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正直言うと、未だになんでこんなことになっているのかよくわからなくて、夢なのかなって思ってたりはする。ある日気づいたらまるきり田舎のような土地に立っていて、今まで居たはずの都会の街並みは綺麗さっぱり見当たらなかったのだ。歩いている人に声を掛けてもそんな国、或いは町なんて心当たりが無いと言うから、つい泣き出してしまったのも記憶に新しい。
その時に声を掛けてくれたおじいさま達に連れられ、この村でお世話になり始めたのが1週間くらい前のこと。
「これ、どこに置けばいいですかー?納屋ー?」
「待って、こっち持ってきて貰える?」
「はーい!」
寝床と食事を頂く為、お仕事か何かお手伝いしますと挙手をしたのはいい。バイトのようなものだ。よくわからないけど言葉は通じるし、何よりここで追い出されたら本当に行き場がなくなってしまうので何かしないとやばそう。働かざる者食うべからず。
日々の雑務やら何やらを割り当てて貰って生活しつつ、合間にこの国のことを教えて貰っているのだけれど。
「これはね、納屋の穀物と一緒にしてしまうと魔物が寄ってきやすい匂いが出ることがある。よく似ているから要注意。別に場所があるからそっちに保管!」
「へ、へぇ…まもの…」
さっぱりわからない。魔物ってなんだ。お化け?それとも猛獣のこと?
そう、この村の皆、至極真面目に魔物が、とか、あるいは魔法が、とか言うのだ。傭兵とかナントカ軍とか国王とか宰相の噂とか、その辺の言葉が飛び交うのはまだわかる。
そんな国が現代に残っているなんて聞いた事はなかったけど、ここはどうにも先進国とかではなさそうだし、内紛なんかが起きている危ない地域なのかもしれない。けど、魔物に魔法って何?ファンタジーな単語をすっかり日常的に話している。宗教的な概念として強く根付いた土地なのかもしれないと思うと、下手に聞くこともできなくて真相はわからないままだ。
まあ、大穴、本当にファンタジーのような世界にやって来てしまったのかも、と思うことはある。けど確証が得られない限りは現実逃避をしていたい。だって、もしそうなら本当に帰れなくなっちゃいそうなんだもの。
でも、うん、そろそろちゃんと聞いた方がいいような気もしてる。
知らないままでいたせいで、何かしらのタブーを犯していた…とかの可能性もある。或いは、本当に別世界なら…ともかく、腹を括って一体なんなのか聞いておくべきだろう。うんうん頑張ってみようね。
…そんなことを考えていた時もありました。まったく悠長なことだと、今ではそう思う。
私を助けてくれたお爺さま達の息子夫婦は、近隣の町や村へと穀物を運搬する仕事に就いている。
この日はちょっとしたお使いを済ませて終わりと言われた所、隣町に向かうが着いてきてみるかと誘われたのだ。普通に興味があったので、馬車に同席させて貰ったのですけども。
「ウルフにゲコゲコに、バンブルビーまで…?」
「まずい、荷に寄ってきてる!もしかして混ざってたのか…!」
「こんなに数がいると…仕方がない、ひとまず全員逃げろ!」
騒然とする馬車と周り。魔物が寄ってきやすくなるという、仕分けたはずの例の穀物の中に、混ざり物があったらしい。
呆然としている間に奥さんに手を引かれて馬車を出た。すぐ側で傭兵さん2人が剣を構えている。走れと言われて、訳が分からないまま走った。途中で振り返ると、荷馬車に群がる生き物たちの群れと、こちらへ向かおうとしている狼と、大きなカエルと、ハチのような生き物が数匹。
ゾッと血の気が引いた。だって明らかに、普通の生き物じゃない。あんなに大きいカエルもハチもいるわけがなくて、狼だって、明らかに普通じゃない。本当に魔物がいるのだ、この世界には。
目の前を向いてひたすら走った。死んでしまう。きっとこの世界は元いた世界と違う世界だ。まだ何も知らないこの世界で、このまま死ぬなんて絶対嫌だ。後ろの方で傭兵さんが戦っているような音がしていた。
皆の背を見失わないように走って、走った先で、いつの間にか囲まれて。ずっと荷馬車にいたから、匂いがついたままだったのかもしれない。傭兵さんはもう1人しかいなくて、皆で固まって、じりじりと追い詰められて。いつ泣いてもおかしくないくらい怖くて、でも何故か涙は出ない。きっとまだ現実が受け止められてなくて、変に夢見心地だったんだと思う。
距離を詰めてきた1匹を傭兵さんが斬り払う。ドサリと地に倒れたカエルが程なく消えた。本当にファンタジーだ。
そして、それを皮切りにしたように、一気に魔物たちが飛びかかる様な素振りを見せる。奥さんや旦那さんがぎゅうと手を握りあって、いつでも駆け出せるようにしている中、私は現実感なくそれを見ていた。傭兵さんが、剣を構え直して――。
「――退いてな!スパイラルシュート!」
誰かの声とともに、何かが炸裂する。まるで銃声のような音が一瞬鳴り響いて、次の瞬間には目の前の魔物たちが次々に倒れていった。
ぎゃうんと鳴きながらも生き残った数匹が、私達に背を向けて唸り、誰かに飛びかかる。あっと思う間すらもなく、その数匹も大きな剣に薙払われて消えていた。
本当に一瞬の出来事だった。けど、怖い生き物はいなくなってて、とにかく、助かったのか。
死んでない。わたしはまだ、生きている。本当に怖かった。死ぬかと思った。生きててよかった。奥さんと旦那さんが安堵の表情で抱き合う中、ぼろりと涙が零れ、思わず座り込んでしまった。
「大丈夫か?どこか怪我を…!?」
「い、いえ…すみません、本当に、初めてだったから…びっくり、ちゃって。あれが魔物なんですね」
「ああ、初めてだったの…!平和な所から来たと言っていたものね。とにかくみんな無事で良かった…あの、本当にありがとうございます。何てお礼をしたら良いか」
背中をさすられながら、近づいてきた救世主を見上げる。髪色の明るい、若い男の人だった。銃のような剣のような大きな武器は既に背に仕舞われていて、礼なんていいと手を振っていた。
「あんたら、そこの村の行商人だろう?いつも世話になってるからな」
「いつも…?ああ、もしや!」
「救世軍のマークだ。荷馬車に群がってた分も片付けてきたから無事だと思うぜ。今はルイスが見張ってくれてる」
「なんと…!ありがとうございます!」
旦那さんが明るい笑顔を浮かべる。知り合いではないけど、知ってる人だったのかもしれない。
このままここに居ては危ないからと、マークさんが町まで護衛を手伝ってくれるそうだ。奥さんと共にお礼を言う為、わたしもその場から立ち上がる。
「マークさん、助けてくださってありがとうございます。死んじゃうかと思いました…」
「いいって。それにまあ、用事もあったしな」
「用事ですか?」
「ああ。最近、あんたらの村に来た人間を探してる。めちゃくちゃ世間知らずで、知らない場所からきた奴だ」
「……え?」
「もっと具体的に言うと、」
なんだか心当たりのある特徴が聞こえた気がする。
隣の奥さんも、旦那さんも驚いたように瞬きをしてこちらを見る。そしてマークさんが私を見て、決定的な言葉を放った。
「別の世界から来た奴を探してるんだよ」
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