――闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え。
背後で高専時代に同期だった伊地知潔高がそう唱えるのを流し聞き、今回の仕事場である廃病院へと歩を進める。
屋上にデカい母胎呪霊がひとつと階下に胎児の呪霊が数十体、普通に入って胎児を一体ずつ祓うのもいいが――事前報告によると、そうしている間にも母胎はぽんぽこ新しい胎児を産み落とすらしい。なのでまずは母胎をどうにかすべきだろう。
そう考え、足に呪力を纏わせひとっ飛び。刹那、眼下に捉えた母胎に狙いを定め――
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした〜!」
カラン、と少し掲げたロックグラスに入った氷が穏やかな音を立てる。
俺がフリーの呪術師になってからは、一緒に仕事をする機会がめっきり減ってしまった同期と酒を飲み、言葉を交わす。至福のひとときである。店を探してくれたのは伊地知だが、誘ったのは俺なので俺の奢りだ。誘った方が奢るのが高専時代からの取り決めである。
「この酒美味いな」
「隠れた名店らしいですよ。ここ」
「さっすが伊地知」
伊地知が雰囲気も酒も美味い最高の店を見つけてくれた事を称えつつ、知らない銘柄の酒を舐める。うん、やっぱり美味いな。
美味い酒を気の置けない友人と飲み交わすことで気分が良くなってきたので――ここで少し、俺の話をしようと思う。
俺は空井薙。どこにでもいるしがない腐男子であった。基本的には雑食だったが、最推しである特定のキャラに対してはお相手自由右固定派である。前世ではそれ以外特筆すべきことなどなく、その後いつどこで、どのように死んだかすら覚えてない。そんな俺にも回ってきてしまったのが転生トリップの大波である。
生まれ落ちた世界は呪術廻戦、更に俺にも呪霊が見える。これには正直、勝ったなと思った。理由としては前述した"最推しでお相手自由右固定派のキャラクター"こそが、この世界で誰もが口を揃えて最強だと言う五条悟その人であったから。
これは決してお近づきになりたいとかそういう事ではなく、何も出来ない一般人よりは自然に右五条悟が見られるのでは? という野次馬的なアレだ。それに、どちらかと言うと俺は推しに認知されたくないタイプのヲタクである。握手会とかも行って日頃の感謝とか色々伝えたいが、それはそれ、握手を終えた瞬間に俺のことを記憶から消してほしい。まあ五条悟の握手会なんて存在しない記憶だが。ウッ――心が痛い。
後はあれよあれよと、俺が呪霊を見ることが出来ると知った実家から――俺も知らぬうちに色々手を回され、東京都立呪術高等専門学校に入学していた。驚いて親に聞いたところ、家系的には由緒正しい禪院の派系らしい。
とはいえ、最近は術式が使える人間が生まれてなかった上に、分家の分家の分家の分家のそのまた分家らしく。面倒なしがらみも、御三家周辺特有の凝り固まった思考もほぼなかったが。
ちなみに母親と兄弟は全く見えない人だ。父親と祖父母は微妙に見えるらしい。祖父母に関しては俺が中学生になる前にはどちらも亡くなっていたのであまり覚えていない記憶だった。
そして高専入学後、2つ上の学年に五条悟がいることを知ったとき。俺は文字通り飛び跳ねて喜んだ。着地のときに足を捻ったが、そんなことはどうでも良かったのだ。
だってあの、前世から推してた五条悟が同じ時代に生き、同じ屋根の下にいるんだぞ? 俺の右足首なんざほっといても治るが、五条悟と同じ学び舎で学べることなど――さらに言えば、五条悟が学友と交流する姿をこの目で見られることなど――ほっといてもそうそう起こり得ることではないのである。
まあ、それでも。最初の頃は五条悟と最強の片割れである夏油傑による校舎が半壊するのでは? というほどの語らいを幾度も目の当たりにして、伊地知と共に心の底から怯えていた時期もあったが、それはそれ。キャッキャウフフの肉体コミュニケーションと取ることができるようになれば、それも最高の供給となる。あれをキャッキャウフフと言ってしまうと世の抗争は全て幼児の小さな諍い程度になってしまうところが怖いところだが。
「五条さんとは相変わらずなんですか?」
「相変わらずというか……電話は着拒した」
「どのくらい前に?」
「半年は前」
「あぁ……」
――で、問題はここからだ。俺は壁となり空気となり、時には観葉植物となり、五条悟と友人との交流を遠くから気づかれない程度に見守っていた。はずなのに、何故か、目をつけられた。これに関しては本当に訳が分からなかったし、今でもさっぱり分からない。そして先程の言葉である。
五条悟の名誉の為に述べるが、彼は決して鬼電をしてくるタイプではなく。特級だし教職だし、多分普通にクソ忙しい中で、たまに掛かってくる業務連絡以外の電話に耐えられなかっただけである。俺が。
認知されたくなかった推しからそこそこの頻度で世間話の電話がかかってくる。それ即ち死だ。あの頃の俺は間違いなく死んでいた。
いや――美味しい地方土産の話については、全く興味がないかと聞かれるとそういうワケではないのだが。そういう話こそ、俺じゃなくて夏油さんとか七海さんとかにしてくれよと思ったことだって事実なのだ。何せ、認知されたくない。もう遅いが。
まあ、原作通り夏油さんはパンピ大量に殺して離反したし、七海さんは呪術師辞めたみたいだけど。――あれ? 七海さんはもう戻ってきてたんだったか。どちらでも構わないが、雑談は俺以外にしていただきたいのだ。
前述したのは高専卒業後の話だが、俺は高専時代から変わらない様子の五条悟から距離を置きたくて現在フリーの呪術師として世界中を飛び回っている。フリーなのでたまに高専からの依頼も受けるが、それだってごくごくたまにである。――今回がその
そして高専からの依頼となると、高専に赴いて報告書を出さねばならなくなる。そう、五条悟が教師をしている高専に。五条悟は特級だから任務とかで居ない可能性も高いが、それでも行きたくないものは行きたくない。会う可能性が微粒子レベルでも存在してるのならば行きたくないのだ。
少し前、伊地知に「報告書ってメールじゃダメかな?」と聞いてみたことがある。返事は「直接手渡しに来い」。それも当然伊地知の裁量ではなく、上から言われたそうで。
なんという時代錯誤。つかそれ絶対五条悟だろふざけんな。伊地知は事ある毎に板挟みにしてごめんね。
「高専行きたくね〜〜〜〜よ」
「報告書はご自分で出してくださいね」
「成人男性の全力の駄々見せてやろうか」
「五条さんと同じこと言ってますよ」
「ちょっと嬉し……いや、全然嬉しくないな。やめとくわ」
「そうしてください」
「――以上が報告です。疑問点などはありましたら今お願いします」
「いや、大丈夫だ。毎度のことだがよく纏まっている。ご苦労」
失礼します、と学長室を出る。他の仕事もあったために、数日開けて報告書の提出に高専を訪れたのだが、尊敬できる大人・夜蛾学長に褒められたので気分はルンルンだ。日も落ちてきたし、このまま美味い酒でも買って帰ろうか。
「薙〜〜! 報告終わった?」
――ウッッッッッッッワびっくりした。お疲れサマンサ〜♡ なんて言って。どこからともなく現れて気安く肩を組んできたのは、俺が極力会いたくなかった五条悟その人だ。組まれた肩を大袈裟に跳ねさせると(断じてわざとではない)可愛い〜なんてぬかしよるこのクソ白髪マジで誰のせいだと思って……おっと。仮にも相手は先輩だ。これ以上はやめておこう。
「そうですね。お疲れ様です。ところで……何故、俺は、壁に追い詰められているので?」
先程まで組まれていた肩を壁に押し付けられているために身動きが取れない。いくら前世からの最推しだとはいえ、2m弱のイケメン目隠し大男から壁ドンされるとか普通に怖えよ。違う意味で心臓がギュンギュンしている。
大丈夫? 心臓爆発しない? 俺、死因が推しからの壁ドンによる心臓破裂とか嫌だよ?
――そして本当に、心の底から残念ながら、ここは滅多に人の通らない廊下である。助けは見込めず、俺にできることといえば途方に暮れるのみである。
あーあ、俺にもっと物理的な力があればな。今すぐ立場を逆転してやれるのに。俺自身、五条悟右固定派とはいえ、あくまで相手自由なので基本的に左は誰でもいいのだ。誰でもいいというのは、左をただの竿として見ている訳ではなく、どの関係性でも美味しくいただけるという話である。
それこそ前世では支部とかサイトに潜って攻め主×五条悟の夢も読んだ。あれはよかったな。ドロドロにされる五条悟がもう可愛い通り越して愛しいのなんのって。できることならもう一度読みたい。まあ、存在している世界が違う以上無理な話だが。
「そりゃ、先輩に挨拶もせずに帰ろうとする後輩へのおしおき、とか?」
「ひっ……」
――やめろ!!!!!! 『おしおき』のところで耳に顔を寄せるんじゃない!!!!!! クソ、軽く現実逃避をしていたら不意を突かれた。クッソ無駄にいい顔と声しやがって。
いやマジで――顔半分隠れてるけど――顔がいいな? そこも最高に推せるポイントなんですけども。生きててくれてありがとうございます。立場が逆なら美味しく頂いたのにな。本当に今からでも立場変わらない? ンなこと恐れ多くて口に出せないが。現実はかくも無常である。
「お? やっぱ耳弱かったか」
「ちょ、本当にやめてください」
「えぇーじゃあ耳はやめるよ」
うなじにしとくね、なんて囁き声が聞こえてしまったと思ったときには――既に、首元に顔を埋められていて。その大きなからだで、俺に覆いかぶさった状態でうなじに唇を寄せられる。嘘だろ。マジかこいつ。
「はっ、ん……マジでやめ、ろって!んん、」
まあ、当然体格差により抵抗しても無駄になるのだ。大人しく嵐が去るのを待とうにも、鼻から抜ける自分の声で軽率に死にたくなる。俺は俺のじゃなくてお前の声が聞きたいんだが??? おい待てやめろ服の中に手を入れるな!! 腰骨を撫でるな!!! 痛っ、は? いや待て待てキスマを付けるんじゃない!!!! 首元の匂いを嗅ぐな恥ずかしいだろうが!!!!!
「ちょっと五条さんマジやめてください……ってんむ、」
「ん、何?」
何? じゃねえよ。俺が何? だわ。急に綺麗な顔面が近付いて来たと思ったら結構深めのキスされてるんだが? マジでどういうこと? やべ、頭溶け……る……。
「はは、か〜わい♡」
空井薙
五条悟右固定の腐男子転生者。フリーの1級術師。身長は180ないくらい。五条悟には誰かとイチャイチャしてほしいけど別に俺とイチャイチャして欲しい訳じゃない。デフォで顔がいい。
五条悟
誠の顔が単純に好みだった(真相)。
押してみると予想より引かれる(逃げられる)のでそれが面白くて構い倒す。あわよくば食いたい。