--ひとりをねがえ、おろかもの


(R-18)


伸ばした指先がひたりと吸い付く。人の肌など何時ぶりに触れたか。
薄皮を隔てたこの下に、どくりどくりと流れる血潮と鼓動。閨事のマナーも何もあったものでは無い―喉元を緩く掴み、放す。息を漏らす女の瞳に揺らぎはない。脳を茹だらせるような感覚も無ければ、互いに求める何かがある訳でもない、戯れのまま始まる行為だ。あるのはただ、愚かしさのみ。

「知らんぞ」
「例え酷くされたって、なんだって…構いません」

すらりと伸ばされた両の腕。白蛇のようなそれに、少しだけ感覚が追いついた。体ごとかき抱いて端から少しづつ辿ってゆく。銀に触れられた箇所が震える様子にうっすらと口角が上がった。この空間に足りない熱を、埋める所から始めなければ。

ぐ、と少し強めに腹の下を押し込めば、僅かに籠る声が聞こえる。そのまま下肢に添わせた手で腿脚の内側を起点に一周をなぞれば、またびくりと体が跳ねた。思わず喉奥で笑い声をたてれば、俺の背に回った細い指先に、背骨をなぞり返される。―ぞくりと粟立つ感覚に視界がぐらりと僅かに揺れる。少しづつ、少しづつ。
ハ、と吐いた息が熱を帯び始めていた。

下肢を撫でる腕はそのままに、今度は唇を胸元へなぞらせて。柔い肉を食み、少しだけ頂点を掠めてゆく。ま白い喉が視界にちらついた。夢想するのは、その喉元に食いつく己の姿。

今はまだ、駄目だ。
頭を降って、代わりに少しだけ強めに頂点を弾く。突然の刺激に大きく震える体にまた笑いが漏れた。理性を持ったままでは到底やって居られないのだと、ようやく開き直ることにして。押し倒した女の唇に触れて、僅かばかりの逡巡。一瞬に満たない間を置いて、一息に食らいつく。

「ン、ん…ッ、な、ざ、さま」
「…口を開けろ。出来るな?」
「は、い…っ」

舌先で触れた歯列を少しづつ舐ってやれば、面白いように反応する。舌を吸い、時折噛み、上蓋の側を擽って、目元に雫を浮かべる様を見るのが酷く心地よい。ずくりと重いものが腹の中に煮え始めている。自分は未だ、嗜虐の欲も持ち合わせていたようだ。

周りを擽るに留めていた指先を中央にずらせば、固く閉じている筈の内側からは既に水音が漏れている。割り開くように少しだけ強めになぞれば、粘着質な糸を引いていた。僅かに蠢く其処を撫で摩り、隠れている芽に触れた瞬間、腰が跳ね上がるようにびくついた。塞いでいる口内に声が溶け、縋るように腕がまわる。

「あ、あ、いゃ、そこは」
「まだ足りなさそうだな」
「ナーザさま、ん、そんなに、やさしく…なさらないで、くださ…っ」

堪えるようにしていた声が徐々に漏れ出ていく。すっかり熱の上がった息を吐き、甘やかな声を響かせた。自分の呼吸もすっかり熱いようで、耳元で声を吐き出せば一際高い声があがった。

「や、ン、もう、ひどくていいと」
「…女ひとり、思うように鳴かせられぬようでは…いずれ後継を求められる身として、外聞が悪かったのでな」
「だからって、あァ…ッ!」
「…早々にせずとも、幾らでも酷くなどなってやる」

痛めつける趣味はない。だから誰かを抱くのなら、少なくとも生前の閨では丹念に愛撫をしてきたし、出来る限り快楽のみを与えてきた。
然しながら、どうにも何故か。目の前のこの女を…無惨に傷つけて、そっと頬を撫で、首元を食い荒らして、甘やかに口付けをしてやりたい。相反する全てが混ざって何もかもが乖離していく。

鬱屈とした感情を理性で抑えつけていた結果がこれだと自嘲する。けれど、そんなことはもうどうだっていいのだ。何せ今は、頭の茹だったひとりとひとりがいるだけなのだから。

ぐりと強めに肉の芽を潰した瞬間、一際大きく体が跳ねた。軽く達した直後の内側にそのままぐちゅりと中指を突き入れれば、きゅうとうねって吸い付いてくる。ゆっくりと入口に戻した指先で壁を擦り、軽く押し込みながら、奥へと少しづつ進めていく。親指で外側も転がしながら、内側の同じ箇所を探して指を曲げた。

「いや、いや、だめ、そこ…あ、ぁ!」
「ああ、ここか。増やすぞ」
「ぃ、やぁ…ッ!!」

再び舌を捩じ込み口内を嬲りながら、内と外とを攻め荒らす。指を二本、三本と増やして、その都度に食い締められる感覚にまた笑う。ああ、楽しんでいるようで何より。気まぐれに胸の先を転がしてやれば高い声が響いた。漏れだしていく愛液で余計に動きやすくなったのを良い事に、解すようにばらばらに責めたり、同時に突き入れたり。何度か軽くイっているのは十分にわかった。ふと思いついて胸の代わりに脇腹をなぞってやると、それだけでまた中が絞まる。

「…随分と、好き者だな?」
「ひぃ…ッ!みみ、いや、だめっ」

すっかり出来上がり、赤く色付く耳の奥に向けて囁く。また面白いように感じているのか涙を零しながら喘ぎ声をあげた。

「おねが、もう、こんな、はやく、なーざさま、なーざさまぁっ」

甘えるように―求めるように。自らを犯す相手に向かって、縋るように。その姿を見た瞬間、カッと視界が赤くなったように錯覚した。指を引抜き、代わりに己自身を向ける。ぐちゅりと先が触れただけで、開いた入口が酷く熱く感じられた。ぬちりと腰を進めるだけで、深く深くへ引き込もうとするかのようにその腹がうねり始める。詰めていた息をゆっくりと吐きながら、少しづつ、奥へ。

身を捩り、上へ上へと逃げようとする体を抑え込む。この期に及んでそんなことを許すほど優しくはない。痛みのないように解したとはいえやはり狭い。だが、そのくらいでちょうど良い。行き着いたそこで動きを止め、形に馴染むまで待つ。背に少しばかり汗の滲む感覚がする。震える体を抱いて、甘やかすように口付けを落とした。

「は、はぁっ…ナーザ、様…」
「辛いか」
「ん…わたし、ナーザ様ほど、体力が無いの、わかってらっしゃるでしょう…?その、」
「なんだ」
「…今も、なんにも、してないのに…っ」

きもちよすぎて、つらいです、等と。

一体どういうつもりなのか気が知れない。煽る為だと言うのなら、安い真似だが間違いはない。だが、真っ赤な顔で俯く様が、素直に口にしただけらしいと言葉以上に雄弁に伝えてくる。動かさずにいたはずの性器が、締め付けてくる膣の中でどくりと脈打つのも仕方がないだろう。

「初めに言ったな。この先は、知らんぞ」

半ば程引き抜いて、先に見つけていた箇所を狙って戻す。単調な動きだけでも目眩がする程に気持ちが良かった。もう一度引き抜いて、また戻す。入れたままに腰を打ち付けるように押し潰してやれば、鳴き声のような嬌声があがる。
ぎゅうぎゅうと蠢く胎内が熱くて堪らない。女に意味のある言葉はなく、時折に名だけを呟き、ひたすらに鳴き声を発した。
打ち付けていた奥が下がってくるのを感じる。容赦なく叩けば呻きとも喘ぎともとれない声が混ざる。

「奥で感じるには…流石に、早いか」

擽るように軽く刺激する動きに変え、肉芽を弾く。びくびくと震える体に口付けを落としながら、反対の手で腹の外側に触れる。
歪に膨らむ薄い腹の下腹部、膨らみの先に手のひらを添えた。
律動に合わせて、く、く、と。暫くの間、円を描くように軽く押し込んでやれば、また徐々に声が蕩け始めた。

「ひぃ、ぁう、あっなに、へん、ああ…あっ!」
「その感覚を追え。出来る、だろう?」
「んゃっあっ、あああっ、は、んんっ…!」

耳元に囁き込めば、更に腹をうねらせた。従う意識があるのかもわからないが、素直で物覚えが良い。結構なことだ。
さて、子宮の入口すらも快楽の糧としてしまえば、あとはもう何をしようと同じこと。震え始めた腹を見、また強く入口を叩き潰してやれば、呆気なく果てた。今までよりも激しい締め付けに耐え、震えの収まらないうちに再び動き始める。
悲鳴のような声を上げながら、無我夢中と背中に爪がたてられる。燃えるような心地よい痛み。逃げる場所がない故に、その相手に縋るしかない矛盾。己の腰に回された脚に今度こそ笑い声をあげた。

ああ、気分が良い!

もっと泣き叫べばいい。もっと蕩けてしまえばいい。もっと色に狂ってしまえばいい。痛みなど、癒えればいつか風化し忘れてしまう。そんなものなら不要だ。なら、いっそ、この感覚を、嫌になるほど覚えてしまえばいい。快楽の全てで、思い出せばいい。いつか俺が虚無に還ったその後も、辿った先のこの記憶に苛まれてしまえ。

酷く酷く、醜い感情。決して交わらない、対立する感情が共存して、ぐちゃぐちゃになる。
これ以上無いほどに苦しめたい。傷つけたくない。憎らしい。忘れてしまえ。けれど忘れるな。つれて逝ってしまいたい。ひとり取り残されて、永遠に孤独でいてくれ――あいしている。

笑い声はいつの間にか唸り声になり、気づけば首筋に思い切り噛み付いていた。痛みか、快楽か、何も分からなくなっているであろう、そんな声があがる。じわりと滲む赤に吐き気がした。
八つ当たりのように攻め立て、己の快楽を追い求める。

「たのむ、このまま」

うわ言のように呟いたのは、確かに俺であったかもしれない。顎を伝う雫がぼたりと落ちていく。
突き上げる毎に、掠れた始めた声がまた一際甘い色を孕み始める。大きくうねり締め付けてきたその腹の奥、遂にどくりどくりと全てを吐き出した。

動かずに全てを終わらせた頃には、すっかりぐったりとした様子であった。

「なー…ざ、さ…ま」

微かに開いた目の上に手を翳し、そのまま眠ってしまえと囁いた。僅かに震えた後に意識を手放した女から自身を引抜き、重だるい体を動かす。後始末をするつもりはあった筈なのに、真っ先にしたのは目の前の肢体を抱き込むこと。

わかっている。理性で律してみようとも、相反する感情を抱いて、狂った思考に行き着かない訳がない。それが今、まさに。

俺は死者だ。必ず、近い未来で虚無に還る。
死者と生者が交わることは、本来許されることではなく。生者は未来の為に進んでゆくべきで、死者に…過去に、心を預ける事などあってはならないのだと。わかっているのだ。わかっている。

だとしても、このいのちを手放したくない。

この手の内にあるままにと、願ってしまったばかりに。どうか、たのむから、このまま、死者の俺に――永劫囚われていてくれないか、等と。熱に浮かされたままに零してしまった言葉が、どうか聞こえていなければ良い。或いは聞こえてしまえば、良い。
最後に口付けを落として、そして己を嘲笑う。この愚か者め。

:: back / top