オウ、と聞いているのかいないのか分からない返事を返す白髪を見つめる。仕事だろ真面目にやれとは思うけれど、生憎仕事の話はこれで終わりだ。つまりもう真面目にしなくていい。と、言うことは? そう、推し語りの時間です。
「この前の、」と口を開けばピクリと耳が動く。なるほど、左馬刻は耳が動くタイプの人間、と。いや、それはどうでもいい。聞く体勢に入ったのならばもうこっちのものだ。
「この前のライブのさぁ!! 45 Rabbitマジ、マジでバカブチ上がって最高だった……!!声の調子も喉の調子もリズムの取り方も最高だし、ビジュまで最高ってどういうこと?! 毎回思うけどあの手袋何?! 住みたい!! 各曲の振りもキュートで、でも口を開いたら最高にかっこよくてもう本当に……好き……!! 本当はあれもこれも言いたいけど正直もう巻き舌しか覚えてないのが悔しい……巻舌……最高……」
「結構覚えてんじゃねえか」
「何処がだよ。頭からケツまで覚えてないと覚えてるとは言えないだろナメてんのか」
「あ゙?」
仕事相手兼腐れ縁、兼私の最推しである45 Rabbit__ヨコハマ警察署 組織犯罪対策部巡査部長 入間銃兎の所属するチームのリーダー、碧棺左馬刻。彼は、聞くに絶えない私の推し語りを聞いてくれる唯一の人である。
……
…………
「唯一の人」とは言ったが、左馬刻とは別に恋人とかそういう関係性ではない。所謂オトモダチでもない。本当にただの腐れ縁だ。
そもそも私はいちヨコハマ在住のヨコハマの女。左馬刻のマイク整備と、その他の細かい調達やらなんやらをする至って
「雑用なら組の人にやってもらいなよ」と常々思っている、どこの組にも属していない所謂何でも屋。この言い方だとイケブクロの萬屋山田と被るけれど、彼らに回すことができないアンダーグラウンドに特化した何でも屋なので被りは無い、と信じたい。向こう一応未成年だしね。皆めちゃくちゃ頭良いししっかりしてるけど「回しちゃいけない仕事」は確かに存在する。その辺を引き受けるのが私だ。私のネーミングセンスが壊滅的故に屋号は無いけれど、1人でやっているので特に不便は無い。一応あった方が便利かなあと思って相談してみたら、挙げた例を聞いた左馬刻がドン引きしたほどのネーミングセンスなので察してほしい。推し語りの最中より引かれた。
だからと言うか何と言うか、山田君とはサシで顔も合わせたことがないから向こうも私を認識しては居ないだろう。バスブロがMTCとバトるときは45 Rabbit目当てで観に行くから私が一方的に知っているだけ。と、私の話はどうでもいいんだ。
「でね? 45 Rabbitのよく通る声で紡がれるフロウが本当に好きって話はずっとしてんじゃん?」
「そうだな」
「今回のは特にさあ、フロウもなんだけどさあ……うぅ……」
「最低限まとめてから話し始めろ」
「そうだよねごめん、ちょっと待ってて。まとめる」
語っている途中で感極まってしまって言いたいことが分からなくなるのはオタクの悪い癖だ。煙を吐きながらニヤニヤとこちらを見る左馬刻は最高にムカつくけれど、正直聞いてくれるだけでありがたいのだ。文句は言えない。嘘、言いたい。お前仕事の話してるときマジで興味無さそうだった癖に何なの? お前のマイクの扱いをマシにしろって話だったんだが? いやでも語りを聞いてくれるだけで最高なので文句は言わない。そんなことより今は45 Rabbitの話だ。
「今回のライム、いつにも増してガチガチにハマってたじゃん。聞いてて凄い気持ち良かったんだよね。マジで頭の構造どうなってんの? 神か? 神なのか?」
「人間だろ」
「いやそれはそう間違いない」
例えそれが努力の上で成り立っているものだとしても崇めずには居られないのだ。いや、45 Rabbitの私生活とか全然知らないから努力してるのかすらも知らないけれどそれはそれ。多分してるでしょ。酸いも甘いも、と言うよりこのヨコハマで組対の警察官をやっている時点で辛酸は舐め尽くしているはずなのだ。知らないけど。
薬を嫌うことだけは
「えー…………でも本当に…………しょっぴかれてえ………………」
「……銃兎呼んでやろうか?」
「絶対やめろ。ベルトに金突っ込みたくなる」
マジで引いた顔して「キモ……」とか言うなよ。そのくらい私も自覚してんだよ。クソ、マジで二律背反オタクしんどい。仕事の邪魔はしたくないし手間も掛けさせたくないけどしょっぴかれたい。薬……仕事受ける……? いや、ナイナイ。あの綺麗なお顔で蔑まれるのは心にくるし、そもそも私も薬は好きじゃない。でもちょっと、ほんのちょっとだけ蔑まれたい気もする。うう、でも無理。今日も推しが素敵だ。
頭を抱えて「差し入れとかする……? いやでも……」と呻く腐れ縁を眺める。昔はただの何でも屋だったのに何がどうなってこうなったのか。こいつがこうなった原因がウサポリってところは癪だが、まあいい。
「左馬刻さあ、45 Rabbitが何が好きか知ってる? 知ってるよね? 知らないわけないよね?」
「あー、骨董品?」
「骨董品……買うか……? でも匿名で急に骨董品送られてきたら怖くない?」
「怖えな。やめとけ」
「だよね。詐欺でしかない。詐欺じゃないけど」
「……お前、そろそろ時間やべえんじゃねえの」
確か今日はまだ仕事があると言っていたはずだ。時計を見て「っべ、また来る!」と走って行った声に背を向けて手を振る。結局また俺様には何も無しかよ。今更言われたところで気味が悪いだけだが。毎度銃兎の話ばっかなのも飽きねえよな。
つか匿名配送が前提の差し入れって何だよ。どんだけ認知されたくねえんだ。
「……さっきまで誰か居たのか?」
「あ? 何でだよ」
部屋に入って来て早々、すん、と鼻を鳴らして「良い匂いがする」と言う銃兎に眉を顰める。「キモ」と言えば「あ゙?」と返されるが心当たりはひとつしかない。アイツが今度来たときに言ってやればどんな顔をするだろうか。まあ、アイツのことだ。血ィ吐いて自殺しかねねえから言えねえわ。