表の顔はクラスメイト! 裏はただのオタクですごめんなさい!

「おはよ諸伏、昨日出た課題やった?」
「おはよう。やったよ。分からないとこでもあった?」
「そうなんだよね……大問3の証明がさあ、いまいち腑に落ちなくて」

 挨拶もそこそこに課題の話を振れば、「また?」と少し呆れた様な視線を向けながらも分かりやすく解説してくれる。聖人のような彼は隣の席のクラスメイトだ。


 名を諸伏景光。私の人生最高の"""推し"""である。





「なるほど……やっぱり諸伏に聞くと分かりやすくて助かるわ。ありがとね」
「どういたしまして。でもこの問題、昨日の放課後に職員室で質問してなかった?」
「あの数学教師何言ってるか分かんないんだよ」

 しれっと返した言葉に「そうかな?」と首を傾げる諸伏に──内心、冷や汗をかいた。何故、昨日私が職員室に居たのを知っている。何故、質問の中身まで知っている。
 いや、多分集中して解説を聞いているときに通りかかったのだろうけれども。数学教師の解説で理解できなかったのは本当だから許してほしい。本当にあの数学教師は何を言っているかが分からないのだ。

 あとすごく、その。「まあいいか」と授業準備に戻る諸伏、控えめに言っても後光が差している。思わず合わせそうになった両掌はスカートを握り締めることで耐えたけれど、そろそろ限界が来そうだ。
 いやいや、だめだ。顔に出すな。私はただのいちクラスメイトだ。女子の中ではそこそこ喋るかなくらいの、ちょっとだけ数学が苦手なただのクラスメイトなのだ。奇行に走って変な奴認定をされるわけにはいかない。

「まあ、また分からないところがあったら聞いてよ。俺が分かるところなら教えられるし、無理だったらゼロに聞けばいいし」
「……そうだね。頼りにしてるよ、諸伏センセ」
「それはちょっと恥ずかしいな」

 軽く笑って「ごめんて」と返して、自分も授業準備に取りかかる。きちんと、いつも通りにクラスメイトの顔で笑えているだろうか。笑えててくれよ、私の表情筋。

 ──まあなんだ、推しの恥ずかしそうな表情は最高だな!





「ん?」
「どうした、ヒロ」
「いや……何か見られてる気がして」

 また・・だ。ゼロと廊下を歩いていたら視線を感じて足を止めた。ここ最近たまにあるのだ。不快な視線ではないから嫌ではない。けれど、どうしたって気にはなる。

 不思議に思って振り返っても、案の定と言うべきか。そこに居たのは喋ったことのない女の子達だけで。ゼロをチラチラと見ている子は居ても、俺を見ている子はいない。首を傾げて「気のせいかな」と零すと──隣から、小さな溜め息が聞こえた。

「何?」
「いや? なんでもない」
「それ絶対なんでもないときの反応じゃないよね?」
「……そういえばあの子とはどうなんだ? この間も課題見ながら話してただろ」
「どうもないよ……」

 今度はこちらが溜め息を吐く番だった。分かりやすく話題を逸らしたゼロに「証明の解説が腑に落ちないって言ってたから教えてただけだ」と言っても、返ってくるのはニヤニヤとした笑いのみ。これは何もないって分かってて聞いたな。

「だいたい、ゼロだってあの子が数学得意じゃないの知ってるだろ」
「まあな。頼られる気分はどうだ? ヒロ」
「……もー、からかわないで」





 はァ〜〜〜〜〜…………!!!!!! マジで今日も可愛いな諸伏。学校のある日しか見ていないから分からないけれど、正直一年を通して可愛くない日なんてある? ってくらいに毎日可愛い。何で? 神の気まぐれ? ありがとうございます。

 頭が良くて運動もできて、男女分け隔てなく優しい。おまけに顔も良い。天は二物を与えずではなかったのか。人の上に人を作らずではなかったのか。神に感謝することしかできない。
 ただ、これといってどこかの宗教を信仰しているわけでもないために、どの神に感謝すればいいか分からない。とりあえず本人に感謝しておこう。今日も生きててくれてありがとうございます。これからも健やかに長生きしてください。

 肌綺麗だな〜〜羨ましいな〜〜スキンケアとかちゃんとしてんのかな可愛い〜〜とか。挨拶代わりの熱視線を送っていたら気付かれてしまったみたいで、思わずロッカーの影に隠れてしまった。

 ──びっくりした。クラスメイトとして関わるのは大丈夫でも、オタク丸出しの状態は流石に見られたくない。こんなキモいオタクなんて見せたら推しの綺麗な目が腐ってしまう。そもそも、アイドルでもないのにアイドル扱いをされているとか、普通は良い気分はしないだろう。やはり本人に気付かれるわけにはいかない。

 声の聞こえない距離だからか、諸伏の隣に居る降谷とは何を話しているかは分からない。けれど、別にストーカーがしたいわけではないから、それでいいのだ。
 いくら好きであるとはいえ、推しに迷惑をかけるべきではない。こっそり影から見てる時点でストーカーだと言われても反論できないけれども。まあ、それは考えてはいけない。推しがそこに居るのに、見るなという方が無理な話だ。





「あ」
「ん? ……えっ、諸伏じゃん」
「今の間なに?」
「気にしないで。頭回ってなかっただけだよ」
「はは、数学だったもんね。お疲れ様」
「くるしゅうない」

 体操服を着込み、更衣室を出たら──推しに遭遇した。

「……次って女子も体育館?」
「そう、バスケ……って、え? 男子も?」
「うん、俺らはバレーボール」
「うわーいいな。楽しそう」

 前の授業が押して時間もない。名残惜しくとも、そのまま体育館に向かおうとしたら──まさかの同じ行き先だった。なんてこったい。元気にコートを跳び回る諸伏が見られるのか。え? 私授業に集中できる? 大丈夫?

 と、そこまで考えて諸伏の隣にいつも居る金髪の姿が見えないことに気が付いた。普段のクラスは違えど、体育は一緒のはずなのだけれども。

「そういえば降谷は?」
「ゼロは当番だから先に行ったよ。支柱立ててくるって」
「……んふ、なるほどね」

 なるほど。ネットを張ってくる、ではなく『支柱立ててくる』と来たか。跳び箱を分けずにそのまま運んでいた姿を思い出して、抑えられない笑いを零しながら「力持ちだもんね、降谷」と呟いた。
 降谷のアレは一般的な力持ちの範囲にすら入らないと思っているけれど、そう言うしかない。例え心の中ではそう思っていたとしても──幼馴染の前ではゴリラなんて言えるわけがないので。降谷だったら本当に一人で支柱を運べそうなところが怖い。多分、安全面からしてやらないと思うけど。

「俺も、」
「何?」
「俺も力はある方だよ」
「急にどうした」

 半袖の体操着を肩まで捲り「むん!」と力こぶを見せた諸伏に軽く目眩がした。なるほど立派なものをお持ちで。掛け声は可愛かったけれど、自己申告通り筋肉はしっかりしている。掛け声は可愛かったけれど。
 何度でも言おう。掛け声は可愛かった。さながら天地創造レベルの衝撃だ。大地が造られ、海が生まれ、地面に草木は咲き誇り──はわわ、私の推し力持ち属性もあるの? さいこう。

「私もあるよ。ぬ゙!」
「……ほんとだ、結構あるね」
「気遣わなくていいよ」

 推しの尊さに気が狂いそうになって、それはいけないと自分の力こぶを作って見せる。悲しいかな全く膨らまなかった。非力なことをすっかり忘れていたらしい。つまり既に気は狂っていた、と。

「筋トレしようかな」
「……無理しなくていいんじゃない?」
「諸伏は優しいね」
「あはは、そうでもないよ」





 自分達の組が終わった休憩時間のこと。隣のコートを見ると、ちょうど諸伏の組が試合をしているところだった。

 難しい体勢からでも、諸伏の打ったトスは綺麗な高い放物線を描き、当然の様に降谷へと渡る。素人目に見ても上手いことが分かるそれは、思わず見蕩れてしまう程のもので。しばらく惚けていると、バレー部の子が「諸伏君上手いね」と言っている声が聞こえた。

 そうだろうそうだろう。私の推しはすごいのだ。自分が褒められたわけでもないのに頬が緩んでしまうのはもう仕方ないだろう。締りのない顔のまま諸伏を目で追っていると、不意に視線がかち合った。

 ──待って、何でこっち見んの。聞いてない聞いてない。試合に集中して。ぎゃ、ドヤ顔可愛い。これはどう返せばいいのか。とりあえずサムズアップを返しておいたけれど、正しい反応であるかは全く分からない。違ったらごめん。





 試合中のインターバルに顔を上げたら、笑顔のあの子と目が合った。スパイクを決めたゼロじゃなくて? とは思ったけれど、そのまま、俺に向かってサムズアップされた。俺で間違いないらしい。
 ──そっか、俺のこと見てたのか。じゃあちょっとだけ、いいとこ見せないと。

「今日調子良かったな、ヒロ」
「え、そう?」
「ああ。さっきのスパイクも凄かったぞ」
「本当? ありがとう」

 「普段は滅多に自分で打たないのにな」と女子のコートを見ながらニヤニヤするゼロに、思わず眉を寄せた。ゼロの視線の向こうには、今し方始まった試合でパスを回すあの子がいる。これはバレているな。

「試合中に目でも合ったか?」
「ゼロ……!」
「ははは! 冗談だ」





「今日の体育のトス本当に最高だった。何であの乱れたレシーブをあんなに綺麗に返せるの? レシーブだって綺麗に返せてたし、その後のスパイクも凄かったよね。力はある方だって言ってたけど想像以上だった……って聞いてる?」
「聞いてる」
「本当に?」
「しつこいな。聞いてるって言ってるだろ」
「ごめんて……」

 放課後の誰も居ない図書室にて。今日も今日とて、共に当番が当たった降谷に推し語りをしている。もはや委員の仕事が一緒になるときの恒例行事だ。

 カウンター内で暇つぶしの本を開く降谷に構わず、オタク丸出しの推し語りをしている。若干申し訳ないとは思うけれど、他に聞いてくれる人が居ないのだ。我慢してほしい。
 こちらも定期的に吐き出さないと、いつか爆発しそうで怖いのだから。爆発して推しに迷惑は掛けられない。

 私の推し語りを聞かされている降谷は、基本的に手元のページが進まない。だから聞いてくれていることは分かる。分かるけれど、返しがあまりにも雑なのだ。
 でも大切な幼馴染の追っかけなんてそんなもんだよな。少なくとも私だったら、幼馴染にこんなキモいオタクが居ることに対して、あまり良い感情は抱けない。その幼馴染ももうしばらく会ってないけれど──その話はいいか。

 話も逸れたことであるし、気持ち悪いことはは自覚しているから、そろそろ終わりにしよう。そうして無言で手元の本に視線を落とすと、隣からは「えっ」と驚いたような声が上がった。

「何」
「いや……もう終わりか?」
「うん」
「熱でもあるのか!?」
「失礼だな。ないよ」

 もっと語っても良いんですか? とは思ったものの、推し語りは何かのきっかけがないと止められるものではないのだ。せっかくのきっかけを無に帰してしまわないためにも、なけなしの理性を総動員して「終わる」と返す。──うん、やっぱこの作家は面白いな。





「貸し出しってまだできる?」
「できるよ。諸伏は部活終わり? お疲れさま」

 「今日は早く終わったんだ」とニコニコしながら図書室に来たのは、クラスメイトの諸伏景光──十数分前まで私が推し語りをしていたその人だ。カウンター内を覗いて「ゼロは?」と聞く諸伏に「トイレ」と返して貸し出し手続きを進める。

「諸伏、この作家好きなの? 前も借りてたよね」
「……覚えてたんだ?」

 や ら か し た。

 雑談がてらと何も考えずに口を開いて、己のやらかしを悟った。

 そりゃね、推しがよく借りていく作家の名前くらい覚えていますよ。私もよく読む作家だったら尚更覚える。わあ〜……でもごめん、今のは流石にキモかったな。いたたまれなさすぎて顔が見れない。
 作業中の手元に視線を固定して、なんとか「そんなに人来ないからね」と返すと、少しの間の後に「そっか」と返ってきた。ごめんごめんごめんやっぱキモいよな。本当にごめん。オタクはキモいんだからもっと考えて発言しろ。猛省します……。

 多分降谷に会いに来てるはずだろうに、目的のその人が離席中なのも申し訳ない。いや、降谷のトイレは私のせいじゃないけれども。
 早く帰ってきて降谷、と思いながらも貸し出し手続きを終えて違う作業をしていると「好きなの?」と話し掛けられた。諸伏のこと? 大好きだよ。って違う、絶対違う。というか、まだ居たのか。まあ、降谷に会いに来てるなら戻ってくるまで居るわな。そりゃそう。

「何が?」
「この作家。そこにも置いてあるけど」

 「読んでたんじゃないの?」と緩く首を傾げる諸伏のあまりのあざとさに叫び出しそうになって、寸でのところでどうにか抑え込む。なるほど、この作家の話ね。なるほど。
 ──迂闊に告白しなくてよかった。危ない。

「好きだよ。綺麗な情景描写の割に心情描写が生々しいのとか、伏線の回収もすごいよね」
「あ、分かる。あれもこれも伏線だったの? みたいなのも全部綺麗に回収されるよね。何度も読み返したくなる」
「そうそう。たまに書いてるミステリーも凝ってて面白いし」
「ミステリー……?」

 おっとこの反応は読んでないな。ならばネタバレはすまい、とカウンターの奥から件の『たまに書いてるミステリー』を引っ張り出す。今日返却されたものだ。

「これとか」
「読んでないやつだ」
「あは、やっぱり? 面白かったよ」
「ん〜……じゃあそれも借りようかな」
「了解〜」

 確か諸伏の貸し出し冊数は上限まで行ってなかったはず、と再度手続きを進める。日本のミステリー作家だと工藤優作が有名ではあるけれど、この作家もなかなか面白いのだ。

 そうしてしばらく、人の来ないカウンターで「あの作品も良かった」「似た系統ならあの作家もいいよね」「わかる」「あの伏線凄かったよね」「わかる。そう来たか〜みたいな」「そうそう、伏線だろうなとは思ってたけどそっちに掛かってくるのか! って」などと作家談義に花を咲かす。諸伏も随分読み込んでいるのか、詳しい感想も言い合えるのが楽しいのだ。

「ヒロ? やっぱり来てたか」
「ゼロ!」
「おかえり降谷」

 永遠にも思える推しとの幸せな感想戦は、降谷が戻ってきたことにより終わりを迎えた。時計を見るとちょうど閉館時間で。
 随分長いトイレでしたね。サルウィンまで行ってたの? とは思ったものの、戻って来ないよりマシだ。ほらあ、諸伏もちょっと眉顰めてんじゃん。せっかく幼馴染に会いに来たのに当人がサボって帰ってこないのはいくら諸伏でも怒るでしょ。

「降谷も戻って来たしそろそろ閉めよっか。諸伏、向こうのカーテン閉めてきて」
「はーい」
「ヒロを顎で使うな」
「黙りなサボり野郎。私はパソコン切ってるから降谷は返却図書戻してきて」

 そりゃあね、流石に委員でもない諸伏を使うのはどうかなとは思うけれども。早く閉めないと叱られるのは図書委員なのだ。サボり野郎に全てを擦り付けてもいいけれど、時間を忘れて喋っていたの私も大概なので。ならばお喋り相手にも手伝ってもらいたい、というのが紛れもない本音だった。

「終わったー? 鍵閉めるよ」
「鍵は僕が返してくるから送っていったらどうだ?」
「ゼロ!」
「バス停そこだし別にいいよ。諸伏は降谷に会いに来たんでしょ? 一緒に帰りな」

 「気を付けて帰りなよ」と手を振って、内心舌打ちしながらバス停へと足を向ける。あんのサボり野郎、諸伏の過剰摂取で私を殺す気か。





「ヒロ、僕に会いに来たことにされてるぞ」
「いやぁ……もうそれでいいよ……」



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夢主
 数学教師と反りが合わない図書委員。推しが素敵で人生が楽しい。今日も生きててくれてありがとう!
 推しの前での猫かぶりは当たり前。だって嫌われたくないじゃん! キモいオタクな自覚があるので余計に落ち着いたクラスメイトの皮が剥がせない。


諸伏
 力こぶ(平ら)を作って見せたクラスメイトに一瞬意識を持ってかれた。細いな……肌白いな……筋トレ? しなくていいんじゃない? 俺が守るから。
 クラスメイトに会いに来たのに何故か幼馴染に会いに来たことにされてた。あの子が読んでる作家だな〜と思って読んでみたら面白くてハマった。


降谷
 別ベクトルの好意を向け合う割に、お互い全く気付く様子のない幼馴染と図書委員を見ているのが愉しくて仕方ない。口を出す気はないけれど、それはそれとして、早くくっつかないかなとも思っている。
 トイレでは参考書を解いていた。どうせ自分ではない方の図書委員を目当てにヒロが来てるんだろうなと思ったので。それはそれ、純度100%の好意を持って幼馴染が褒められている様を聞くのは素直に楽しい。

(2022.1.11)