前があるから、女の子からの告白を断ってるのかな。吹雪だって、私何かよりもあの子のような可愛い子の方が好きに決まってる、って。そんなことはないと思いたい。けど、不安に思うんだよ。考えれば考える程、不安で仕方ないの。

私の心の中は、さっきまで吹雪が吹き荒れそうだったのに、今はどんより曇り空。気温は氷点下から生温い温度に変わっていた。ああ、気持ち悪い温度だなあ、私。


校舎の中へ入るために集団の側を通る。近づく程声は明瞭になり、だから、聞こえてしまった。

吹雪くん、何であんなに地味な子と付き合ってるの?吹雪くんとは全然違うのに。


びくっと肩がはねた。やだ、なんでそんな話。
ねーねー、どうなの?と尋ねる女子の声。その高いトーンの声と反比例するように、私は顔を俯かせる。
吹雪は、何と答えるのだろう。気になるけど怖い、どうしよう。

私が立ち往生してしまっている間に、先程と同じ声が畳み掛けるように言った。

「吹雪、というか士郎くん。私にしてみない?あの子と同じか、それ以上には士郎くんが好きだし、後悔させないと思う、よ?」

呼吸も心臓の鼓動も止まった気がした。本当にそうなるわけはなく、実際は呼吸が苦しくて、鼓動はむしろ速まったくらい。

自然と吹雪と女の子を取り囲むような形になり、一気に静まり返る集団と、頬を紅潮させて吹雪を見つめる女の子。その娘は、いつか校舎裏で吹雪に告白した女の子だった。
前と違うのは、その娘がとても強気な、自信に満ちた様子だということと、その自信に見合うだけの可愛い娘になっていたこと。ルックスもスタイルも良くて、そして可愛い女の子の性格。どれをとっても私なんか比べものにならない。

そこまで考える前に私は泣きそうになった。俯いていて表情は窺えないけど、吹雪はあの娘の告白を受けるに決まっている。こんな地味な女子よりも、断然あの子の方が吹雪にはお似合いだ。

けれど、目の前でそれを聞きたくなんてない。せめて泣くのは戻ってからにしようと、慌てて歩を進める。同時に、視界の隅に顔を上げた吹雪が見えた。
雨が降ったら寒いだろう、な。




「士郎く…」
「悪いけど、僕は君なんかよりも今の彼女が好きなんだ。ごめんね」

僕の言葉に唖然とする女の子は、断られるとは思ってなかったらしい。
確かに可愛い女の子だけど、僕はあの寂しがりやな女の子の方が、地味でもなんでも可愛いんだ。

ごめんと言い残して、女の子達の輪を抜け出した。視界に映るのは、泣きそうな顔をした彼女が消えそうな様子で歩いて行く姿。

寂しいなら寂しいと、嫌だと言ってほしいから、少しいじわるをしてみたんだ。けれどそれができない不器用な少女はいつだって僕の光で、僕を照らしてくれる。もう、どうしようもないくらい愛しい。

少しやり過ぎてしまったかもね、だから尚更早く追いかけて捕まえてしまおう。消えてしまう前に抱きしめて、囁いてあげよう。君が消えたら僕はたちまち冷え切ってしまうんだから。

空にかかっていた雲の切れ間から、暖かな陽射しが舞い降りた。

(僕は君がいないと人の暖かさが保てない)

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