(年齢操作/日和くん二十歳、ジュンくん十九歳)
スマホが着信を知らせたのは観ていたバラエティ番組がちょうどCMに差し掛かった頃だ。震えるそれを手に取り、表示された恋人の名前を確認して呼び出しに応じる。
「もしもし日和くん? どうしたの」
『あ〜……もしもし苗字さん。オレ、漣ジュンです。おひいさんのスマホから掛けてます』
「あれ、漣くん? 日和くんは?」
電話口の向こうの思いがけない相手に少し動揺しつつ持ち主はどうしたのか尋ねれば、漣くんはばつが悪そうに言い淀む。しばらくして意を決したように口を開いた。
『苗字さん……今からそっち行くんで、おひいさん預かってくれませんか』
「えっ……今から?」
▼▼▼
時刻は二十一時過ぎ。そろそろ着くだろうか。
タイミング良くインターホンが鳴り、カメラを確認する。漣くんたちで間違いない。
私は足早に玄関へ向かい扉を開け、無言で入るよう促す。二人が部屋に入ったのを確認し、私は入れ違うように出て左右の廊下を覗いて――大丈夫、尾行されたりはしてないみたいだ。ドアを閉めてしっかり施錠した。
「こんばんは、突然押しかけてすいません」
「こんばんは。ううん、びっくりしたけど大丈夫だよ。それで……日和くんは一体どうしたの?」
おひいさん着きましたよぉ、と漣くんに肩を貸され連れてこられた人物はストールで顔をぐるぐる巻きにされていた。あれは息出来ているのだろうか。
「これは顔隠すのと、あとゲロ防止っす。念の為」
私の疑問に答えるよう漣くんが真剣な顔で補足した。日和くんの扱いが雑なんだか丁寧なんだか分からない。
「えーと、つまり……酔いつぶれたってこと?」
「そうなんすけど……ちょっと理由があって。おひいさんは悪くねぇんです」
日和くんは私とお酒を飲む時だって節度を持って楽しむような飲み方をしているから、酔いつぶれるなんてイメージは全くなかったので青天の霹靂だ。
とりあえず日和くんをソファーまで運んでもらい寝かせて、ぐるぐる巻きにされてしまった質の良いストールを解けばぐったりしたお姫様の顔が現れた。上気した頬と少し汗ばんだ肌が色っぽくて……いやいや。
「今日、撮影の打ち上げがあったんすけど……お偉方のおっさんがすげぇ酒好きで。飲むと見境なくなっちまって未成年のオレにまで酒を勧めてきたんです。そんで、オレに飲ませるわけいかないからっておひいさんが全部引き受けちまったんすよぉ」
ジュンくんはぼくと違ってまだお子様なんだから、隅っこの方で大人しく烏龍茶でも飲んでるといいね!
漣くんのモノマネに光景がありありと目に浮かぶようだ。どうもかなりの量のお酒を飲まされていたみたいで漣くんは心配していたが、庇ってもらった手前止めることも出来なかったらしい。日和くんは打ち上げが終わるまでは平然としていたけれど、二人でお店から離れた途端倒れてしまって、困った漣くんはお店から一番近くに住んでいた私に連絡をしたとのこと。
「この人、普段はわがまま放題でこっちの都合なんかお構い無しって感じなのに、そういうとこはかっこよく決めちまうんですから……すげぇ腹立ちます。一番腹立つのは、おひいさんに守られてる子どもの自分っすけど」
「そうだったんだ……」
「今の話おひいさんには絶対言わないでくださいよぉ。調子乗るとマジでウザいんで」
「うん、わかったよ。……ふふ、本当に二人は仲良しだね」
「はぁ? 苗字さんまで勘弁してくださいよ……っと、外にタクシー待たせてるんだった。預けたらすぐ出るつもりだったのに長居しちゃいましたねぇ。オレは明日早いんでそろそろ帰ります。おひいさんは午前中オフですけど、目が覚めたら追い出してくれていいんで」
「さすがにそれは可哀想じゃないかな……」
軽口を叩いて出ていく漣くんを玄関まで見送り、部屋に戻ればソファーからううんと唸り声が聞こえた。日和くんが目を覚ましたようだ。
「日和くん、大丈夫?」
「あれ…… 名前ちゃん。ここは……」
「私の家だよ。気分はどう、お水飲む?」
ゆっくりと起き上がった日和くんにコップを手渡す。日和くんはぼんやりした表情でこくり、こくりと少しずつ嚥下した。
「ぼく、ジュンくんと打ち上げから帰ってたはずで……どうして名前ちゃんの家にいるの? ん〜、思い出せないね……」
「途中で倒れちゃったんだって。漣くんが一番近いうちまで運んで来てくれたんだよ」
「ジュンくんが……」
「うん。聞いたよ、お酒飲まされそうになった漣くんを庇ってあげたんだってね。かっこいいよ」
時間が経ってアルコールも少し抜けたのか、先程より幾分か意識がはっきりとした日和くんはポツポツと言葉をこぼし始める。
「いくら内輪の集まりとはいえ……万が一、未成年飲酒なんかがリークされでもしたらぼくたちのユニット活動に影響が出るのはもちろん、あの子のアイドル生命も終わってしまうね……それは、避けなきゃならなかったね」
ジュンくんは、まだまだぼくが守ってあげないといけないね。そう言って笑う日和くんの凪いだ表情が、私にはとても眩しくて目を細めた。
いつだったか日和くんが言っていたことがある。自分と漣くんは一心同体で運命共同体なのだと。日和くんは漣くんを振り回してるようでとても気にかけているし、漣くんもぶっきらぼうに見えて日和くんをとても信頼しているのは私にも分かった。二人の間には確かな絆があって、第三者が容易く割って入れるようなものではないのだろう。
「なんか……いいなあ。二人の関係」
「ぼくとジュンくんのこと?」
「そう、妬くのも虚しくなっちゃうくらい。私じゃ絶対に勝てないや」
私が笑えば日和くんはよく分からない、といった風にこてんと首を傾げる。体格のいい成人男性なのに可愛い仕草がよく似合う。
「ジュンくんが羨ましいってこと? 嫉妬する意味が分からないね。だってきみはアイドルじゃないよね?」
「そういう意味じゃないんだけど、説明が難しいというか……複雑な女心を察してほしい」
「このぼくにきみの気持ちを察しろなんて……とてつもなくワガママだね」
「日和くんだけには言われたくないぞ〜」
「ぼくはいいの。だってぼくだからね」
日和くんも少し調子が戻ってきたみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「ねぇ、私コンビニで二日酔いの薬買ってこよっか。明日は午後からお仕事なんでしょ?一応飲んどいた方がいいよ」
ソファーの前から立ち上がってお財布を取りにいこうとして、片腕を思いもよらぬ力で引っ張られ小さく悲鳴をあげて倒れ込んだ。
「びっ……くりした。ちょっと日和くん、危ないでしょ」
「薬は……明日でいいね。ぼくはもう眠い……」
再び横になった日和くんの隣にすっぽり収められる。いくら彼が細身といえど二人で横になるには些か窮屈だ。抜け出そうともがいても腰や足に絡みついた日和くんを剥がすことは出来なかった。
「日和くん? 寝るならベッドに行こうよ。おーい」
「んん……うるさいね。名前ちゃんもおやすみしようね……」
日和くんはもう夢の中へ旅立ちかけていて、呼びかけても手応えはなく次第に小さな寝息が聞こえてきた。本当に寝ちゃったよ。これは明日全身バッキバキだろうなあと少し先の未来に頭を痛めつつ、柔らかな温もりに寄り添って目を閉じた。
2020.05.04