--泣き虫侍女とお祝いの日
過去作サルベージ
2022年の周年記念に合わせて書いたやつ
夢要素薄め、ビフレスト出身のメルクリアちゃんの侍女です。
***
落ち着いて、深呼吸。頬を軽く叩いて立ち直す。お仕えすべき方々を動き回らせる訳には。
「大丈夫か…?すまぬ、疲れてしまったか?」
「メルクリア様!」
皇女様の心配そうな顔が近い。なんて美しく育たれたことか!動悸がしてきた。え?美の化身か。やっぱり祝いの前に感動で死ぬかもしれない。
かつて、いびつなお心を抱えられてしまった皇女様に、侍女として余りにも未熟な我が身の責を呪った日々。それが今、こうして…無事に、お育ちになられて。あっ無理涙が出そう。しかし皇女様のお手を煩わせる訳には。
「失礼しました。大丈夫です、すぐに作業に…」
「いいえ、少し顔が赤いのでは?無理は禁物ですよ」
「バルド!」
「ただいま戻りました、メルクリア様」
「グッ」
「?!だ、大丈夫か?やはり休んだ方が…!」
いけません。喉元で音が詰まってとんでもない声を出してしまいました。
私の感受性は日替わりで機能が違うのかもしれないというくらいに今日は荒れ狂っている様子。バルド様のお姿にまたしても涙が出そうになった。殿下と皇女様にとって、一番の方。私にとって、雲の上の方。
「も、申し訳ございません!本当に大丈夫なのです!ただ、ただ嬉しくてたまらず…」
お身体こそ違うとはいえ、殿下もお揃いである今、改めて祝いの場を迎えるとなって既に感無量なのだ。懐かしきビフレストの貴き方々。幼き頃、生きてお仕えすることを一度は諦めたというのに、なんという僥倖!
あっ無理今度こそ涙が出そう。
これが聞く所による「クソデカ感情」の持つという、尋常ならざる大きさの感情なのか。異世界には不思議な言葉の組合せもあるものだと首を傾げましたが、今の心情には適切なのかもしれません。
「皆様が一抹の憂いなく…とは、今は難しいですが…それでも、喜びを持って日々をお過ごしになられること。そのお側でお仕え出来ること。私にとって何よりの、よろこびなのです」
そう。何より、皇女様がこんなにも笑顔で過ごせる今があることが奇跡のよう。歳の近さをただ一つの理由に残ることを許された当時は、ただただお守りせねばとそればかり。
妹のように勘違いしてしまいそうになる、それくらいに幼く、無邪気で、そして寂しがりやの皇女様。半人前の侍女では役不足なことばかりだったけれど、今は大切な方々に囲まれ、本当に幸せそうで。
「その気持ちはよくわかる。メルクリア様もご立派になられて、共に育った貴女には何よりの喜びでしょう」
「ええ…本当に申し訳ございません、なんだか今日は妙に感慨深くて…」
遂に一粒、涙が浮かんでしまった。
慌てる皇女様のお姿に昔のことを思い出す。かつて二度、皇女様の前で涙を零してしまったことがある。侍女失格と言われても仕方のない所を、その都度、涙を拭おうとして下さった。優しいお心の持ち主なのは、ずっとずっとお変わりないのだ。
「…わ、わらわも!そなたが居てくれて、本当に…嬉しかった。側にいてくれて」
「メルクリア様…」
「姉上様と、何度も呼びそうになったことがあるのじゃ。それくらいに、ずっと一緒にいてくれた。そなたが喜んでくれればわらわも嬉しい。だから、あんまり泣くのは、やめるのじゃ…」
わらわも釣られて泣いてしまう!
…笑いながら涙ぐむ皇女様。泣き虫はここで移られたのですかね、なんて笑うバルド様。ごめんなさい皇女様。私、もう大泣きしそうです。
姉上様と呼ばれかけた時、気づいておりました。さりげなく止めましたけれども、気づいておりました。気づいて、烏滸がましくも、嬉しくて!
一度目の涙の原因ですとも。やれそれと、どうしてか皇女様と泣き合う事態に陥りかけた背後で、呆れたというか、面白がるような声が響く。
「お前の一族は、長く尽くしてきてくれたな。…代々、少しばかり涙脆いのも遺伝なのだか」
「あ、兄上様!」
「殿ッ…違、ナ、ナーザ様…!」
「さて、いい加減に泣き止め。まだ祝いの準備でしかないというのに、今からそれでどうするつもりだ?」
「ふふ、号泣する未来が目に浮かびますね」
「ヴウ…もうじわげありまぜん…ッ」
もう無理である。が、殿下にまでご迷惑をおかけしては末代までの恥。御先祖様へ顔向けができないどころか、死後に先祖一同から絞め殺されることになりかねない。なんとか涙を拭って、もう大丈夫ですと微笑んだ。
「すっかり目元が赤くなって…ああ、どんな表情でも美しいけれど、祝いの場であれば貴方の笑顔がより一層栄え、」
「バルド、メルクリアに睨まれているぞ。やめておけ」
「いくらバルドでもこの者はだめじゃ…!わらわの大切な侍女ゆえ!」
「メ、メルクリア様…今そういうことを仰っていただいてしまいますと、嬉しくてまた泣いてしまうのですが…!」
なんて役に立たない涙腺をしているのか…いえ、この場合は十全に役割を果たしすぎているのでしょうか。再びほろりとしてしまいかけた所に、予想外の最後。
「…ビフレストの皇子は死んだ。だが、曾祖母の代より忠義に厚いそなたらに、死者ではあるが…歴代に代わって礼を言おう。――これまでよくぞ我らに尽くしてくれた」
「ナッ…?!」
「これからもよろしく頼む。我らもその献身に恥じぬよう、務めを果たそう。いいな、メルクリア?」
「勿論です、兄上様!」
殿下がトドメを刺しに来たとしか思えなかった。驚きで心臓が比喩でなく一瞬止まったと思います。「身に余るお言葉です」、と半ば絞り出すよう、なんとか反射で応えた気も。今度はバルド様の呆れたような表情が見える。
「きみ、わざとだね?」
「本心だ。…タイミングは面白がったがな。しかし、意外と普通に」
「ミッ…」
「…いや。やりすぎたか…」
バルド様と殿下がひそりと囁きあっているものの、気にしている余裕はもはや残されていなかった。
すっかり笑顔の皇女様と、悠然と佇まれる殿下。今は違うお身体の筈が、かつて僅かに垣間見た、美しい紅髪が流れる御姿で並ぶ様を幻視した。
ああ、私は。本当になんと、幸運に恵まれたことだろう。
「我が生涯に…悔いは、ありません…」
ありがとう、ティル・ナ・ノーグ。祝いの日よ、幸福あれ。ビフレストよ、永遠であれ。
――あとはお分かりかと思いますが、私の涙腺はここで死にました。
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