--「どうぞ、愚か者の恋路と罵って」


「お前はいつまで俺に心を向けるつもりだ」


ひやりとした視線を向けられるのはいつものことです。いつまでも、と言葉を発して、それに返される言葉も知っております。知っていて、同じ言葉を返すのです。


「いつまでも。わたしに心がある限り」
「…受け取ることはない。俺の心を向けることもない、」
「死者に想いを寄せるなど、不毛極まりない。そう仰られるのも幾度目でしょうか」


暫しの無言。私はこの問答の時間が嫌いでは無いのだと、そう告げたらどうなるだろうか。常の姿には浮かび得ない、得体の知れぬ瞳の色を僅かに垣間見る瞬間であるから、などと。

初めにこのやり取りをしたのは一体いつ頃だったろうか。そんなに前では無いはずだけれど、随分とこの世界は変わったように思う。この短くも長い時の間に、この方は失われ、戻られた。
無表情は変わらぬままに、視線の剣呑さが増してゆく。


「わかっているならさっさと捨ててしまえ」
「無理なことです。もう、おわかりでしょうに」


ええ、たしか一番初めは、この方が再び、虚無へと還られる前だったような。

この目に映る貴方の姿。それが仮初の姿であっても、どれほど理に反するいのちであっても、ただ焦がれてしまったのです。己で告げるよりも遥かに早く、釘を刺されてしまったけれど。


「どんな形であろうとも、生者と死者の交わりは決して許されない。死者は本来、消え去り戻らぬ。何も遺さない。心を交わすことなどあってはならない。死者に心を預けてはならない。我らは己の領分を超えて、生者を捕えてはならない――歪な幻影に、俺に、心を寄せるな!」



ああ、かつても同じことを言われました。それが正しいと最初は諦めようとした。
でも、私が諦めるよりも更に早く、貴方は肉親すら残して逝ってしまった。私の心は貴方に預けられたままでしたから、きっとあの時、間違いなく私の胸から失われてしまったのだと思うのです。諦めてから去ってくだされば、もしかしたら何か変わっていたのかもしれません。あるいは、そのまま失われたままでいれば、きっと。

けれど貴方は、もう一度戻られて。預けていた私の心も共に戻ってきてしまったものですから、だから私も諦めた。この心の向く先は、きっとこのまま変わらないから。

愚か者め。静かなつぶやきと共に、私の正面に影が落ちる。音もなく伸ばされた右腕が私の首を目指した。命を掴むその動作と、掠れた吐息に紛れて、ひっそりと零れ落とされた言葉。


「――いっその、こと」


首に感じる冷たい指がそれ以上動くことは無い。見上げた先の表情は、いつもと変わらぬ無表情。
二度死してもなお高潔な精神を持つ御方である。理由有りきの目的としない限り、それが例え雑兵の一人如きであろうとも、理不尽に命を握り潰す事は無いのだと知っていた。

それではこの瞬間、酷く冷たい銀腕が、奪う意図なくこの命を握ろうとする意味は。時折覗く感情の在処は。

幾度もこの戯れを繰り返して、その度にかの方の瞳の奥は揺らめく。憎悪か、憤怒か、憐憫か、或いは違う何か。
でもそれが愛しいのです、愛しいのです、愛しいのです。死者に恋する生者なんて、理性持つ貴方はお許しにならないのでしょうけれど。誰よりもこの世界に、生者たる私たちに、心をお砕き下さっている故と、許さぬ理由を知っているからこそ。どうしたって愛してしまうのです。


「愛しています、ナーザ様。この心の果てるまで」


いっそのこと――その言葉の続きを、いつか告げて下さるかしら。
いっそのこと、いつかの時に。果てる先にさえ、共にお連れいただけるのならば、きっと魂の朽ちるまで尽くしてみせるのに。


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