チームでの連携を始めた灰崎は、木戸川清修を華麗に抜き去り、攻め上がる。
 鬼道が求めるのは、最高のサッカー。対して、灰崎は――。

「俺が求めてんのは、敵をぶっ倒すサッカーだ……復讐のためのな!!」

 理由も、意思も、何もかも違う二人が、同じゴールを、勝利を目指して走る。
 灰崎が、折緒へとパスを出した。ゴール前は、がら空きだ。

「スペクトルマグナ!!」

 折緒の必殺シュートが、ゴールネットを激しく揺らした。
 これで、星章学園はようやく一点を返し、点差は一点だ。

「連携ディフェンスに、連携で対抗しやがった……!」

 まさか、こんな展開になろうとは思いもよらず、万作が、目を見開く。
 灰崎の目は闘志に満ち、ランランとしていた。

「灰崎……何か、今までと違う!」
「うん、これならマジで逆転とかあり得るかも!」

 生き生きとしている灰崎を見ながら、明日人と花茶は笑いあった。

「灰崎に新たな道を示したということか……」

 灰崎の変化を同じフィールドで目の当たりにした豪炎寺が、ポツリと呟く。そして、鬼道がピッチの絶対指導者と呼ばれる由縁に、深く納得した。
 ――全ては、ここから。
 鬼道は、そう確信した。

 後半は、残り七分。木戸川清修のボールで、試合再開。
 これ以上失点するわけにはいかない木戸川清修が敵陣へと切り込む。豪炎寺、武方へと順調にパスを回していく。

「9番、がら空きだ!!」

 灰崎の的確な指示で、すぐにマークにつく。星章学園において、既に連携の心配は無用のようだ。

「おい、トゲトゲ! トンガリにつけ!」
「ヘッ、任せとけ!」

 連携は整っているものの、灰崎はチームメイトのことを、ちゃんと名前で呼ぼうとはしない。そこだけが不安要素だろう。
 チームの力が上がりつつある星章学園を前に、木戸川清修はうまく立ち回ることができず、ボールをカットされてしまった。
 しかし、やられてばかりというわけでもない。豪炎寺がスライディングで、ボールを取り返して見せたのだ。
 そのまま、ゴール前へと走る。

「ファイアトルネード!!」

 豪炎寺が放ったファイアトルネードは、ゴールへと突き刺さる。
 失点した分を、すぐに取り戻した。これで3ー1……点差は、再び二点だ。

「よっしゃ! 本気きたーっ!」

 小僧丸が、飛び上がりながら喜んでいる。豪炎寺の活躍が、本当に嬉しいようだ。

「この試合、本当にどうなるかわかんないな……手汗やば……」

 緊張で顔の筋肉を固めた花茶が、太ももの辺りに手のひらを押し付け、手汗を拭う。
 観客席にいても伝わってくる、緊張感――もし自分が、このフィールドに立っていたら……そう思うだけで、冷や汗が出てくる。

「あと、三点も取らなきゃだなんて……」

 この時点で、残り時間は五分を切っている。
 時間内に三点も取れるのかという不安から、弱音を吐く早乙女。

「ざけんな。ちゃんと目ぇ開けてみろ。見えてくるぜ、勝利への道が……」

 まるで、こんなところで諦めるな、と言っているかのような言葉が、灰崎の口から溢れる。
 灰崎の目は未だ、闘志100%だ。

 試合再開のホイッスルが鳴り、灰崎から鬼道へパスが繋がる。

「止めろ!」

 攻め上がる星章学園を行かせまいと、豪炎寺が叫ぶ。
 星章学園は次々パスを回し、ボールはフリーの早乙女へと渡った。
 すかさず、ディフェンダーが立ちはだかる。

「エンジェルレイ!」

 神々しい光が辺りを照らす。そのまま早乙女はディフェンダーを抜き去った。
 そして、その勢いで鋭いシュートを放つと、ゴールキーパーに阻まれることなく、ゴールへ吸い込まれていった。
 木戸川清修は三点、星章学園は二点――点を取られれば取り返すの連続で、全く先が読めない展開になっていく。
 個人プレーばかりたった灰崎が連携することで、チーム全体の力が引き出されている。そのことを、野坂が「うまくやれてるじゃない……彼らの思惑通り」と意味深に呟いた。

 木戸川清修から試合再開すると、すぐに攻め上がる。
 星章学園は、武方から二人で連携し、ボールを奪ってみせた。

「行くぞ!」

 水神矢の掛け声で、攻め上がる星章学園。
 ボールを奪われて悔しいらしい武方が、「調子に乗るな、みたいな!」と歯をギリギリ鳴らした。
 皆で正確にパスを繋ぎ、上がっていく。このボールが運ぶのは、勝利への熱い思いだ。

「オーバーヘッドペンギン!!」

 ボールが灰崎の元へ渡ると、必殺シュートを繰り出しゴールを狙う。
 ディフェンダー二人がかりでも、ゴールキーパーですらも止められず、灰崎の必殺シュートが綺麗に決まった。
 ようやく、同点に追い付いた。
 アディショナルタイム、残り一分。先に点を入れた方が勝つ――そんな緊迫した場面だ。
 意を決し、武方が、上がっていく。

「今こそキメる時!」
「ファイアトルネードを越える、俺たちの必殺技!!」
「バックトルネード!!」

 ファイアトルネードの亜種、バックトルネード――武方三兄弟が編み出した、ボールをかかとで蹴り落とす必殺シュートだ。

「もじゃキャッチ!!」

 ファイアトルネードを越える、とは言っていたが、ゴールキーパーである天野に止められ、追加点にはならなかった。

「すごい…!」
「バックトルネードか……」
「凄すぎて、こんがらがってくる……」

 必殺技の応酬に、頭が追い付かない。整理しきれない。明日人と小僧丸と花茶は、ただただフィールドに釘付けになるだけだった。
 天野から鬼道へ、鬼道から二子玉川へ、パスが出される。
 残り時間は、わずか三十秒。

「間に合わねぇ……!」

 早く点を入れなければ――焦りが募る。
 ただ、灰崎は冷静に選手の動きを観察していた。
 どう動くべきなのか、どこにパスを出すべきなのか、一瞬のうちに頭の中で計算し、答えを出す。

「そこか!」

 パスを出しやすい位置に灰崎が移動すると、二子玉川はすぐに灰崎の足元目掛けてボールを蹴り出した。
 灰崎がボールを待ち構えていると、パスを妨害しようと、目の前に豪炎寺が走り込んでくる。

「もらった!」

 豪炎寺がボールを受けようとすると、更にその前へ鬼道が走り、足を伸ばす。臨機応変に対応した鬼道のプレーで、豪炎寺に取られることはなかったが、トラップしたボールは宙で大きく弧を描き、灰崎を通り越していってしまった。

「鬼道さんが、ミスだと……!?」
「……いける!」

 一見ミスだと思われるそのパスも、灰崎なら届くと、強く信じている鬼道の作戦だった。

「へへへ……楽しませてくれんじゃねぇか!」

 その意思を汲み取った灰崎がニヤリと笑い、物凄いスピードで駆けていく。

「灰崎!」
「いける……!」
「届け!!」

 仲間からの励ましや応援を受け、灰崎がグッと足を伸ばす。
 すると、なんとか爪先でボールをトラップすることに成功した。

「鬼道は、これを見越していたと言うんですか!?」
「あぁ、ミスキックなんかじゃない!」
「灰崎が追い付くことを読んでいた、みたいな!?」

 武方三兄弟がしてやられたと言わんばかりに声を張る。
 スルーパスが通るのを完全に信じていた動き、新たなる連携……全ては、鬼道の思惑通りだ。

「デスゾーン、開始!」

 見事トラップしたボールを運び、灰崎は合図を出した。

「デスゾーン!!」

 三人で放った必殺シュートがゴールを割る。
 そして、その時試合終了のホイッスルが鳴り響き、星章学園が逆転勝利を決めた。
 最後は、灰崎を信じたチームプレーが奇跡を呼んだ。
 あれだけ不利だったはずの星章学園が、取り返し、成長した素晴らしい試合となった。
 星章学園の皆は、満面の笑みでその勝利を噛み締めていた。
 その様子を見ながら、鬼道は思った。
 ――灰崎、やっとなれたか、星章学園の真のエースストライカーに……。
 これが、灰崎はさが闇から抜け出す第一歩となる……鬼道はそう確信した。

「灰崎凌平か……面白くなってきたな」

 負けてしまったが、豪炎寺は、新たなるライバルである灰崎に興味を持つと共に、今後のサッカー界への期待に胸を膨らませていた。

「良い試合だった」
「あぁ」

 そして、元チームメイトである鬼道と豪炎寺は、固く熱い握手を交わした。

「くっそー……」

 豪炎寺が負けてしまい、ぶすくれる小僧丸に、明日人は苦笑いを溢す。

「勝ち負けはあるけどさ、どっちもかっこよかったよね」

 小僧丸を励ますように、花茶が言う。小僧丸は、勝敗にあまり納得がいってない様子だったが、「……まぁな」と頷いた。
 
「なーちゃん、なーちゃん!」

 撫子が、興奮しながら杏奈の手を握る。そして、満面の笑みで、

「やっぱりサッカーって面白いね!」

 杏奈は嬉しそうな撫子を見て微笑し、「そうね」とだけ答えた。
 観客席から、二校の戦いを称えた大拍手が巻き起こる。その拍手に包まれながら、西蔭が気がかりなことを口にした。

「チームプレーを考えるようになった灰崎が、厄介な相手となりますね」
「あぁ、だけど、灰崎くんの持ち味は仲間と連携するプレーじゃない……灰崎くんを本当に怖いプレーヤーに変えるのは、別のところにある。そんな気がするんだ」

 野坂がそう言うと、西蔭は首をかしげ、「それは?」と問う。
 野坂はフフッと笑い、

「いいよ、僕の勝手な妄想さ」

 そう、楽しそうに言った。


***


 試合後、どうしても灰崎と話したくなった明日人と花茶が、星章学園スタジアム内を走り回っていた。

「あっ、灰崎!」
「いたいた!」

 やっと見つけると、二人は灰崎に駆け寄っていく。

「やっぱり試合、出たんだな!」
「試合前はあんなこと言ってたのに……まぁ何はともあれ、すごく良い試合だったよ!」

 目を輝かせながら明日人と花茶が畳み掛けると、灰崎は二人に交互に視線を送り、一拍置いて、

「誰だ、お前ら」

 無表情でそう言った。

「えっ!?」
「ちょっと!」
「ハッ、ヘナチョコ中だろ。知ってるよ」

 しかし、明日人と花茶が声をあげると、少しだけ優しさを滲ませた表情で、冗談めかして広角をあげた。

「なんだ、覚えてんじゃん……!」
「とういうか、ヘナチョコじゃないって!」
「それと、雄叫び女」
「それは忘れていいっての!」

 花茶が顔をひきつらせて言うと、灰崎は「じゃあな」と残して去ろうとする。

「やっぱ、スッゲー熱くなれた、灰崎のプレー見てたら! 前より熱かったよな!」

 灰崎を歩いて追いかけながら、明日人が再度話しかける。灰崎は無言だ。
 そんな灰崎の背中を見つめながら、明日人は思いきって質問を投げ掛けた。

「……なぁ、灰崎は復讐のためにサッカーをしてるのか……?」
「お前には関係ない」

 つつかれたくない領域らしく、灰崎は冷たく言った。
 自分の中へは誰も踏み込ませない――そうしたくないという灰崎の態度に、明日人は眉を八の字に下げる。

「灰崎、サッカーは復讐のための道具じゃない……」
「うるせぇ! どんな理由でサッカーをしてようと、俺は強い。重要なのはそれだけだ」

 振り向きもせず、灰崎が吐き捨てる。
 自分の気持ちなど関係なく、あの茜という少女のためだけに、動いているように見受けられた。

「……灰崎!」

 今度は、花茶が灰崎を呼び止める。

「あのさ……昨日、ゲームセンターで会った後……実はこっそり灰崎の後つけた!」

 とんでもない暴露に、灰崎が思わず振り返る。明日人は花茶の隣でギョッとし、あたふたと戸惑っている。

「それで、灰崎は話したくないだろうから詳しくはわかんないけど、なんとなく、事情があるのは察した。だから――」

 花茶が言いかけたところで、灰崎は花茶の腕を強く引き、壁に追いやる。
 そして花茶の顔の横に荒々しく手をつくと、鋭い眼光で花茶を睨み付けた。

「灰崎っ……!」

 明日人が花茶の身を案じ割り込もうとするが、一触即発状態の灰崎を前に怖じ気づき、言葉が出てこない。

「ふざけんな。コソコソと人の身辺を嗅ぎ回りやがって……気持ち悪ぃんだよ、お前」
「うん、ゴメン」

 花茶は怖がる様子もなく、灰崎としっかりと目を合わせ、誠意をもって謝罪すると、灰崎は舌打ちをし、花茶から離れる。

「復讐はやめて、なんて、私には言う資格がない。でも、私には何もできないかもしれないけど、少しでも何か、力になりたいと思ってる。それだけは嘘じゃない」

 本心の言葉を紡ぎ、偽りのない瞳を灰崎に向ける。
 ゲームセンターでテディベアを取った後の、あの灰崎の優しそうな表情――茜を思ってのあの表情から、灰崎は皆が言うほど悪い人ではないということを感じた。だからこそ、協力したいと思ったのだ。

「馬鹿か。お前がアイツにしてやれることなんて……」
「お見舞いくらい行くよ、私も」
「図々しい」
「そんなこと知ってる」

 それでも、積極的に茜に話しかければ、何か道は開けるんじゃないかと、友達になれば何かが変わるんじゃないかと、花茶はそう考えたのだ。

「そうだ! もしこの後、灰崎がお見舞いに行くなら……絶対に迷惑かけないようにするし、ちょっと会ったらすぐ帰るから……お願い! 私も会いに行きたい!」

 手を合わせて懇願する花茶を、灰崎はジッと見下ろす。しばらくして、断ることを諦めたのか、「勝手にしろ」と鼻を鳴らした。

「灰崎……ありがとう! それじゃあこの後、準備ができたら昨日のゲームセンターに集合ね!」

 花茶の歓喜に満ちた声を、灰崎は背中で受け取った。

「明日人、そういうわけだから、皆と一緒に先に帰ってて!」
「えっ!? あ、うん、わかったよ……!」

 呆気にとられながらも、明日人はうんうんと頷いた。

 渋々、花茶と茜の見舞いに行く約束をした後、灰崎はロッカールームへ向かった。
 ロッカールームで着替えていると、ふいに水神矢が声をかけた。

「良かったぞ、今日のプレー」

 無言のままの灰崎に、水神矢は続ける。

「お前は、何を背負っている……?」
「あぁ?」
「何かあるなら話せ」

 すごんでも踏み込んでこようとする水神矢に、先程の明日人と花茶を思いだし、「今日はこの話ばっかだ」と、灰崎は小さくため息を吐いた。

「アンタに、言う必要はない。大体、何もねぇよ、別に」
「わからないことばかりだな……お前は。だが、一つだけ言えることがある」

 灰崎が、水神矢に視線を移す。

「今日のお前は、確かにサッカーを楽しんでいた」

 それがわかっただけでも嬉しいのか、水神矢はキャプテンとして、灰崎を誇らしげに見ていた。
 その目から逃げるように、灰崎はロッカールームを後にしたのだった。


***


「灰崎、やっと来た!」
「そんなに待たせてねぇだろ。つーかなんでゲーセン集合なんだよ」

 花茶は、星章学園スタジアムを出た後、昨日のゲームセンターを待ち合わせ場所に選んでいた。

「それはほら、これ!」

 そう言って花茶が見せたのは、可愛らしい熊のキーホルダーだった。

「待ってる間に取っちゃったよ。お見舞いの品、的な? こういうの好きなんでしょ?」
「それを取るために、わざわざここ選んだのかよ」

 いい加減呆れてきたと言わんばかりに、灰崎がジト目で花茶を見る。

「もっと嬉しそうにしてよ。これ取るのに1000円も使ったんだからね」
「下手くそ」
「うっさい!」

 花茶は頬を膨らませながら、ついていくという立場であるのにもかかわらず、何故か「ほら行くよ!」と先頭を切って歩き出した。

「灰崎、あのさ」
「黙って歩け」

 一言でバッサリと会話を切られる。
 花茶はしばらく黙りこんだが、どうしても我慢できなくなり、口を開いた。

「やっぱり、どんな事情があるのかは教えてもらえないんだよね?」
「あたり前だろ。どうしてお前に教えなきゃいけない」

 見舞いに行くし、できることなら仲良くなりたいと思っていた花茶は、灰崎の冷たい態度に言葉を詰まらせた。
 赤の他人が、突然押し掛けようとしているのだから、そうなるのは言うまでもない。
 しかし、少しでも茜のことを知りたいと思っているのもまた、事実だ。

「……茜ちゃんと、アレスの天秤っていう単語だけは知ってて、察してるんだけど」
「お前……どれだけ土足で踏み込んでくるつもりだ」

 至極嫌そうに、苦虫を噛み潰したような顔で言う灰崎。

「自分でもそう思う……本当ゴメン」

 心底反省している様子の花茶に、灰崎は少し間を置き、

「茜の心は破壊された。アレスの天秤にな」
「心が……」

 茜の雰囲気を思いだし、花茶が
は合点がいったように手を叩く。
 灰崎に「誰にも言うなよ」釘を刺され、頷いた。
 それ以上の事情は話してくれなかったが、それだけでも話してくれたことに、花茶は「教えてくれてありがとう」と礼を言った。

 病院につくと、早速茜の病室へと入っていく。

「……よぉ」
「こんにちは。初めまして、茜ちゃん!」

 灰崎と花茶が声をかけても、茜は反応を示さない。
 花茶は、心が苦しくなるのを感じた。

「私は小金井花茶。灰崎のお友達だよ」
「誰がだ、ふざけんな。無理矢理ついてきただけだろうが」

 花茶の横で、ツッコミを入れ終わると、灰崎はテレビの横のテディベアを見つけ、少し嬉しそうにほころんだ。

「……飾ってくれてるんだな。名前とか、つけたか?」

 反応しない茜に、灰崎は話し続ける。

「例えば、クマ蔵……ってのはどうだ?」
「灰崎、ネーミングセンス男っぽすぎ。女の子なんだからもっと可愛い名前つけるよ、例えば……クマ子とか?」
「お前も大概だろ」

 コントのように繰り広げられる二人の会話は、茜の耳には届かない。

「……待っていろ。俺はサッカーでお前の復讐をしてやる」
「灰崎……」

 茜の姿を見る度、彼女の色を失った表情を思い出す度、怒りが沸々と沸いてくる。灰崎の声色からは、憎しみがうかがえた。

「だが……それが終わったら、ゆっくりサッカーをやるのもいいかもな……」

 灰崎のその言葉を聞き、復讐のことだけを考えているわけではなく、その後のことも思い描いているのだと知り、花茶は嬉しくなった。
 そして、花茶はふと、ベッドに座る茜の側に駆け寄り、両手を包み込むように握った。

「大丈夫。灰崎は強いから、すぐに笑える日がくるよ。茜ちゃん、その時まで……もう少しの辛抱だよ」

 無表情のままの茜の両手に、優しく熊のキーホルダーを手渡す。
 ――二人に、頑張ってほしい。
 花茶は以前までの二人を知らないが、現在の二人を見ていて、強くそう思い、いつか二人が以前のような関係を取り戻せるのなら、自分も力を尽くそうと決心した。

 見舞いを終えた二人は、病室を後にした。
 その後に、茜の病室へと入っていった野坂の姿をとらえることは、できなかった――。

「茜ちゃん」

 野坂が名前を呼ぶと、茜はその声に反応し、野坂へ目を向けた。

「お見舞いに来たよ」

 野坂が、優しく微笑む。

「……あれ、これ、どうしたの? それに、その手に握っているものも……」

 テレビの横のテディベアと茜の手の中の熊のキーホルダーを手に取り、野坂は嘲笑するように言う。

「茜ちゃん、熊なんてもう好きじゃないのにね。こっちでしょ」

 野坂が、テディベアを持っていないもう片方の手で隠し持っていた花を、茜に渡す。
 すると、茜は微かに頬を緩ませ、花を受け取った。

「綺麗だよね。……そうそう、今日さ、試合観てきたんだ。なかなかに有意義だったよ」

 野坂がテディベアと熊のキーホルダーを置き、今日の出来事を、上機嫌で話し出す。
 その内に、テディベアが位置を変えられたことによってバランスを崩し、熊のキーホルダーを巻き込んで、2つともゴミ箱へと落ちていった。


***


 数日後、雷門中部室にて。
 今日は、雷門中が出場する試合の日なのだが、とある問題が起きていた。
 そのことを全く知らない杏奈が、急いで部室へと足を踏み入れる。

「遅くなりました、ごめんなさい! 試合ギリギリになってしまって……!」
「あぁ! 杏奈ちゃん! おかえりー!」
「なーちゃん、おかえり!」

 途端に、つくしと撫子が杏奈に抱きつく。
 二人は、涙を流していた。

「大変だったんだよー!」
「ちょ、どうしたんですか……!?」
「もうここのところ大変でー!」

 わんわん泣いている二人に訳もわからず、杏奈が尋ねる。

「ここのところって……家族旅行で3日間留守にしただけですけど……? どうかしたんですか!?」
「一言では言えないの……!」

 つくしがそう言い、雷門イレブンを見ると、彼らもまた焦っている様子でイレブンバンドを見ていた。

「もう試合は始まっちゃうのに……!」
「笑えないですよ、はっきり言って!」

 明日人も日和も、焦りから声が大きくなる。

「あの監督、薄々怪しいとは思ってたんですよ!」

 怒りながら奥入が言うと、小僧丸は「いや、完全に怪しかっただろ……」と小さくツッコミを入れた。

「監督が、どうかしたんですか……?」

 監督の話題になったところで、杏奈が問いかける。

「そうなんです、監督は……」
「監督は……?」

 杏奈がゴクリと唾を飲む。

「捕まりましたー!!」
「ええ!? 捕まった!?」

 つくしが一際大きい声量で言うと、杏奈はそれを上回る声量で聞き返す。
 大切な試合の日に、監督が不在――一難去ってまた一難とはこのことだ。
 その頃、監督は牢屋に閉じ込められていた。